第83話 大迷宮18 ストーカーからのお誘い
昨日は「この世界の人々が滅びるかもしれないから、どうするか決めろ」と無茶ぶりされて混乱した。
でも、改めて考えてみると
——そもそも、この世界の人たちなんて関係ない。私はただ元の世界に帰ることだけを考えればいい。
そんな選択肢もあるのではないかと気づいてしまった。
確かに、それも一つの道だ。でも、そうするのに罪悪感があるというか……。
私みたいなよわよわメンタルの人間が、帰った後に気にせず過ごせるとは思えない。
絶対に後悔する。
やっぱり、ダメか……。
そういえば昨日は、「この世界の支配者層に神の力を示して信用させる」という回りくどい方法を考えていたけど、なぜそんな手段を取ろうと思ったんだっけ?
もっと強引に進める選択肢もある。神の力を使って、圧倒的な魔法や2000体のゴーレム兵団を見せつければ、すぐに言うことを聞くはずだ。
……でも、それには抵抗がある。
私はただの一般庶民で、人と争うこともほとんどしてこなかった。そんな私が世界の支配者層を脅して従わせる?
それはさすがにハードルが高すぎる。よわよわメンタルが耐えられそうにない。
やっぱり、あの時直感的に思った方法が一番いいのかもしれない。
これまでの人生でも、最初に思いついた案がそれなりに良かった気がする。でも、本当にそれが最善なのか?
結局、答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。
特にやるべきこともないし、キュレネもムートもいない。暇だから、ここ数日ずっとこんなことをぐじぐじ考えていた——。
あー、ダメだ。
ちょっと気分転換に外へ出ようかな?
——そう思った矢先、コンコンとドアがノックされた。
なんと、私に来客があるという。宿の人が伝えに来たのだった。食堂の端で待たせてあるらしい。
クランエフシーの関係者かな? そう思いながら向かってみると——
そこにいたのは、見覚えのない白髪の老人。
……かと思いきや、変装の名人でストーカーのメディオ・アルマセン元男爵だった。
——直接接触してくるなんて珍しい。 いったい何の用だろう?
「あなたが、クラーレットの奇跡のティア様でございますか?」
「はい」
「私は、先日キュレネ様とムート様をお呼びしたインゼル伯爵の使いで、メダルドと申します」
……偽名か。胡散臭い。
それに、なぜかキュレネたちがインゼル伯爵に呼ばれたことまで知っている。
怪しさ満点じゃない。
ここはとぼけて様子を見るべきか。
「あっ、はい?」
「実はインゼル伯爵があなたのことを耳にされ、大変興味を持たれまして。ぜひお会いしたいと仰せです。この機会にキュレネ様たちと合流していただきたく、私が迎えに参りました。こちらが招待状になります」
そう言って、封書を差し出してくる。
……それっぽくは見えるが、本物かどうかは分からない。
でも、今の私ならどんな事が起こっても対処できるはず。なら、ついて行って、この人が何を企んでいるのか探ってみよう。
「伯爵は現在、ロンデーゴの町に滞在しております。キュレネ様たちもすでにそちらにおられますが、残りの滞在期間が短く、できるだけ早くお越しいただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」
ロンデーゴの町——。
最初に到着したアトマイダンジョンの拠点で、ディスカバリーの本拠地でもある町。
もめた相手に出くわさなきゃいいけど……。
それに、伯爵の領地は南だったはず。
ロンデーゴは伯爵の管轄外のはずなのに、わざわざそこでキュレネたちを呼び出しているのは妙だ。
——でも、いいか。
仮に罠だったとしても、今の私なら問題ないだろう。
「はい、すぐにでも出発できますよ」
「では、ご同行ください」
いつでも出発できるよう準備は整っていたので、いつも持ち歩く荷物だけを持ってついて行く。
港に着くと、来るときに使ったのと同じような定期運航船に乗ることになった。
船上では、"メダルド"を名乗るメディオ・アルマセン元男爵が、さりげなく探りを入れてくる。
「お嬢さんは、ここらじゃあまり見ない髪や目の色をしているが……どこの出身だい?」
——正直に「異世界から来た」なんて言えるわけがない。
それに、答える義理もない。ここは適当に誤魔化そう。
「東方の島国の出身です」
「東方に島国などありましたか?」
「それがですね、自分たちでは"東方"と言っていたのですが……この大陸の東方というわけではないようでして。実は、どこにあるのかよくわからないのです。」
「……どういうことですか?」
「自分がどこをどう通ってきたのかよく覚えていなくて、今となっては故郷の場所が分からなくなってしまったんです」
メディオ・アルマセン元男爵は、驚いたような、呆れたような顔をして小声で呟いた。
「……迷子ですか」
——そういえば、表情がしっかり変わってる。
でも、あの顔って変装のはずよね? けっこう出来がいいわ。
さすが諜報活動の専門家といったところかしら。
私からも少し探りを入れようかとも思ったけど、こちらが正体に気付いていることを悟られたくない。
ここは無難に、当たり障りのない会話で時間を潰してやり過ごすことにした。
そうこうしているうちに、船はロンデーゴの町へと到着した。
港から降りると、メダルドさん(偽名)に連れられ、大通りを進みながら町の中心部へ。やがて、その中でもひときわ大きく立派な屋敷の門の前に着いた。
メダルドさんが門番に何やら話しかけると、しばらくして中から執事のような男性が現れた。
「クラーレットの奇跡のティア様でございますね。お待ちしておりました。主人の元へご案内いたします」
——私がこんなに早く来るって、分かっていたのかしら?
私がすぐ来るとわかっていたような対応に感じる。
もしかして、私に「行かない」という選択肢は用意されてなかったのかしら……?
そんなことを考えながら、執事に従って屋敷の中へ。
階段を上り、二階の一室の前で足を止めた。
執事は扉をノックし、恭しく声をかける。
「旦那様、クラーレットの奇跡のティア様をお連れしました」
「入れ」
低く響く声の合図で、執事が扉を開ける。
中へ通されると、そこは小ホールのような部屋だった。
そして、正面には——
ブリガンティン。
ディスカバリーのリーダーが、じっとこちらを見つめていた。
さらに、彼の周囲を見回すと……港で見かけたキャラベル、ダンジョンの地下七階層で遭遇した神槍のフリゲート、疾風のラティーナ。
他にも見知らぬ人物が数人。
——え?
なんでディスカバリーの人たちがここにいるの?
戸惑っていると、フリゲートやラティーナが「間違いない」と言わんばかりに頷く。
どうやら、私が"あの時の子供"であることを確認しているらしい。
一方、ブリガンティンやキャラベルは気づいていない様子。
神官の格好をしていたときにしか会っていなかったからだろう。
そして、確認が取れた途端——
「ではこれにて」
メディオ・アルマセン元男爵は、受け取った金を懐にしまい、そそくさと去っていった。
……置いて行かれた。
取り残された私は、どうリアクションすべきか迷ったが、ひとまず確認することにした。
「——インゼル伯爵ではございませんよね?」