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第9話 施療院での仕事

 今日は精霊教会の施療院での仕事だ。


 施療院に着くと、治療士として派遣されたキュレネとムートには紫色の神官服が、私にはところどころ傷んだ緑色の神官服が渡された。


 どうやら神官には階級があるらしい。


 一般的な儀式や平民への対応をする神官は紫色の服、

 その神官を補佐する者は青色の服、

 神官見習いや修行中の者は緑色の服を着ることになっているそうだ。

 ちなみに、緑の服を着た神官は「若葉神官」と呼ばれている。

 さらに、黒い服の神官も存在し、彼らは大規模な儀式や貴族への対応を担当する、とても位の高い人たちらしい。

 もし出会うことがあれば、貴族と同等の敬意を払って接しなければならないとのことだった。


 私、キュレネたちよりも二階級も下の扱いなんだ……。


 そう思っているうちに、キュレネとムートは丁寧に青色神官に案内され、施療院の奥へと消えていった。


 一方、私の方は――


「アンタはそっちの入り口から入って」


 ぞんざいな指示とともに、軽く扱われるのだった。


 中に入ると、四十代くらいの迫力のある女性の青神官が声をかけてきた。


「ああ、あんたが今日来るって聞いてた手伝いの子ね。私は班長のスサナ。今日は洗濯の日だから、手伝ってもらうよ」


「はい」


 洗濯……? 洗濯機なんてないだろうし、どうやるんだろう?

 やっぱり川で洗うのかな……?


「今日は初めてだから、クララと一緒に働いてもらうよ」


 そう言って紹介されたクララは、見習いの若葉神官で、私よりも少し年下に見えた。


「よろしくお願いします! 私、隣の孤児院に住んでいるので、この施療院のことも小さいころからよく手伝っているんです。何でも聞いてくださいね!」


「ティアです。こちらこそよろしく」


「では、さっそく水汲みから始めましょう!」


「私、井戸で水を汲んだことがないの。やり方を教えてくれる?」


「えっ? 井戸を使ったことがないんですか? 今までどうしてたんですか?」


 ……そうだよね。井戸の使い方を知らないなんて、不思議に思うよね。どう誤魔化そうか……いや、面倒だし正直に言っちゃえ。


「水道っていう、水が出てくるところがあったのよ」


「湧き水みたいなものですか?」


「まあ、そんな感じ」


 ――本当は違うけど。


 そんな会話をしながら、クララに釣瓶つるべでの水の汲み方を教えてもらった。

 こういう生活の常識、早く覚えたいな。


 三回水を汲んで貯水槽へ移したものの、便利な生活に慣れてしまっている私は、つい「この作業、面倒だな……」と思ってしまう。


「魔法で水を出してもいいの?」


「ティアさん、水魔法が使えるんですか? いいとは思いますけど……班長のスサナさんに聞いてみますね」


 そう言うと、クララは近くにいたスサナさんのもとへ駆け寄った。


「魔法で水を出せるって? やれるんなら構わないけど、どうせ出せる水の量なんてたかが知れてるだろうさ」


「やってみますね」


 ――水を出すだけなら多分大丈夫。


 そう思いながら、貯水槽に向かって手を伸ばす。


「水よ、来たれ!」


 ……ちょっとカッコつけてみた。


 ドバーッ!


 滝のような水が貯水槽に向かって勢いよく流れ出す。


「やばっ!」


 貯水槽が大きいから全力でやっちゃったけど、こんなに水が出るなんて!?


 冷や汗をかきつつも、自分の上達ぶりにちょっと満足していると、あっという間に貯水槽は満杯になった。


「私、水の魔法を見るのは初めてです! すごいです、これなら井戸を使ったことがないのも納得ですね!」


 クララがキラキラした目でこちらを見つめてくる。


 ……何か勘違いして納得しちゃったみたいだ。


 一方、周囲の人たちは絶句していた。


「……あんた、ただ者じゃないね。いったい何者だい?」


「初級冒険者ですけど」


「あー、言いたくないなら構わないよ。悪かったね、詮索はしないよ」


 また何か勘違いされてる……。


 ちょうど人が集まっていたので、魔法絵師に描いてもらった『祈りの女性』の絵を見せ、何か情報がないか尋ねてみた。


 しかし、反応は芳しくない。


「見たことないねぇ」


「お貴族様の絵を見せられても、知ってるわけないでしょ」


「この町の神殿じゃないね」


 ――と、こんな感じだった。


 そんな状況を見かねたのか、スサナさんがアドバイスをくれた。


「ここで働いてる人たちは、ほとんどこの町から出たことがないんだよ。だから、よそのことは知らないのさ。施療院の病棟にいる患者たちのほうが、町の外のことに詳しいんじゃないかねぇ」


