第85話 大迷宮20
私、人と争うのってあまり好きじゃないのよね。気分が滅入るわ。でも、今後のこともあるし、しっかりケリをつけておかないと。
外へ出て、アルマセン爺さんの行方を探す。
今までは害がなかったから放っておいたけれど、こんなことをされた以上、黙ってはいられない。居場所を突き止めたいが……どうしたものか。
そう考えたとき、諜報用の高性能ゴーレムのことが頭に浮かぶ。
……使ってみるか。
人目のない場所へ移動し、ムシュマッヘを召喚する。
支配下のゴーレムとは、テレパシーのように頭の中だけで情報のやり取りができる。それも、距離に関係なく可能という、かなり便利な仕様だ。
さっそく、アルマセン爺さんの情報を渡す。
視覚情報だけでなく、魔力の痕跡や匂い、私が無意識に感じ取っているあらゆる情報まで共有する。
「アルマセン爺さんの居場所を知りたいのだけど」
「かしこまりました。魔力の残滓と匂いが残っていますので、追跡可能と思われます。ルートは二つありますが、港へ向かうものは来たときの痕跡のようですので、もう一方を追います。ティア様は好きな場所でお待ちください」
そう言い、すぐに動き出した。
私と二人で行動するより、一人の方が早く見つけられると判断したのだろう。
さて、どうしようか。
あまり目立ちたくないし、適当に時間を潰そうかと思っていたその時——
「アルマセン爺さんは別の変装をして、そちらへ向かっています」
ムシュマッヘからの報告に、思わず聞き返す。
「えっ?」
一瞬驚いたが、すぐに納得する。
“犯人は現場に戻る”というし、別人に変装して状況を確認しに来たというわけね。
ちょうどいい。
こっちに来るルートも分かったし、交差点で待ち伏せしよう。
そして、彼が交差点に差し掛かった瞬間——
私は目の前へ飛び出した。
「さっきはよくも騙してくれたわね!!!」
「何のことでございましょう?」
「変装しても無駄よ、メディオ・アルマセン元男爵様」
その瞬間、彼は麻痺毒入りの煙幕魔法を発動しようとした——が、それを察知し、アンチマジックで即座に打ち消す。
魔法が不発に終わったと気づくや否や、彼は踵を返して逃げようとした。
しかし、背後から来ていたムシュマッヘに、あっさりと取り押さえる。
「くっ……なぜお前がここにいる?」
「ん? あなたを待ってたからだけど?」
「いや、そういうことではない。ディスカバリーの拠点に置いてきたはずの貴様が、なぜここにいるのかと聞いているんだ!」
「捕まってるのに、よくそんな強気で質問できるわね。感心するわ」
軽く肩をすくめてみせる。
「あのディスカバリーのリーダーとはちゃんと話をつけて出てきたわ。さて……今まで何もしてこなかったのに、どうして急にあんなことを?」
「……いつから気づいていた?」
「あらあら、質問にはちゃんと答えてほしいわね。でも、いいわ。教えてあげる」
私は少し笑ってみせる。
「ウィスバーロの町で会った時からずっと気づいてたわよ。クヴァーロン王都セロプスコ、バンパセーロ王国フィソイルコの町でも見かけたわね。そうそう、今回あなたが呼びに来た時は、何を企んでいるのか探ろうと思ってついて行ったのよ」
彼の顔が険しくなる。
「で? あなたの目的は何なの?」
「……貴様、何者だ?」
「やっぱり私の質問には答えないのね」
溜息をつきながら続ける。
「私たちに害をなすなら、排除するしかないわね。あなたってキュレネを支援してるんじゃないの?」
「そうだ」
あら、この質問には素直に答えるのね。
「じゃあ、どうしてキュレネの仲間である私を騙したの? それってキュレネの邪魔をしているようなものじゃない?」
「……私は、キュレネ様の命を守ることを最優先にしているだけだ」
「……えっ?」
一瞬、言葉の意味が理解できずに、思考が止まる。
「つまり、キュレネの命が狙われていたってこと? ディスカバリーに?」
「ああ」
私は眉をひそめる。
私を刺客として差し向けた……わけではないはず。さっきの反応からして、私がここにいるのは想定外だった。ということは……
「まさか、私を身代わりに差し出した……ってこと?」
「……当たらずとも遠からず、というところだな」
……こいつ、最悪。
さて、どうしようか。
ここで消えてもらってもいいけれど、彼は貴族たちとも繋がりがあるし、キュレネの支援者でもある。私たちにとっても有用な情報を持っている可能性が高い。
となれば——余計なことをしないように釘を刺して、協力者にでもなってもらおうかしら。
「あなた、私の力を過小評価してるでしょ? 私と行動していた方が、キュレネにとっては安全よ。ディスカバリーに狙われても問題ないわ」
「ふん、口では何とでも言える。ディスカバリー相手に、何か策でもあるのか?」
「策も何も——ドラゴンすら倒せない連中に、私が負けるわけないじゃない」
