第78話 大迷宮13 第3チームの捜索3
私が先頭に立ち、ムートとキュレネが続く。その後ろをラウラさん率いるストロングツリーのメンバーが進み、順番に扉をくぐった。
中は四角い間取りで、体育館ほどの広さがある。正面には、中央の部屋へと続く扉らしきものがあり、右の壁際には玉座のような立派な椅子が置かれていた。
その椅子には、ひときわ大きな狼の顔をした人型の魔物——リュカオンが腰掛けている。その周囲には18体のワーウルフが待機し、こちらの様子を窺っていた。
あれがリュカオンか。
リュカオンが何かの合図を送ると、6体のワーウルフが一斉に襲いかかってきた。しかし、残るワーウルフたちは動かない。どうやら、リュカオンの指示に従っているようだ。
事前の想定通り、狙われているのは私だけ。中央の部屋へと続く扉への動線を確保しながら動く。
それでも、ワーウルフたちは迷いなく私に向かって襲いかかってくる。
——あまり規格外の力は見せたくない。避けながら、ギリギリの速度で反撃するか。
そう考え、実際に動いてみたのだが……ワーウルフの連携は想像以上だった。私の回避を見越し、わずかにタイミングをずらした連続攻撃が襲いかかる。
それに対応して剣で迎撃すると、わずかな時間で6体を連続で斬り伏せる結果となり一瞬で終わってしまった。しかも、無意識のうちに返り血を避ける動作までしていたせいで、周囲には何が起こったのかすら分からなかったかもしれない。
ともあれ、6体のワーウルフを倒した。敵側の動きが止まった今のうちに、扉へ向かい第三チームと合流できるはず......。
だが、役目を担うはずのラウラさんたちは、何が起こったのか理解できずにその場で硬直していた。
すかさずキュレネが声を上げる。
「ラウラさん、チャンスです! 走ってください!」
ラウラさんたちはハッと我に返り、急いで駆け出した。
私、キュレネ、ムートの三人は、ワーウルフたちがラウラさんたちの方へ向かうのを防ぐため、間隔を空けて並び、迎え撃つ体勢を整えた。
リュカオン側も状況を把握したのか、今度は6体のワーウルフが散開し、それぞれ別の方向へ走り出した。どうやら、今度はラウラさんたちを狙い、私たちの間を抜けようとしているようだ。
私はすれ違いざまに2体を斬り伏せたが、キュレネとムートはそれぞれ1体と対峙し、残る2体は素通りしてラウラさんたちの方へ向かってしまった。
当然、ラウラさんたちも気づき、魔法使いのジェームズさんと弓使いのエルヴィンさんが遠距離攻撃で牽制する。
まあ、あまり私がやりすぎるのもよくないし、相手は2体だけだ。とりあえず彼らに任せて様子を見よう。私が動くのはピンチになってからでいい。そう判断し、全体の動きを把握しつつ、サポートに回ることにした。
すると、残っていた6体のワーウルフが、私から遠い側——ムートの横をすり抜け、ラウラさんたちへ向かっていく。
キュレネとムートはまだ戦闘中で、手が回らない。
さすがに6体をラウラさんたちに押しつけるのはまずいか……。
そう考え、音速嵐を放ち、2体を瞬時に葬る。これで、ラウラさんたちの方へ行ったのは、最初の2体と今の4体を合わせて6体。
——ちょっと厳しいか?
追加で音速嵐を放とうとした。
そのとき——ラウラさんが扉を開けた。
直後、第3チームのメンバーが飛び出してくる。すでに戦闘準備は万全のようで、ラウラさんたちと無事に合流した。これで向こうは12人対6体。数の上では互角以上だ。
しかし——妙だ。
リュカオンは仲間のワーウルフをすべて攻撃に出し、自分の周囲に守りを残していない。それだけ自信があるのか、それとも何か策があるのか……。
考えを巡らせていると、リュカオンが大きく息を吸い込み——咆哮をあげた。
——これは、魔法効果付きの咆哮。
人間を恐慌状態に陥れる効果があると素早く察知し、即座にアンチマジックで打ち消す。
なるほど、ワーウルフと戦わせながら恐慌状態にする作戦だったのか。
咆哮が不発に終わったリュカオンは、私を鋭くにらみつけ、ゆっくりと立ち上がる。
——ああ、私が邪魔したから怒ってるってことか?
