第79話 大迷宮14 まだ助かってない?
さて、ラウラさんの方はどうなった?
すでにワーウルフを2体倒し、残りは4体。しかし——
リュカオンが倒されたことを察知したワーウルフたちは、戦意を喪失し、一斉に逃げ出した。
ラウラさんは追う必要はないと判断し、そのまま逃がすことにしたようだ。ワーウルフたちは私たちが入ってきた扉から姿を消していく。
——これで終わり、か。
私はキュレネから預かっていたハルバードを手に取る。
……しかし、これ、結構大きいな。
普段持ち歩くには少々不便だと思った、その瞬間——
頭の中に情報が流れ込んできた。
どうやら、このハルバードには特殊なギミックがあるらしい。柄についている宝石部分に魔力を込め、指で魔法陣をなぞることで収納モードになる仕様のようだ。
試しにやってみると——
シュウウウ……ッ
2メートル以上あった柄が縮み、斧部分もコンパクトに折りたたまれ、わずか30センチほどのサイズになった。
これは便利だな……!
キュレネの元へ行き、ハルバードを手渡す。
「お疲れ様」
そして、収納モードのことを説明すると、キュレネは驚きながらも興味深そうにハルバードを眺めた。
その後、リュカオンのかぎ爪付きの籠手2つと魔石を回収したところで、ラウラさんたちが合流してきた。
——どうやら、全員無事のようだ。
リュカオンの毛皮は貴重な素材らしく、解体が得意な者に任せることにした。ついでに、ワーウルフたちの魔石も回収し、負傷者の応急処置も済ませる。
こうして戦闘後の後処理が一通り終わり、ようやく撤収する雰囲気になった、その時——
ラウラさんが、第3チームのリーダーであるニールスに声をかけた。
「——なんで、こんなことになった?」
ニールスは苦笑いしながら答える。
「面目ねぇ……ディスカバリーの連中に、リュカオン討伐の協力を持ちかけられたんだ。やつらがAランクの魔物とどう戦うのか見てみたかったし、人数が多い方がいいと思ってな。OKしたんだが——」
彼は悔しそうに眉を寄せる。
「……そしたら、好きなタイミングでリュカオンに攻撃を仕掛けてくれ、頃合いを見てこっちも参戦するとか言われてよ。で、案内されたのがあの部屋だ」
「……まさか」
「ああ。一方通行だった。気づいた時にはもう遅かった。完全にハメられたんだよ」
ニールスは小さく息を吐く。
「どうするか悩んでいたら、お前らが来てくれたってわけだ。本当に助かった。……ありがとう」
ラウラさんが焦ったような表情で叫ぶ。
「おい、その話が本当なら、まだ助かってないかもしれんぞ!」
「どういうことだ?」
「お前らが戦いを仕掛けたら、ディスカバリーが参戦してくるんだろ? そもそも、お前たちを犠牲にする作戦だったんだから、周囲に潜んでる可能性が高い。来る前に撤収するぞ!」
「……いや、だが、このままあいつらにやられっぱなしってのは気に食わねぇ」
「何言ってるんだ! 私たちは今の戦いで相当消耗してるんだぞ!? 今戦うのはまずい!」
ラウラさんの語気が強まる。
「せっかく助けたのに、今度は私たちまで危険に晒す気!? それに、私たちのクラン単独でリュカオンを倒せたんだ。ディスカバリーを出し抜いたと思えば、それで十分だろ!」
「……すまん、確かにその通りだ。急いで撤収しよう」
ニールスさんは、助けられた借りもある上に、ラウラさんの迫力に圧倒され、何も言い返せなくなったようだ。
——だが、その時だった。
「……っ!」
部屋の扉が開く。
十数人の冒険者が入ってきた。
先頭に立つのは、短髪の女性剣士。その鋭い視線が、部屋を見渡す。
「あら、ずいぶん人が多いわね。……どういうことかしら?」
ラウラさんが低く呟く。
「疾風のラティーナか……。やっぱり地下7層ともなると、クラン幹部が指揮を取っているのね。面倒だわ」
ディスカバリーの幹部、疾風のラティーナ。
彼女の登場に、場の空気が張り詰める。
ラウラさんは、私たちクラーレットのメンバーに向かって小声で言った。
「——あなたたち、一応、目立たないほうがいいわ」
「?」
「疾風のラティーナは神槍のフリゲートとは別派閥、あなたたちがフリゲートと戦ったことは伝わってないかもしれない。でも、もし何か特徴などが伝わっていたら……即戦闘になる可能性もあるわ」
それを聞き、私たちはすぐに身を引き、他の人の影に紛れるようにして成り行きを見守ることにした。
ニールスが疾風のラティーナの前に歩み出る。
「すまんな。もう終わっちまった」
ラティーナが眉をひそめる。
「……どういうことかしら? リュカオンはいなかったの?」
辺りをきょろきょろと見回す。
「いや、討伐完了だ」
「は? あなたたちだけで倒せるとは思えないのだけど?」
「それが、倒せちまったんだよ」
ラティーナの表情が険しくなる。
「共闘するって言ったじゃない。こちらだってこれだけのメンバーを率いてきたのよ。手ぶらじゃ帰れないわ。リュカオン討伐の戦利品、こっちにもよこしなさい」
ニールスが鼻で笑う。
「はっ、好きな時に攻撃しろって言ったのはそっちだろ? 来るのが遅かったくせに、何を抜かしてやがる。それに、俺たちをあんな部屋に閉じ込めておいて、どの口が言うんだ?」
場の空気が張り詰める。
戦いにも参加してないのに、戦利品をよこせって、どんだけ強引なのよ。
もしかして、あのかぎ爪の籠手が目当て?
