第74話 大迷宮9 地下7階層攻略2
ベースキャンプから出て、地下7階層への階段を下りた。風景的には上層階と大きな違いはなかった。
最初の打ち合わせで、第4チームは階段を降りた後、後ろ側の方向を探索することになっている。なので、階段を降りた後、後ろに行けるルートを探しながら進んだ。
前にはカシューさんたちのパーティ「ローストサマー」、私たちはその後ろをついて行く。しばらく歩くと、Bランク上位と言われている牛頭人身の魔物、ミノタウロスと遭遇した。
地下6階層で遭遇したものは茶色だったが、今回遭遇したミノタウロスはもっと黒っぽく、一回り大きな体つきで、ハルバードという槍と斧を合わせたような武器を持っていた。
「また、ミノタウロスか。面倒だな」
地下6階層で遭遇したミノタウロスは、カシューさんたちが中心になって討伐していた。
カシューさんがそうつぶやいた後、振り向き、
「とりあえず、俺たちが討伐するから、お前たちは見て、役割分担の重要性を認識しろ」
と言ってきた。
「第1チームによると、同じ魔物でも地下7階層にいるやつは強いらしいから、気をつけてください」
「おう、分かった」
地下6階層で遭遇したやつでも結構苦労していたように思うが、大丈夫だろうかと思いつつ、様子を見ることにした。
大盾のウォルさんが先頭に立ち、右後ろには魔剣士のアーモンさん、左後ろには魔法使いのヘーゼルさんと大剣使いのカシューさんが配置されていた。
ウォルさんは盾をエンチャントで強化し、その後自らも身体強化を施して構えた。アーモンさんとヘーゼルさんはそれぞれ攻撃魔法を準備している様子だ。
どうやら、ウォルさんが大盾でミノタウロスの動きを止め、その隙に左右から魔法攻撃を狙うという作戦のようだ。
ミノタウロスは、こちらに気づくと一気に突進してきた。その勢いのまま、ハルバードを右後方に振り下ろし、まるでホームランを狙うかのように力強く振り回してきた。
それをウォルさんが大盾で受ける――。
しかし、大盾に衝撃が加わると同時に、ものすごい音とともに盾が曲がり、ウォルさんの腹部に直撃。そのままウォルさんごと5メートルほど吹き飛ばされた。
幸いにも、大盾が衝撃をかなり吸収したおかげで、ウォルさんは何とか生きているものの、その場から動けないほどのダメージを負ってしまった。
すかさず、左右後方にいたアーモンさんとヘーゼルさんが準備していた魔法を放つ
「火槍」
しかし、ミノタウロスは簡単にそれを避け、ウォルさんに追い打ちをかけようと近づく。ハルバードを振り下ろすその刹那。
カシューさんが飛び込んできて、大剣でハルバードを受ける。しかし、その瞬間、大剣は砕け、ハルバードがそのままカシューさんの右腕を切り裂いた。
「グワーッ!」
カシューさんがその場に倒れ込んでしまった。
予想以上の強さに、ここは私の出番かしらと思ったが、キュレネとムートがミノタウロスへ向かおうとしているのが見えたため、私はまず倒れたカシューさんとウォルさんの救護に向かうことにした。
キュレネとムートに、ミノタウロスをカシューさんたちから引き離すように声をかける。
キュレネがミノタウロスに向かいながら魔法を放つ。
「火槍」
ミノタウロスは素早くそれを回避する。
すかさずムートが飛び込み、力強いを横なぎの剣を打ち込んだ。
「パワースラッシュ」
ミノタウロスはかろうじてハルバードの柄で受けたが、その反動でバランスを崩し、大きく後退する。
「ピアスファイア」
そこへキュレネがミノタウロスの腹を狙い、レイピアを突き刺す。先端から炎の魔法を放つ必殺技を発動した。
しかし、ミノタウロスの皮膚は硬く、レイピアは刺さりきらなかった。
それでも炎が爆発的に放たれたことで、ミノタウロスは飛び退き、大きく回避し、ウォルさんとカシューさんが倒れている地点から引き離すことに成功した。
アーモンさん、ヘーゼルさんと共にカシューさん、ウォルさんが倒れている場所に急行し、お願いした。
「私がカシューさんたちに回復魔法をかけるので、その間、周囲を見張っていてください」
カシューさんとウォルさんの状態を確認すると、カシューさんは右腕が切断され、ウォルさんは腹部のダメージが大きく、瀕死の重傷を負っていた。
まず治療すべきはウォルさんだが、カシューさんも放っておけない。
