第84話 大迷宮19
「何言ってるんだ、お前!」
冷たい口調でブリガンティンが反応する。
すると、隣にいたフリゲートが愉快そうに笑いながら口を開いた。
「ガハハハッ! お嬢ちゃん、騙されたんだよ」
「そうみたいね」
私は肩をすくめて答える。
「それで? 私をここに連れてきて、どうするつもり?」
ブリガンティンはわざとらしい笑顔を浮かべながら言った。
「まあ、そんなに慌てるな。しかし、このメンバーに囲まれて平然としていられるとは大したものだ……お前、ディスカバリーに入らないか?」
「……は?」
思わず眉をひそめる。
「今入るなら、幹部候補としての地位をやるぞ」
予想外の提案だったが、どう考えても仲間になっても良いことはなさそうだ。
「お断りするわ」
即答すると、ブリガンティンは面白そうに笑った。
「ハハハッ、随分とストレートに返事するもんだな。面白いが、そんな思ったことをそのまま口にしてたら、この世の中じゃ生きていけないぞ」
彼は笑みを崩さずに続ける。
「この状況で、そんな断り方をして……そのあと、自分がどんな目に遭うか、少しは考えたほうがいいぜ?」
「あら、随分と親切なのね。でも大丈夫よ。私、強いから」
——こういうセリフ、一度言ってみたかったのよね。
ブリガンティンは少し驚いたように目を細める。
「……まあ、確かにさっきのジジイも、お前のことは強いって言っていたな。リュカオンを討伐したのも、お前たちのパーティーらしいし」
彼は肩をすくめ、部屋にいる幹部たちを見渡す。
「だから、わざわざ幹部が六人も集まって、罠を張って待っていたんだよ。それなのに、何も警戒せずにノコノコやってくるとはな。驚きだぜ、まったく」
彼はニヤリと笑いながら、からかうように言った。
「知らない人について行っちゃいけないって、子供の頃に教えられなかったか?……って、まあ、お前はまだ子供みたいなもんか」
——メディオ・アルマセン元男爵が私を連れてきた意図は何?
キュレネがディスカバリーに狙われたから、私を利用してディスカバリーを潰すつもりだった?
それとも逆に、私が邪魔だから潰そうとしてる?
可能性はいくつか考えられるけど……
「確かに、知らない人について行くのは良くないわよね。でも、あのジイさん……知ってる人なのよ」
私は、わざと意味ありげな口調で言った。
「あなたたち、あれが誰か知ってるの?」
「ふん、ただの情報屋のジジイだろうが」
ブリガンティンが鼻で笑う。
「本気でそう思ってるなら、おめでたいわね」
私は微笑みながら、適当に言い放つ。
「——あれ、アルマセン家の諜報員よ。騙されたのは、あなたたちの方じゃないかしら?」
「ふん、お前がここにいる時点で、あいつの仕事は終わってる。問題はない」
ブリガンティンは不敵に笑い、続ける。
「お前を連れてきたのは、俺らディスカバリーに敵対した見せしめってわけだ。それに、天空とエフシーの同盟阻止のために人質として使わせてもらう。……もう話は終わりだ」
そう言うと、足元の魔法陣が輝き出す。
円形のオレンジ色の透明な壁が私を囲んだ。
「……なにこれ?」
「結界だ。中では魔法は使えねえ。しばらくそこで大人しくしてろ」
結界の中でバチバチと電流が走る。どうやら麻痺の魔法の効果らしい。
——なるほどね。でも、この程度の結界魔法や電撃じゃ、私には意味ないわよ?
私は軽く息をついてから魔法を発動する。
「——アンチマジック」
結界の封印があっさりと霧散する。
「こんなの、私に通用するわけないじゃない」
「ハッ! おもしれぇ!」
突然、槍が鋭く突き出される。
神槍のフリゲートが、瞬時に間合いを詰め、私の喉元を狙っていた。
——いい動き。でも——
私は穂先を掴み、そのまま槍を止める。
「っ……!」
フリゲートの目が驚きに見開かれる。
そのまま手首をひねり、槍の柄を逆に脇腹へと叩き込んだ。
「ぐっ……!」
フリゲートは勢いよく吹き飛ばされ、床を転がる。
次の瞬間、背後から疾風のラティーナの剣撃が襲いかかる。
——悪くない動きね。でも、まだまだね。
私はひらりと背後に回り込み、手刀を首筋に打ち込んだ。
「——っ……」
ラティーナの意識が途切れ、力なく崩れ落ちる。
残る四人が距離を取り、魔法と投げナイフで攻撃の構えを見せる。
「……そろそろ、こっちの番ね」
私は軽く息を吸い——
「——マッハテンペスト」
今回は突風が広がるよう調整。
もちろん、手加減する。
轟音と共に風が吹き荒れ、幹部たちが次々と吹き飛ばされる。
部屋中に爆風が巻き起こり、窓や扉が粉々に砕けた。
「っ……!」
三人が床に伏したまま動かない。
ただ一人、ブリガンティンだけが平然と立っていた。
——へえ、あれを食らっても無事なの?
