第89話 大迷宮24 ティアの正体?
ドラゴンはムートとの戦いに熱中し、キュレネへの警戒が甘くなっていた。
その隙を逃さず、キュレネは一気に距離を詰め、ドラゴンの右後方からふくらはぎを狙って鋭い突きを放つ。
刃はドラゴンの鱗を貫き、魔力障壁を突き破った――。
「レイジングプラズマ!」
剣先から魔法が炸裂する。
だが、ドラゴンも即座に反応した。体をねじり、体勢を崩しながらも強烈な尾撃を繰り出す。
キュレネの剣はドラゴンの体から抜けたが、その直後、放たれたプラズマが追撃となり、ドラゴンにダメージを与えた。
キュレネはすぐさま「グランドシールド」を展開し、坂のような防壁を作り出す。
しかし、ドラゴンの尾の威力は凄まじく、斜めの壁でわずかに軌道を逸らせたものの、壁が大きく削り取られた。その結果キュレネは避けきれず、直撃こそ免れたものの、軽くヒットしてしまう。
――私を抜きにすれば、今は互角の戦いといったところか。
しかし、ドラゴンの様子がおかしい。
キュレネの攻撃を受けたことで頭に血が上り、怒り狂っている。
「我が、このような者たちに何度もダメージを受けるとは……何たる屈辱! すべてそこの黒髪のお前が悪い。死をもって償え!」
――そう? 私が悪いの?
「ゴールデンフレアブレス!」
これまでとは桁違いの巨大なエネルギーが、私めがけて放たれる。
あーあ、静観していたかったのに。
でも、この威力……ただの被弾じゃ済まない。周囲にいるキュレネやムートも巻き込み、この場ごと焼き尽くすつもりの渾身の必殺技――。
……ドラゴンには悪いけど、これは消させてもらう。
「アンチマジック!!」
いつもより少し力を込めて発動。
迫り来るブレスは、私の前で完全にかき消え、何事もなかったかのように場が静寂に包まれる。
ドラゴンはブレスを吐いたままの姿勢で、動きを止めた。
――今だ。
ムートがすかさず「プラチナムブレス」を放ち、横腹の魔力障壁と鱗を吹き飛ばす。
そこへ、キュレネが正確にレイピアを突き立てた。
「レイジングプラズマ!」
レイピアの先から放出される強烈なプラズマ魔法が、ドラゴンの体内を駆け巡る。
「バ……バカな……我のゴールデンフレアブレスは、神すらも退けたというのに……」
最後の言葉を残し、ドラゴンは息を引き取った。
――結局、私もドラゴン討伐に大きく関与しちゃったな。
キュレネとムートが私のもとへ駆け寄ってくる。
「ティア、ありがとう! 今回のドラゴン討伐、すごくいい経験になったわ」
「でも結局、私が余計なことしちゃったよ。本当はもうちょっと二人で戦ってみたかったんじゃない?」
「なに言ってるんだ。俺たち二人だけで、このゴールデンドラゴンに勝てるわけないだろ。ディスカバリーみたいに周到に準備して、多人数で挑む相手だ。でも、今回の戦いは本当にいい経験になった。力を出し切れたし、部分竜化のコツも掴めたからな」
「そうね。私もマルヴァ家オリジナルで最強と言われるプラズマ魔法のコツがつかめたわ。それに……最悪、ティアが何とかしてくれるって思えたからこそ、全力を出せたのよ。そして何より、私たちの攻撃でもドラゴンを倒せるって証明された。それが何よりの収穫ね。ところで、ティア――」
……この流れ、私のことを詮索されるかも?