私はまず、カシューさんの腕に麻痺の魔法をかけて痛みをなくし、止血と消毒を施しておとなしく待機してもらうことにした。切断された腕の先は後で治療するつもりなので、魔法で冷却し、傷まないように処置を施した。
ウォルさんの方は、着ていた鎧を私の「なんでもよく切れる剣」で切り裂いて脱がせ、回復魔法をかける。内臓が破裂しており、肋骨や背骨も骨折している状態だ。とりあえず、回復するまで、女神モード級の高出力で魔法をかけ続けた。
その間、キュレネたちがピンチに陥るようなら、私はすぐに参戦しなくてはならない。ミノタウロスの動向にも注意を払いながら、治療を続けた。
隣にいたカシューさんがつぶやいた。
「あのミノタウロス、地下6階層にいたやつとは比べ物にならんくらい強い。それに、ウォルの盾を破壊し、俺の剣を砕いたあのハルバード、おそらくアーティファクトだ」
アーティファクト、神々が使ったとされる武具か…確かに間違いではないかもしれない。
管理者サーバーの情報によると正常な精霊システムの動作のため定期的にダンジョン内の魔物を討伐が必須。それをノバホマロ(新人)にやらせようと考えた結果、ダンジョン内に強い武具があると、それを目当てにやってきて魔物討伐もしてくれることが分かったため、定期的にダンジョンに武具を置くことにしたとのこと。それを魔物が持って行こともあるらしい。ちなみにその武具を神々は使っておらず、ノバホマロを呼び込むために作った武具なんだとか。歴代の神々は強力な魔法でごり押しする戦闘スタイルなので武具は不要なのだそうだ。
......まぁ、今はどうでもいい情報だ。
そんなことを考えているうちに、ムートとミノタウロスは激しく打ち合っていた。
力は互角に見えるが、ムートの方が体重が軽いため、たまに押され気味になる。
ちょっと間合いが開いた隙に、ミノタウロスがためを作り、強力な一撃を振り下ろす。
「あれを受けちゃいかん、剣が砕けるぞ!」
とカシューさんが叫んだが、ムートはお構いなしにその一撃を受けに行く。
「ガキーン!」
大きな音が響き渡り、ムートは問題なくその一撃を受け止めた。わずかに微笑んだムートは、その後、ドラゴンブレスを放った。
ハルバードに力を込めていたミノタウロスは避けきれず、左わき腹に直撃を受ける。
なるほど、これがムートの狙いだったのか…と思ったのもつかの間、キュレネが一瞬でその損傷した左わき腹に剣を突き刺し、魔法を放った。
「ピアスファイヤー!」
体内からの火魔法には耐えられなかったのか、ミノタウロスはすぐに倒れ込んだ。
すごい連携だ。キュレネはムートがドラゴンブレスを放つタイミングまでわかっていたんだろう。あのコンビネーションはまさに完璧だった。
カシューさんは隣で呆然としながら、何かつぶやいている。
「もしかして、あの娘たちが持っているのもアーティファクトなのか…」
「あんな連携見せられて、役割分担とか言った俺の立場がないよな…」
彼の言葉がどこか虚しく響いたが、私は聞かなかったことにしておいた。
キュレネとムートは倒したミノタウロスのハルバードと角や魔石の回収作業に取り掛かっていた。
ミノタウロスのハルバードは、どうやら一時的に魔力を溜め、それを解放することで強力な衝撃を発生させる仕様のようだった。
私はウォルさんの命の危険が一段落したところで、アーモンさんたちにウォルさんを安静にベースキャンプへ運ぶ準備を頼んだ。
そして、カシューさんの腕の治療を始めることにした。カシューさんには横になってもらい、土魔法で腕を固定する。切断された腕の先を元の位置に合わせるための位置調整をし、エクストラヒールで魔法をかけ始める。
魔法が発動すると、先に失われた部分や変形した部分が戻り、次に骨や血管の位置が合わされていくのが分かる。
常識的なところもあるので、完治まで持って行かずに、 自然に治癒する程度まで回復させるつもりで女神モード級の高出力で魔法をかけ続けた。
その時、奥から足音が聞こえ、4人組がこちらに向かってきた。どうやらクランエフシーのメンバーではないようだ。
カシューさんはその瞬間、一目見て嫌な顔をした。
「ちっ、面倒な奴が来やがった」
「知っている人ですか?」
「ああ、あいつはクランディスカバリーの幹部の一人、フリゲートだ。槍の使い手で、神槍のフリゲートと呼ばれてる。奴は場合によっては魔物より厄介かもしれん」
カシューさんの顔に浮かぶ表情からも、彼がどれほど警戒しているのかが伝わってきた。
誤字報告ありがとうございました。