リュカオンがこちらに狙いを定め、動き出そうとした——その瞬間。
「エアバースト!」
キュレネの魔法がリュカオンめがけて放たれる。
こちらに気を取られていたリュカオンは避けるのが遅れ、まともに受けるかと思われた。しかし——
腕に着けたかぎ爪付きの籠手で弾き飛ばした。
あれもアーティファクトなの?……
そこへムートが飛び込む。
すでにキュレネとムートはワーウルフを倒しており、ここからは本格的なリュカオンとの戦闘だ。
私は約束通り、彼女らに任せることにした。ただ、ピンチになった場合すぐに動けるよう、戦況は正確に把握する。もちろん、ラウラさんたちの状況も同時に確認している。
ムートが神速剣で攻撃を仕掛けるが、リュカオンは籠手を巧みに使い、すべての斬撃を受け流す。
——まずい。スピードもパワーも、リュカオンが上回っている。
ムートはたまらず弱めのドラゴンブレスを放つが、それも籠手で弾かれ、逆にリュカオンの強烈な爪の一撃が飛んできた。
ガキィンッ!!
剣で防ぐが、衝撃を殺しきれず、ムートは吹っ飛ばされる。
今度はキュレネが割って入り、先日手に入れたハルバードで応戦。しかし、やはりスピードとパワーは上回られおり、徐々に押されていく。
キュレネが少し体勢を崩した、その瞬間——
リュカオンの強烈な一撃が迫る。
「インパクトクラッシュ!」
キュレネが神槍のフリゲートの必殺技を相殺した技を放つが、力負けし、吹っ飛ばされる。
そのまま私の方へ飛んできたので、優しく受け止める。
「大丈夫?」
「もちろん。ようやく新必殺技を試せる相手に出会ったわ」
そう言って、ハルバードを私に預ける。やはり使い慣れたレイピアの方が戦いやすいのだろう。
「ムート、行くわよ!」
そう叫ぶと——
「エクストラブースト!」
キュレネの身体が淡く光をまとい、揺らめく。
従来の身体強化にさらに重ねがけする魔法か……。
「もし、この魔法が切れてもリュカオンを倒せていなかったら、後はお願い」
それだけ言い残し、キュレネは戦いに戻る。
すぐ後に、ムートも同じ魔法を発動させ、リュカオンへ駆け寄った。
——戦闘再開。
キュレネが先手を取る。
スピードもパワーも、先ほどより大きく向上。今度はキュレネが優勢だ。ただ——
……あの籠手、妙だな。何らかの特殊な能力があるのか?
リュカオンは時折、不自然な感じでキュレネのレイピアを弾いている。キュレネは戦いにくそうに見える。
だが、キュレネは一瞬の隙をついて、リュカオンの胸を狙い突きを放つ。
リュカオンはバックステップでギリギリのところでかわすが——
「サンダーボルト!」
続いて剣先から放たれた雷撃が、至近距離でリュカオンを直撃する。
——ビリビリッ!!
リュカオンの動きが一瞬止まる。
そこへ、ムートが一気に斬り込んだ。
雷撃の影響か、リュカオンの動きが鈍い。そのまま——
ザシュッ!!
ムートの剣がリュカオンの左腕を切り落とした。
「——ガァァァァッ!!!」
リュカオンが咆哮をあげる。
前回は私が打ち消したが、今回は介入しなかったため、キュレネとムートが一瞬動きを止める。
しかし、リュカオンも直後に攻撃できるわけではないらしく、距離を取るにとどまった。
しかし、次の瞬間、リュカオンは跳躍し、天井を蹴る。
——向かってきたのは私だった。
残った右手のかぎ爪の籠手を突き出し、頭から突っ込んでくる。
先ほどのダメージが残っているはずなのに、動きが鈍っていない……
よく見れば、目が血走っている。
なるほど、バーサク状態(狂戦士化) か
なぜ私を狙ったのかはわからないが——
まあ、いいや。
私はキュレネから預かったハルバードを床に置き、目の前まで迫ったリュカオンの右腕をつかむと
柔道の一本背負い風に床へ投げつけた。
ドガァァァァン!!
ものすごい勢いで床に叩きつけられたリュカオンが、バウンドする。
私はまだ右腕を掴んだままだったので、その勢いを利用し、キュレネたちの方へ投げ返す。
リュカオンは体勢を立て直し、なんとか着地するが——
ふらついている。
それでもバーサク状態の影響か、激しい攻撃を繰り出してくる。しかし、片腕を失ったせいか、攻撃のバランスが悪く、隙が増えていた。
キュレネとムートはそれをかわしながら、隙をうかがう。
そして——
ムートがリュカオンの大振りの爪を捌き、体勢を崩させた、その瞬間——
キュレネが大きく踏み込み、渾身の突きを放つ。
ザシュッ!!
レイピアがリュカオンの脇腹を貫いた。
「ファイヤー!!」
突き刺した剣先から炎の魔法が放たれる。
ゴォォォォ!!
体内から燃え上がる炎。リュカオンは断末魔の咆哮をあげ——
——絶命した。
キュレネとムートの身体を包んでいた光が消える。
そして、その場にしゃがみこんだ。
……相当無理をしていたんだな。
ギリギリの戦いだったのが、よくわかった。