第82話 大迷宮17 知りたくなかった情報2
昔の管理者の記録が残っているのか。……って、これ500年以上前の記録じゃない。
とりあえず、抜粋されたものがあったので読んでみることにする。
議題:精霊システムの維持と更新
このままでは、精霊システムは数百年以内に維持が困難になる見込みである。
システムの更新には、旧世界並みの文明を復興させる必要がある。
幸い、必要な技術情報はすべてサーバー内に存在する。しかし、実際に作るとなると——
• 数千種類の材料を生産するところから始める必要がある
• その材料を加工し、数千万種類の部品を作る必要がある
• 莫大な手間と労働力が求められる
• 高性能ゴーレムも稼働可能なものは数十体しかおらず、労働力としては圧倒的に不足している
現状では、もはや我々だけでは手に負えない状況である。
今のうちに、何らかの対策を講じるべきではないか——。
なるほど。それで、どうすることにしたんだ?
……ん?各ダンジョンの管理者の間で、意見が割れているみたいだな。
◆ソノリオの管理者の意見
「精霊システムが停止するまでに、ソノリオの住人で生き残る者はいない見込み。
したがって、この問題は放置し、外の世界の成り行きを自然に任せるべきだ。
そもそも我々の祖先が自然の摂理を捻じ曲げてしまったのだから、我々が消えた後のことは、自然に委ねるのが筋である」
……うーん、
自然の摂理に任せるべきという考えもわからなくはないが……。
でも、自分たちの行いの責任については考えなかったのか?
それとも、自分たちの種族以外の命にはまるで興味がなかったのか?
……実際、ソノリオのダンジョンは完全に放置されていたわけだから、この意見は実行されたということか。
◆アトマイとゴルフェの意見
一方、アトマイとゴルフェは、ノバホマロ——つまり今地上にいる人々——に文明と技術を継承する考えだったようだ。
ただし、こちらも意見が対立していた。
• アトマイ:「ノバホマロの一部を強制的に支配し、その者たちだけに技術を伝え、精霊システムを管理させるべきだ」
• ゴルフェ:「ノバホマロ全体に文明と技術を伝えた後は、維持管理をすべて彼らに任せ、我々はひっそりと暮らすべきだ」
……だけど、結局意見はまとまらず、話し合いを先送りしているうちに、彼ら自身が絶滅してしまった……ってことか?
で、そのまま放置されていると。
いや、違う。
完全に放置するつもりなら、私がここに呼ばれることもなかったはずだ。
つまり——
これを解決するために、私が呼ばれたってことなの!?
えーと、私が呼ばれた経緯を調べられないかな? ここアトマイには私を召喚した形跡がない。となると、ゴルフェか。
試しにゴルフェへアクセスを試みたが、接続できない。
その原因は……私が呼ばれた日に大きな魔力反応があり、その直後に通信が途絶えているらしい。
それに加えて、ゴルフェには強力な結界が張られていて、内部の様子がわからない。おそらく、この結界は魔王を封じるためのものだろう。
だけど、この先の判断にはゴルフェの情報も必要だろう。直接行くにしても、通信で情報を得るにしても、封印が邪魔をしている。でも、勝手に封印を壊したら、この世界の人々と争いになるかもしれない……どうするべきか?
すぐには結論が出そうにない。ひとまず、精霊システムについて考えよう。
そもそも旧人はすでに滅んでいる。
今さら私がノバホマロを支配したところで意味がないし、私自身の寿命だってせいぜいあと数十年。
結局、文明と技術を伝え、あとは任せるしかない。となると、具体的にどうすればいいの?
まず、この世界の人々に事情を説明し、どうするか決めてもらう必要がある。
ただ、このことを信じてもらえるだろうか?
一般庶民は神の言葉なら信じるかもしれないが、支配者層や知識階級の人々は疑うだろう。
神らしい力を示して信用させるべきか……?
そう考えた瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。
——あと1年半ほどで、新たな魔王が誕生する見込み。
「……嘘、魔王が誕生するの!?」
思わず独り言が漏れた。
もし魔王が現れるなら、その時に困った支配者層を助けつつ、力を示せば信用を得られるかもしれない。
本来なら魔王の被害が出る前に対処すべきだが、被害がなければ支配者層は危機感を持たないだろう。
だからこそ、追い詰められた状況で助けるのが最も効果的……なんとも皮肉な話だけど。
まあ、それは置いておくとして、力を示すための演出も考えないと。
例えば、特大の魔法をぶっぱなすとか?
