第80話 大迷宮15 ディスカバリー対策
第3チームを救出し、ベースキャンプで一晩休んだ翌朝。
クランメンバーが集まり、話し合いが行われた。
・地下7階層の魔物が強すぎ、危険度が高いこと。
・ディスカバリーの幹部2人と敵対したことで、さらなる危険が生じたこと。
・この情報を他のクランメンバーにも早急に共有し、ディスカバリーへの対策を検討する必要があること。
これらの理由から、今回の攻略はここで終了することが決定した。
——とはいえ、収穫は十分にあった。
短期間の滞在ながら、アーティファクトを2種類入手し、Aランク魔物リュカオンを討伐。
成果としては十分すぎるもので、クラン内外への報告は「攻略成功」とすることになった。
また、リュカオンのかぎ爪の籠手はムートが所有し、討伐の功績もクラーレット単独のものとすることで意見がまとまった。
帰路の途中——
クランリーダーのアイザックさんは、ずっと表情を曇らせていた。
まあ、ディスカバリーの対処を悩んでいるのだろうな……。
なんとなく察しがつく。
そこへ、キュレネが声をかけた。
「ディスカバリーとの件、私たちが二度も関わる形になってしまって……申し訳ありません」
「何か、お手伝いできることがあれば……」
アイザックさんは軽く首を振る。
「君たちが謝ることはない。どちらも向こうから仕掛けてきたことだし、命の危険もあった以上、戦わざるを得なかったのだからな」
淡々とした口調だが、こちらを責めるつもりはないようだ。
キュレネはさらに踏み込む。
「ディスカバリーへの対策ですが……他のクランと協力する、という形になるのでしょうか?」
「……そうできればいいんだがな」
アイザックさんは少し息を吐き、険しい表情を浮かべた。
「すでに始まってしまった強者と弱者の争いで弱者の方についてくれるクランはほぼいないだろう。 今の状況で協力を得られるとすれば、すでにディスカバリーと小競り合いをしている『天空』くらいなものだろう」
——天空。
アトマイダンジョンNo.2のクラン。
キュレネが尋ねる。
「天空と協力する上で、何か問題が?」
「……そもそも"対等な関係"が築けないんだ」
アイザックさんは苦々しげに続けた。
「天空はディスカバリーと敵対しているが、今すぐ潰されるほど弱くはない。一方、俺たちはまともに対抗できるほどの力がない。……本音を言えば、すぐにでも天空の力を借りたい状況だ」
「だが、その"すぐにでも"っていうのが問題だ。焦って交渉すれば、足元を見られる可能性が高い。そこが一番の悩みどころなんだ」
確かに、切羽詰まった状態で協力を申し出れば、相手に主導権を握られる。
不利な条件を突きつけられることもあるだろう。
キュレネはしばし考え込み——そして、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。……では、交渉を有利に進めるための"材料"を探すべき、ということですね」
「私たちのほうでも、考えてみます」
「……ああ」
アイザックさんの返事は、どこか期待薄なものだった。
それだけ、この問題が簡単ではないということなのだろう。
天空との交渉はどうなるんだろう。
キュレネはある程度予想がついているようだから、聞いてみることにした。
「今のままだと、天空との交渉はどうなるの?」
「そうね。ただで助けてくれるわけがないし、力関係では向こうが上。しかも、こっちは切羽詰まっている。最悪の場合、天空の指揮下に入れと言われるか、多額の金を要求されるでしょうね。でも、天空としてもディスカバリーと共に戦える仲間が増えるのは歓迎のはず。それほど無茶な条件は出してこないと思うわ。問題は、どこで折り合いをつけるかね」
「なるほど」
「でも、ちょっと嫌な予感がするのよね」
「どんな?」
「もし、お金を払いきれなかったら、アーティファクトを差し出せって話になるかも。アーティファクトは希少だから、金があっても手に入れるのは難しい。クランにとっては喉から手が出るほど欲しい代物だしね。今回手に入れたものを狙われる可能性は十分あると思うわ」
「でも、あれって割と簡単に手に入ったし、渡してもいいんじゃない?」
「あれは奇跡的なことよ。今回は二つも手に入ったけど、普通は一生に一度でも手に入れば幸運とされるほど貴重なの。だから、ディスカバリーも強引に奪いに来たんでしょう? そんな貴重なもの、渡すつもりはないわ」
それはそれで、交渉が難航しそうだ。
そこで、ふとひらめいた。
「アトマイダンジョンのマップを交渉材料にするのはどうかな? 天空も地下七階層の探索には苦戦してるみたいだし、普通に考えたら完成まで数十年はかかるはず」
「なるほど、ダンジョンマップね。それはいいアイデアだわ。でも、全部渡すのはやりすぎ。地下七階層のマップだけでも十分価値がある。それだけでも、うちのクランなら十年かけても完成しないレベルよ」
地上に戻ると、地下7階層のマップを用意してアイザックさんのいるクラン本部所を訪問する。
いつも通りキュレネが話しをする。
「交渉で使える手札を持ってきました。アトマイダンジョン地下七階層の地図の写しです」
「ん? これは……地下七階層すべてのマップだと!? 本物か?」
「少なくとも、今回私たちが探索した範囲は一致していました」
「どこで手に入れた? こんなものがあるのに、なぜ攻略前に私たちに見せなかった?」
「出所は秘密です。今回の攻略で、このマップが正しいかどうかを確認していました。まあ、本物だと確信していても、すぐに渡すつもりはなかったですけどね。今回は、私たちがディスカバリーとの争いに直接関わってしまったので、そのお詫びとして提供します」
「ふむ……随分とあっさり言ってのけるな。しかし、こんなものが存在するとはにわかに信じがたい。本物なら交渉の材料にはなるが、証明するのが難しいのではないか?」
「交渉成立前に、一部分だけマップを渡して、これまで天空が作成したものと照合してもらえばいいでしょう。本物と確認できたら、交渉成立後に正式に渡します」
「なるほど、いい案だ。これだけ精巧なマップ、本物ならアーティファクト以上の価値がある。交渉の手札としては十分だな。ありがとう。……ところで、地下七階層以外のマップはないのか?」
「それは秘密です。仮にあったとしても、今使う手札ではありませんよ」
「うっ……わかった、今回は深く追及しないでおこう。それはそれとして、まだ皆には伝えていないが、この件が落ち着くまでメインダンジョンへの潜入は禁止とする。特に、お前たちはディスカバリーと直接戦った相手だ。ターゲットにされる危険があるから、大人しくしていろ」
「……はい、わかりました」
不満はあったが、とりあえず従うしかない。私は宿へ戻ることにした。