興味深く彼を見つめると、彼の指に嵌められていた指輪が一瞬だけ光を放ち、消えていった。
その瞬間、頭の中に情報が流れ込んでくる。
——ああ、なるほどね。
あれは、ダメージを肩代わりするアーティファクト。『身代わリング』——性能はともかく、ネーミングセンスはいただけない。
ブリガンティンは大剣を構え、じりじりと私の出方を伺っている。
「ねえ、まだやる気? 実力差、分かったでしょ?」
「うるせぇ……この状況で、俺が引けるかよ!」
言うが早いか、彼は高速の斬撃を繰り出した。
——でも、遅い。
私は軽々とその剣を手で受け止める。
ブリガンティンの顔に、明らかな驚愕が浮かんだ。
私は何事もなかったかのように、軽い口調で言う。
「まだ、みんな生きてるわよ? 降参して、手当てしてあげたほうがいいんじゃない?」
「……なんだと? 皆、生きてるのか?」
彼の表情が一瞬揺らぐ。
「私の目的は、あなたが『情報屋のジジイ』と呼んでいたあの爺さんの動きを探ることだったのだけど」
私は肩をすくめる。
「そしたら、あなたたちが勝手に攻撃してくるから、降りかかる火の粉を払っただけ」
ブリガンティンの表情が険しくなる。
「……まさか、俺たちが、あのジジイにはめられたのか?」
「それは、どうかしらね」
私は微笑む。
「ねえ、まだ戦うつもり?」
沈黙が流れる。
やがて、ブリガンティンは大剣を下ろし、低く呟いた。
「……分かった。もういい」
——意外とあっさり引いたわね。
まあ、幹部五人が目の前で一瞬で倒されたんだから、戦う気なんて失せるでしょうね。
そうこうしているうちに、ディスカバリーのメンバーが次々と様子を見に集まってきた。そりゃあ、大きな音がして窓やドアが吹っ飛んだのだから当然だ。
人が増えると面倒だし、入ってこられないように魔法で壁でも作ろうかと思ったその時——
「お前ら、そこで待機だ! 入ってくるな!」
ブリガンティンが大声で叫んだ。
私が魔法を使うそぶりを見せたからか、部下を守ろうとしたのかもしれない。
意外と部下思いのリーダーだったりするのだろうか?
……まあ、それはさておき。
以前から気になっていたことがある。ちょうどいい機会だし、聞いてみることにしよう。
「へぇ、意外と部下思いなのね。でも、私に攻撃してきたんだから、落とし前はつけてもらうわよ?」
「チッ……何が望みだ?」
「あなたたち、ドラゴン討伐を考えているんでしょう?」
「ああ」
「ドラゴンの居場所を教えてくれたら、このまま大人しく帰ってあげる」
「……ドラゴンの居場所、だと?」
「ええ。Sランクと呼ばれるドラゴンがどれほどのものか、この目で確かめたいの。もし教えてくれるなら、討伐の時に協力してあげてもいいわよ?」
「討伐に協力、ね……その力があれば助かるのは確かだ。いいだろう、ドラゴンの居場所へ案内してやる。ただし——お前一人で来い」
「勝手に条件をつけないでくれる? ……でも、まあ、大勢で行ってもしょうがないし、私たちのパーティー三人で行くわ」
「チッ……わかった。じゃあ、一週間後の朝一番の船に乗れる時間に港へ来い」
「船で行くの?」
「ああ、あとは当日のお楽しみだ」
「そうそう、シティシペの町へ帰る船に乗りたいのだけど、あなたたちが冒険者の出港を禁止してるんでしょう? それ、何とかしてくれる?」
「ああ。これを持っていけ。見せれば問題ない」
彼が差し出したのは、クランの紋章が刻まれた四角い金属のプレートだった。
「じゃあ、私はこれで」
そう言って屋敷を出る。去り際、ブリガンティンがわずかに口元を歪めたのが見えた。
……ドラゴンの居場所へ向かう時、何か仕掛けてくるつもりかしら?