 なるほど。少なくとも、絵の人物と建物はこの町とは関係がない、ということか。


 その後、クララと一緒に洗濯をすることになった。


 当然、洗濯のやり方なんて知らないので、すべて教えてもらうことに。

 今は体力に余裕があるから、作業自体はなんとかこなすことができた。


「クララ、交代だよ。ご飯食べてきな」


 声がかかり、午前の仕事は終了となった。


 昼食はパンと、豆の入った簡単なスープ。


 食べながら、ふと気になったことをクララに聞いてみる。


「そういえば、私が『冒険者です』って言ったとき、周りの人の反応が微妙だったんだけど……。ここでは冒険者って、嫌われてるの?」


「ああ、冒険者とは関係ないですよ」


 クララはスープをすすりながら説明を続ける。


「上流階級の子どもが悪いことをしたとき、罰として教会で奉仕活動をさせるのが流行ってるらしくて、ときどきそういう人たちが来るんです。受け入れのルールで身分は伏せることになってますけど、接していれば平民じゃないことくらい分かりますよね。でも、直接『高い身分だ』って聞かされちゃうと、かえって接しづらくなるから、みんな気づいても知らないふりをしてるんです」


 なるほど。


「ティアさん、水汲みも洗濯のやり方もまったく知らなかったじゃないですか。それって、平民どころか貴族でもなかなかいませんし……それに、みんなが驚くような魔法を普通に使いましたよね。見た目も冒険者っぽくないですし……まあ、そういうことなんだなって感じです。」


 うげ……結構特別視されてたのね。でも、この世界の常識を知らないんだから、どうしようもない。


「本当に平民なんだけどね」


「……そういうことにしておきます」


「ハハハハハ」


 信じてもらえてないけど、まあいいか。本当は「平民」と呼んでいいのかすら分からない異世界人だし、特別な力がないわけでもないしね。



 昼食の後、病棟へ向かう。


 大きな部屋に、簡易的なベッドが狭い間隔で並んでいた。


 鼻をつく不快なにおいが充満し、床には物が散乱し、壁は汚れていて、とても衛生的とは言えない。

 ――まあ、ここで私の思うレベルの清潔な環境を維持するのは難しいにしても……。

 でも、これじゃあ病気が悪化しちゃうんじゃないの?


 そんなことを考えていると、キュレネとムートが患者にヒールの魔法をかけるためにやってきた。


 近くを通ったムートに声をかける。


「すごく病室が汚いよね?」


「こんなもんじゃないか?」


 ここではこれが普通なのか......。


「もっときれいにしなきゃ、余計に病気がひどくなっちゃうよ!」


 そう言って、私はさっそく掃除を始めた。


 床を掃除し、ベッド周りを一つひとつきれいにしていく。


 その合間に、『祈りの女性』の絵を見せて聞き込みをしたけれど、誰からも有用な話は聞けなかった。


 ――うーん、情報を得るのはなかなか厳しそうだな。


 私の掃除が終わる頃には、キュレネたちもヒールの魔法を終えていた。

 今日の仕事の感想などを話していると、患者のイサベルというおばあさんに呼び止められた。


「あなたたち、冒険者なんだって? ちょっと渡したいものがあるのよ」


 そう言って、彼女は一冊の魔法書のようなものを取り出した。


「これは娘に託された魔法書でね。教会以外の回復魔法士に渡してほしいと頼まれていたの。でも、私は体調が悪くてこの施療院から出られなくて、誰にも渡す機会がなかったのよ。これは、大聖女サルース様の回復魔法を再現したものなの。重い怪我や病気も治せるらしいわ」