そういえば、ディスカバリーはドラゴン討伐のためにアーティファクトを集めてるって話だったっけ。ハルバードの時もそうだったし……。
これが、ディスカバリーのやり方なの?
そんなことを考えているうちに、ラウラさんが前に出る。
「なあ、ラティーナ。冷静に考えてみないか?」
ラティーナの目が大きく見開かれた。
「……っ!! なんであなたがここにいるのよ!?」
——え? 知り合い?
ラウラさんは肩をすくめながら答える。
「お前らが、私らの仲間を閉じ込めるから助けに来たんだよ。実際、かなりヤバかったぞ。もう少し遅れていたら、どうなっていたか分からん」
静かに語るラウラさんだったが、その目は冷ややかだ。
「だからな——お前らに報復したいって奴らも多い」
ピリッと空気が張り詰める。
「それに、こっちは15人、お前たちは12人ってとこだろ? よくそんな状況でケンカを売れるな。しかも、こっちはリュカオンを倒せるだけの精鋭だぜ」
ラウラさんがわずかに前へ踏み出す。
「——あんまり欲張ると、叩き潰すぞ?」
一瞬、穏便に話をするのかと思ったのだが——まさかの脅し。
場の空気が一気に張り詰める。
——これ、収拾つかないかも。
「これは、ちょっとまずいわね。……私が介入するしかないか」
静かに呟きながら、キュレネが手をかざす。
「——カームダウン」
淡く輝く光の球が放たれ、ラウラさんたちの頭上で弾ける。
降り注ぐ光のシャワー——これは精神干渉系の光魔法。心を落ち着かせ、冷静さを取り戻させる効果がある。
その光が場を包み込む中、キュレネはゆっくりと歩を進め、ラウラさんたちの間に割って入った。
相手を射すくめるような『女帝のにらみ』を向けると、静かに口を開く。
「今、ここで争えば、双方に甚大な被害が出るのは明らかです」
低く、けれど威厳に満ちた声が場に響く。
「それは、どちらも望むところではないでしょう。ならば——何もなかったことにして、お互い引くのが得策では?」
しん……と、沈黙が降りた。
数秒の間、張り詰めた空気が続く。
やがて、ラティーナが踵を返し、短く命じた。
「……撤退」
背中越しに睨みつけるように振り向き、吐き捨てる。
「次はこうはいかないからな」
そして、ディスカバリーメンバーを率いて立ち去った。
しばしの静寂の後——
「「……ふーっ」」
ラウラさんとニールスさんが、一斉に息を吐いた。
「キュレネさん、助かったわ」
「勝手なことしてすみません。でも……正直、戦うのはまずいと思って」
「俺たちもだ」
ニールスさんが苦笑する。
「……実は私たちもよ。でも、冒険者ってのは、引くに引けない時があるのよ」
「お前は煽りすぎだろ。内心ヒヤヒヤしっぱなしだったぞ」
「まあ、結果オーライってことで」
「ちげーねぇ。……よし、さっさとベースキャンプに戻るぞ」
思ったよりも皆サバサバしていて、場はすぐに落ち着きを取り戻した。