そう思った瞬間、私は話題を変えるように言葉をかぶせた。
「ここの下、メインダンジョンの地下1階だから、このドラゴンを下に落として、クランエフシーのメンバーに素材の回収と運搬を手伝ってもらいましょう」
「えっ、この下がメインダンジョンなの?」
「そう、ちょうど中心付近よ。あの端の下が部屋になってるし、クランエフシーのキャンプがあるサブダンジョン地下5階からもアクセスしやすいから、そこに穴をあけて落とすわね」
そう言いながら、私たちはドラゴンを引きずり、壁際まで移動する。
「――穴掘」
と、間違えずに初級魔法の名前を言ったあと、大地崩壊を発動させる。
開いた大穴へ、ドラゴンを落とす。私たちもそのまま穴に飛び込み、メインダンジョン地下1階へと降り立った。
「クランエフシーの皆を呼ぶ前に、魔石は回収しておきましょうか?」
キュレネがそう言いながら、レイピアでドラゴンの腹部を切り裂こうとする。
「硬い……魔力壁がなくなっても一苦労ね」
「じゃあ、私がやるわ。この剣、よく切れるから」
スッ――
刃を滑らせると、魔石の横に薄く輝く、透明なバレーボール大の物体が現れる。
「なにこれ?」
「それ、多分ドラゴンハートね。私も本物を見るのは初めて」
キュレネが興味深そうに見つめながら続ける。
「ドラゴンは霊獣のように魔力でできた体と、普通の肉体を持つって言われてるわ。その魔力の部分が、このドラゴンハート。肉体が滅ぶと、体中に広がっていた魔力が集まって、こうやって丸くなるの。そして、これから新しいドラゴンの生まれ変わりができるとも言われてるのよ 。だから、ドラゴンハートを確保して、大事に保管し、生まれてくるドラゴンを育てて仲間にしようって研究もされているみたい。でも、成功例はないみたいだけどね」
取り出してみると、硬いわけではなく、弾力があり、力を加えると柔らかく変形する。
「……なにこれ、変なの」
それを見たムートが口を開く。
「俺にもドラゴンハートがあるんだぜ」
「え? そうなの?」
「ああ、それがあるから竜化できるんだ。ただ、俺の場合はエネルギー不足で完全な竜化は無理だけどな」
「竜人族って、普通は竜になれるんだ?」
「あー、俺、本当は竜人族じゃなくて、ドラゴンなんだ。ただ、エネルギー不足だから、省エネの竜人モードで生活してるだけ」
「えっ!? 本当はドラゴンなの?」
「どうだ、すごいだろ」
「ムートはね、ドラゴンの中でも最上位と言われるプラチナムドラゴンなのよ」
キュレネがさらっと衝撃の事実を口にする。
「でも、生まれる前に何者かがドラゴンハートのエネルギーを奪ったみたいなの。本来、そんなことができるはずないのに……」
「まー、力は落ちるが、俺は竜人として暮らす方が楽だし、そんなに気にしてないけどな」
――ムートがまさかのドラゴン……!?
「で、ムートの秘密を聞いたティアは、自分が何者か言いたくなってきたんじゃない?」
キュレネがじっと私を見つめながら言う。
「どう考えてもおかしいのよ。Sランクの、それもゴールデンドラゴンを簡単にあしらってたじゃない。もしかして、あなたエレメンタルマスターだったりしない? いや、それにしても強すぎる気がするけど」
――んー、どうしようかな。まあ、少しぐらい言っとくか。
「最初に……ばれてるじゃない」
「えっ?」
「会ってすぐ、ムートにバーサーカーって言われたわよ」
「本当にバーサーカーなの?」
「正式にはハイヒューマンね。ハイヒューマンの中の一部に、バーサーカーって呼ばれる者たちがいたってとこかしら」
まあ、随分前に別れて進化してるかもしれないし、厳密にはハイヒューマン亜種ぐらいかもしれないけど。
「ハイヒューマン!? ほぼ伝説の存在かと思ってたけど、本当にいたの?」
キュレネが驚きながら考え込む。
「うーん……もしそうだとするなら、納得できなくもないんだけど……」
「実は私、自分が何者かよくわかってないのよね。でも、たぶん間違ってはいないと思うわ」
「なにそれ? そんなことある?」
「キュレネだって、自分が人間だと思い込んでるだけで、本当は別の種族かもしれないでしょ? みんな能力も容姿も違うんだし、厳密に種族を判定するのって難しいと思わない?」
「……うーん、今まで考えたことなかったわね」
「――ってことで、この話はおしまい」
キュレネはまだ納得していない様子だったけど、とりあえず大人しく引いてくれた。
「えーっと、どうしようかな。ドラゴンの解体は私がやった方が良さそうだから、キュレネとムートの二人でクランエフシーのメンバーを呼んできて」
「わかった」
そう言ったあと、キュレネは解体の注意点を細かく説明してから出て行った。
私は手早く解体を終え、二人の帰りを待つ。しばらくすると、キュレネとムートが地下7階層でリュカオンのところに一緒に行った幹部のラウラさん、それにストロングツリーのメンバーを含む10人を連れて戻ってきた。
「これはすごいな、本当にゴールデンドラゴンだ……」
ラウラさんをはじめ、メンバー全員が驚きの声を上げる。
まずは、サブダンジョンのキャンプに運ぶことになり、手分けして何往復もしてすべて運び終えた。
明日、私たちとラウラさんはドラゴンの主要パーツを持って地上に上がることにし、今日はキャンプに泊まることになった。
一息ついたところで、ムシュマッヘから連絡が入る。
「男を捕まえたまま船で待機しているのですが、指示をください」
――あっ、忘れてた。
さて、ディスカバリーのリーダーをどうしようか。警察みたいな組織があるわけでもないし……
「もしよろしければ、この男、手駒にするので私にください」
……え?
「このまま、ディスカバリーごと掌握します。この先活動するにあたって、ノバホマロ側にも駒があった方が、なにかと都合がよいのです」
なるほど、確かに神様として活動する時に、人を使って色々仕込む方がスムーズに行きそうだ。適当な集団を掌握しておくのも悪くない……
「任せた」
「はい、船の返却もしておきます」
なるほどなぁ。小市民の私としては、そんな発想はなかったな。もっと手駒を増やす必要があるのかな……?
まあ、いいや、後でゆっくり考えよう。




