第86話 大迷宮21 ドラゴン見学?
三日後、キュレネとムートがインゼル伯爵のもとから戻ってきた。
「ただいま、これお土産」
キュレネが差し出したのは、ちょっと高級そうなクッキーだった。
お茶を淹れて、一緒に話を聞くことにする。
「どんな感じだった?」
「親交を結びたいってことで、かなり手厚く歓迎されたわ。でも、なかなか帰してくれなくて困っちゃった。茶会くらいかと思ってたら、音楽鑑賞会や領地視察まで付き合わされてね。まあ、いい経験にはなったけど、今ここですることじゃないわよね」
「俺たちが早く帰ると都合が悪いみたいだったな」
「ああ、なるほど」
「「何が?」」
「実は私たち、ディスカバリーに狙われてたのよ。多分、一時的に避難させるためにメディオ・アルマセン元男爵が画策したんじゃないかしら」
「まあ、ディスカバリーの幹部たちと直接戦ったしな。狙われても仕方ないか」
「それに加えて、クラン天空とエフシーの同盟を阻止するために、私たちを捕まえて脅そうとしてたみたい」
「随分詳しいわね?」
「ディスカバリーから直接聞いたからよ。キュレネとムートがインゼル伯爵のところに行ってる間に、アルマセン元男爵が訪ねてきて、『インゼル伯爵が呼んでる』って嘘をつかれて、ディスカバリーのところへ連れて行かれたの」
「えっ!? じゃあディスカバリーはどうなったの?」
「いやいや、そこはまず私のことを心配するところでしょ!!」
「あー、ごめんごめん。でもどう考えてもティアの方が強いでしょ」
「まあ、そうだけど……それでね、ディスカバリーのアジトに着いたら、リーダーを含む幹部6人に囲まれて、『人質にする』『見せしめにする』って言われて拘束されそうになったの。で、それを返り討ちにしたの」
「え、リーダー含めて幹部6人を……?」
「とりあえず、リーダー以外の5人はかなり重傷だから、しばらくディスカバリーは大人しくなると思うわ」
「……あなた、ずいぶん派手にやったのね」
「かなり手加減したわよ? それから、その後でアルマセン元男爵とも話をつけたの。今後はキュレネの意思に沿ってサポートするって」
「ごめん……私たちがいない間に、随分いろいろあったのね」
「まあね」
……本当はダンジョンの最下層にも行ったんだけど、それは今は言わないでおこう。
「コンコン」
ノックの音が響く。
扉を開けると、クラン・エフシーの使者が立っていた。天空との同盟が正式に成立し、メインダンジョンの攻略が解禁されたという知らせを持ってきたらしい。
「おっ、思ったより早かったな。早速ダンジョンに潜るか?」
「ちょっと待って。それより先に、以前聞いたディスカバリーがドラゴン討伐を計画してるって話、覚えてる? 私を誘拐しようとしたお詫びとして、ドラゴンの居場所へ案内してもらうことになってるの」
「……お詫びでドラゴンの居場所? どういうこと?」
「ああ、ディスカバリーを返り討ちにしたあと、そのまま帰るのもなんだし、キュレネたちが『強い敵と戦いたい』って言ってたから、ちょうどいいかなと思ってドラゴンの居場所を聞いたのよ」
「いやいや、ちょっと待って! 強い敵って言っても、ドラゴンはマズいわよ!? Sランクよ、Sランク! さすがにダメだと思うわ!」
「大丈夫、今回は見るだけのつもり。ドラゴン討伐はそのうち考えればいいと思ってるけど、今のうちに様子を見ておけば参考になるでしょ? とりあえず、私たち3人で偵察に行くことでいいよね?」
「……まあ、それなら」
「それで、待ち合わせは4日後の朝、ロンデーゴの町の港。船で行く場所らしいんだけど、具体的な位置はまだ聞いてないの。でも念のため、向こうの船には乗らずに、私たち用の船をアルマセン元男爵に手配してもらってるわ」
「了解」
「念のため、もしものときに備えて、ドラゴンと戦う準備もしておいてね」
「……やっぱり戦うつもりじゃないの?」
「そんなことないよ」
そう返事をしたものの、別の考えが頭をよぎる。
ドラゴンの力を見て、キュレネとムートがまともに戦える相手かを確認した後で戦うのが理想――そう思っていたが、この先、ドラゴンと戦う機会がいつ得られるかわからない。
チャンスがあれば戦ってしまうのもアリなのでは?