「大聖女サルースの回復魔法って……『エクストラヒール』よね。他の誰にも使えなかったといわれる幻の魔法じゃない?」


「大聖女サルースって誰?」


 小声で隣にいたムートに尋ねる。


「数百年前に回復魔法で多くの人を救い、大聖女の称号を与えられた偉人だよ」


 イサベルは続けた。


「この魔法書を見つけたとき、娘は重い病気にも効果があると喜んでいたわ。でもね、この魔法は光魔法と闇魔法を組み合わせたものだったの。精霊教会では回復に闇魔法を使うことを禁じているから、結局使えなかったのよ」


「精霊教会は光魔法至上主義だからな……」


 ムートが低く呟く。


「その後、娘はその魔法を使わず、流行り病の治療を続けた。でも結局、自分も感染してしまって……。亡くなる間際に、『この魔法書を教会以外の回復魔法士に託してほしい』と言い残したのよ」


 渡された魔法書に、キュレネが軽く目を通し、


「……かなり難易度が高いわね」


 と呟いた後、静かに本を閉じた。


「ありがたく頂戴します」


 イサベルに礼を言うと、ムートがぼそりと忠告する。


「下手に使うと、教会から異端者認定されるかもしれない。気をつけろよ」


 そうして施療院を後にし、冒険者ギルドへ完了報告に向かう。


 報酬として2万サクルと202ギルドポイントを獲得。

 これでCランク昇格に必要なポイントは、290/3000。


 ……まあ、順調かな?



 宿に戻り、改めて魔法書を確認する。どうやら、これは大聖女サルースより少し後の時代に、ある神官が彼女の魔法を再現しようと試みたものらしい。


 最初のページには、大聖女サルースが使用したとされる魔法陣が一つ記されていた。そして次のページからは、その魔法陣の解析結果が細かく記載されている。


 概略によれば、サルースの魔法陣は、そのままでは発動できない特殊な圧縮形式で構成されていたという。彼女の極秘資料をもとに解析を進めた結果、圧縮を解くことで50個の魔法陣へと展開できることが判明した。


 ただし、展開された魔法陣の一部には解析不能な箇所があったため、神官は別の構成で補完・再構成を試みたようだ。続くページには、50個の魔法陣とそれぞれの解説が詳細に記されていた。


 この魔法書を託してくれたイサベルさんは、「光魔法と闇魔法を組み合わせたもの」と言っていたが、実際には水魔法と地魔法も組み込まれているようだ。

 さらに、50個の魔法陣を組み合わせて発動させるためには、非常に繊細な制御が必要だと書かれている。


「これをマスターするには、かなり時間がかかりそうね」


 キュレネが魔法書を見つめながら呟く。


「俺は属性が足りないから無理だな」


 ムートが肩をすくめる。


「キュレネにも難しいなら、私にはまだ無理ね」


 そう言いつつ、大聖女の魔法陣に目を向ける。


 ――あっ、まずい。


 ……たぶん、私この魔法、使える。


 なぜか、圧縮形式のオリジナルの魔法陣をそのまま発動できそうな感覚がある。

 やっぱり私、普通じゃないわね。


 幻の回復魔法が使えるなんて、ちょっとマズい気がする。

 もし知られたら、大聖女扱いされてもおかしくない。


 でも、どうしても助けたいとき、非常時には使いたい。


 ……そうだ。


 キュレネが再現したほうの魔法をマスターした後で、「私もやっと使えるようになった」って誤魔化せばいいんじゃない?


 私は、魔法陣を書き写し、再現版の魔法陣を使えるように練習するふりをして、誰にも気づかれないように、オリジナルの回復魔法を密かに習得しようと心に決めた。



 魔法書の最後には、こう記されていた。


 ――「教会の方針と合わず、今は使用できないことが残念だ。この書は、後世の人に託す。」


「……なんで、教会はこの魔法を禁止にしたんだろう?」


 ぼんやりと呟くと、ムートが肩をすくめて答える。


「多分、当時の教会の権力者が、この魔法を使うための魔法属性を持っていなかったんだろうな」


「……なるほど」


 確かに、それなら納得はできる。


 でも、そんな理由で禁止されていたのだとしたら――なんだか、悲しい。

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