「ちょうどいいから、さっきの屋敷を見てくるといいわ。ムシュマッヘ、この人を連れて行ってあげて。私はあの店でお茶でも飲んで待ってるわ」
今戻ると騒ぎになりそうだから、ひとまずムシュマッヘに任せることにする。
「かしこまりました」
私は店に入り、案内された席に座ると、お茶とお菓子を注文した。
……そういえば、一人でこうして店に入って飲食するのって、初めてかもしれない。
なんだか妙に緊張する。さっきのディスカバリーやアルマセン爺さんとのやり取りに比べたら、こんなこと些細なはずなのに……。
それでも、こんな気弱な小市民みたいな感覚がまだ残っていることに、どこか安堵する自分がいた。
しばらくすると、ムシュマッヘたちが戻ってくる。
皆の分のお茶も注文して、ここで話を続けることにした。
「ちゃんと確認できたかしら?」
「……お前、ディスカバリーと話し合いをしてきたんじゃなかったのか?」
「ええ。ちょっと魔法を使ったら、おとなしく言うことを聞いてくれたわ」
「……」
「どう? キュレネが私と一緒にいれば安全だってこと、理解できた?」
「確かに、あの程度の連中なら大丈夫そうだな。しかし——」
アルマセン爺さんは腕を組み、渋い顔をする。
「このままキュレネ様が有名になれば、もっと大きな勢力に狙われる可能性もある。そうなれば、お前一人では守りきれんだろう。後ろ盾が必要になる」
「キュレネにはエレメンタルマスターになってもらおうと思ってるの。それなら、大きな勢力とやらとも十分戦えるでしょ。それまでは、私がフォローするわ」
「エレメンタルマスター、だと?」
アルマセンが目を細める。
「確かに、そこまでの存在になれば申し分ない。しかし、なれる保証もなければ、お前一人では力不足だろう。それとも——」
彼は私の顔を探るように見つめる。
「お前の背後に、大きな勢力でもあるのか?」
あらら。また私を探ろうとしてる。
このまま話しても埒が明かないわね。どうやら、私のことをまだ甘く見ているみたい。
……なら、少し強引な手を使いましょうか。
「うーん、あなた、諜報員としての実力が足りてないんじゃない?」
私は軽く首を傾げ、薄く微笑む。
「まあいいわ。私の実力を少しだけ見せてあげる。その上で——協力者になるか、敵対者として処分されるか、選ばせてあげる」
私はムシュマッヘに目配せする。
「ムシュマッヘ、彼を連れてきて」
町を抜け、そのまま森へと足を踏み入れる。アルマセン爺さんはムシュマッヘと並んで歩いているが、実際は魔法で強制的に歩かされていた。
森の奥へ進み、人の気配がまったくしない場所で足を止める。
「ここでいいわね。じゃあ、よく見ておいて。——ゴーレム兵団」
私は軽く詠唱し、10体のゴーレムを召喚した。
「神の騎士……だと……」
アルマセン爺さんは目を見開き、驚きでしばらく固まる。
このゴーレム、神の騎士って呼ばれてるのね。そういえば、1体で1000人分の戦力だから、10体で1万人分……少し控えめだったかも。
「じゃあ、追加で100体——ゴーレム兵団」
森の一角に、巨大な軍勢が現れる。さすがにこの場所に配置すると、かなり密度が高くなった。
アルマセン爺さんはさらに驚愕し、呆然と立ち尽くす。
「いったい……これは……」
小声でそう漏らすが、完全に思考が停止しているようだ。
しばらく待ってみたものの、なかなか正気に戻らないので、しびれを切らして肩を揺する。
「どう? これで『キュレネを守れない』なんて言わせないわよ」
アルマセン爺さんはハッと我に返ると、態度を一変させ、まるで上位者に接するような口調になった。
「はっ、失礼いたしました。今後はあなた様に従います」
……あれ? ちょっとやりすぎた? まあ、いいか。
「では、今後はあなたの勝手な判断ではなく、キュレネの望む形で支援すること。それから、私に不利益な行動をすれば排除するわ。覚えておいて」
「承知いたしました」
ひとまず、召喚したゴーレムを消す。
「それから——私をだました罰として、ここの海を行き来するのにちょうどいい小型船を手配してもらえる?」
ディスカバリーのリーダーが「船で案内する」みたいなことを言っていたけど、罠を仕掛けられると面倒だから、自前の船で行くことにする。
「詳しくはムシュマッヘから聞いてちょうだい。彼女を同行させるから」
ムシュマッヘとは遠距離でも意思疎通ができるから、監視兼連絡役としても適任だろう。
「かしこまりました。船を用意した後は、いかがいたしましょう?」
……ん? 何この反応? 私に仕えてるわけじゃないでしょうに。
「邪魔しないなら、好きにしていいわよ。必要があれば、私の手の者を派遣するわ」
「かしこまりました」
——ふぅ、よかった。ひとまず解決ね。
こうやって強気に話すのも、けっこう疲れる。
私にはこういう役回り、向いてないんだよな……。
そんなことを考えながら森を抜け、町へ戻る。
アルマセン爺さんとムシュマッヘと別れた後、船に乗り、シティシペの町へ帰還した。