そう考えたとき、新たな情報が流れ込んできた。
——ここの倉庫には、2000体を超える騎士型ゴーレムが存在する。
しかも、このゴーレム1体で少なくとも人間1000人分の戦力があるという計算。
単純に考えれば、合計で200万人分の兵力。
さらに、さっき追加された魔法「ゴーレム兵団」を使えば、何体でも同時に個別制御しながら、統率の取れた指揮が可能らしい。
ここアトマイはノバホマロを強制的に支配するつもりだったようだから、その準備だったのだろう。
でも、これはこれでインパクトがある。演出として利用できそうだ。
よし、大筋の流れは決まった。
新魔王が出現したら、それを倒して力を示し、その勢いで旧魔王を討伐する名目でゴルフェの封印を解く。
そしてゴルフェの情報を入手し、精霊システムの技術継承を行う。
——この方針でいこう。
ただ、魔王が出現するまでに1年半、それを倒して色々やっているうちに、さらに数年は経ってしまいそう。結構この世界に長くいることになりそうだな……。
そもそも、この人たちを放っておいて元の世界に帰るなんて状況があり得るのだろうか?
そういえば、魔王が現れた時、神が力を授けるエレメンタルマスターという存在がいたはず。最悪、そのエレメンタルマスターにすべて託せばいいか……。
……あれ? 神が力を授けるって、つまり私が授けるってことだよね? どうやって、誰に授けるんだろう?
そう考えた瞬間、また情報が頭に流れ込んできた。
——ブレインエクスパンションシステム-ライトをインストールすることで、エレメンタルマスターにできる。
ただし、インストールには魔法の6属性すべてに高い素養が必要。これまでは神殿で儀式を行い、その中でインストールしていたらしい。
選ぶ人物については私の独断で決めていい。ただ、過去の例では神殿が候補者を出し、その中から6属性の能力が高く、素行が良く、カリスマ性があり、国民からの支持を得ている実績のある者を選んでいたという。
6属性の能力を持つ人間……私が知る限り、キュレネしかいない。でも、キュレネってどうなんだろう?
国民からの支持を得ている実績以外は、これまでのエレメンタルマスターと孫色はない。
国民の支持を得る実績……過去のエレメンタルマスターたちは、戦争での勝利やドラゴン討伐といった英雄的な功績を挙げていたのか。じゃあ、キュレネにもドラゴン討伐とかの実績を作ってっもらえばいいか。
一度にすべてを知ろうとすると、情報が多すぎる。幸い、通信でここから情報を得る手段もある。
今回はこのくらいにして、帰るとしよう。
帰ろうとすると、ゴーレムのムシュマッヘさんが声をかけてきた。
「ゴーレムを見ていきませんか?」
「そうね、確認しておいた方がいいわね」
そう返事をすると、ムシュマッヘさんは倉庫へ案内してくれた。
中に入ると、入り口近くにいたものと同じタイプの騎士型ゴーレムが整然と並んでいる。2000体以上となると、さすがに壮観だ。
試しに10体を動かしてみる。
具体的な指示を出さなくても、私の思考を読み取って自律的に動いてくれる。思ったより簡単だ。これを地上で召喚できるのか……便利すぎる。
ふと端の方に目をやると、先ほど飲み物を出してくれたのと同型の汎用人型ゴーレムが数十体保管されていた。その奥には、少し豪華な造りの部屋があり、中に入ると特別仕様らしいゴーレムが10体保管されていた。各々顔や体つきが異なり、洗練された印象を受ける。
——諜報活動を目的に作られたモデル。
高性能ゴーレムのようだ。どうやらムシュマッヘさんもこの分類に入るらしい。
説明を読むと、「人々に溶け込み、一般的な生活が可能。人間ができることならほぼ対応可能で、幅広い活用ができる。なお、戦闘力も騎士型ゴーレムをしのぐ」とある。
……確かに高性能だ。諜報活動以外にも、いろいろ応用できそう。
その考えを察したのか、ムシュマッヘさんが微笑みながら言った。
「試しに使ってみるのはいかがですか?」
こちらの表情や思考を読んでいるのか……なるほど、さすが高性能。
でも、今はどこから手をつけるべきかも分からない。
もう少し情報を整理してから考えよう。
「ちょっと考えておくわ」
「では、必要になりましたら召喚してください」
よし、帰るか。行きと同じように最速で駆け上がり、特に何事もなくダンジョンから出ることができた。まだ、夜が明ける前で十分暗い。最後まで気を抜かないように心がけ、こっそり、出てきた宿の窓から戻った。おそらく誰にも目撃されていないのではないかと思う。
とりあえず今日は寝よう。