さすがに、ドラゴンが私より強いことはないと思う。
問題は二つ。
一つは、キュレネたちが乗り気ではないこと。
もう一つは、ディスカバリーが討伐のために相当な準備をしていた獲物を、私たちが横取りする形になること。
後から壮大なクレームが来そうで面倒だな……。
「ドラゴンから先に攻撃されて、仕方なく倒した」みたいな状況を作ればいいか。
ちょっとした小細工は考えておこう。
そんなことを思案していると、ムシュマッヘから脳内連絡が入り、船の確保も目処がついたようだ。
ドラゴンの居場所へ向かう前日。
ムシュマッヘから脳内連絡が入り、「船で港へ向かう」とのことだったので、キュレネたちと3人で港へ向かう。
停泊していたのは、クルーザーのような形をした高速艇――魔導ウォータージェット船だった。
魔力を流せば推進装置が作動し、水を噴射して進む仕組みらしい。
魔力がない場合は魔石でも動かせるという。
とりあえず、ムシュマッヘを紹介したいのだが、他の人に聞かれると少しまずい。
全員、船のキャビンへ入ることにした。
キャビンにはイスとテーブルが置かれ、その奥に運転席がある。
ムシュマッヘに船を出してもらい、沖へ向かったところで、ようやく紹介する。
「これは、私のゴーレムよ。名前はムシュマッヘ」
「こっちがキュレネで、こっちがムート。私の冒険者パーティの仲間よ」
「よろしくお願いします」
「えっ? ゴーレムなの?」
「そうよ。人にしか見えないけど、私の命令で動くゴーレムなの。他の人には内緒ね」
「この人が……ゴーレム?」
「ええ、多分アーティファクトに分類されるゴーレムだと思う」
「アーティファクト!? そういえば聞いたことがあるわ……。人間と見分けがつかないゴーレムが存在するって。ただの噂だと思ってたけど、本当にあったのね」
「で、なんでティアがこんなの持ってるんだ?」
……やっぱりそこ、突っ込まれるよね。
まあ、正直に話すか。
「キュレネたちがいない間に、ダンジョンの最下層まで行って、そこで見つけたの」
「……は? 一人で?」
「うん、暇だったから。ちなみに、他にもゴーレムがあるから、驚かないでね。今度、機会があれば召喚するわ」
「えっ、これ召喚するものなの?」
そのとき、ムシュマッヘから脳内連絡が入る。
「明日、3人が目的地に上陸した後、船に私だけが残るタイミングを狙って襲われる可能性が高いと思われます。一人では船の操縦をしながら戦うのが難しいため、もう一体召喚していただけませんか?」
なるほど。確かに、船が沈められたら帰れない。
「やっぱり、今のうちにもう一体召喚しておくわ」
そう言って、高性能ゴーレムを1体召喚した。
現れたのは、気品のある中年の細身の男性。
「お初にお目にかかります。ウシュムガルと申します。私を召喚していただき、ありがとうございます。何なりとお申し付けください」
と、深く礼をする。
「ちょっと堅苦しいから、もう少し気楽な感じでお願い」
「かしこまりました」
……あれ、本当に理解してるのかしら?
まあいいか。とりあえず、必要な情報は脳内連絡で伝えておこう。
何とも言えない表情で、キュレネが私を見る。
「本当に召喚できるものなのね……。ティア、あなた当たり前みたいにやってるけど、多分これ、とんでもない魔法よ。人前で使うときは気をつけたほうがいいわ」
「やっぱり、そうだよね……」
神様的な魔法についての情報はいっぱいあるけど、普通の人々の魔法については情報がないのよね。そういうのも学んでいかないとダメかしら。それは今後の課題ね。
「ちょっといいか? 俺も船、運転してみたい」
「そうね、もしもの時のために運転できた方がいいわね」
船の操縦は意外と簡単だった。
ハンドルで舵を操作し、その横にあるレバーを前後に動かしてスピードを調整する。魔力を込めると、レバーの傾きに応じて必要な分だけ吸収される仕組みになっている。
海上での運転自体はすぐに習得できた。
本来なら、自分がどこにいてどの方向に進んでいるかの把握が難しいのだが、ここにいるメンバーは全員、問題なくこなせる。
ということで、船の練習は短時間で終わり、港へ戻った。
ムシュマッヘとウシュムガルは「船を見張る」と言い、停泊場所に残ることに。
私たちは彼らと別れ、港を後にした。