第7話 神殿に行ってみました
「ティアは、行きたいところある?」
「神殿を見てみたい」
私の希望で、みんなで神殿に向かうことになった。神殿は少し高い丘の上にある。
神殿みたいな場所に召喚されそうになったんだから、もしかしたら何か帰る手がかりがあるかもしれない。
「どんな神様を祀っているの?」
「今の神様は……誰なんでしょうね」
「はい? どういうこと??」
「ティアって、神様のことも知らないのね」
「じゃあ、神様についてちょっと話しておくわね。
大昔から、人間に知識や魔法を授けて導いてくれていた存在が神様よ。昔はもっと人間と交流があったみたいで、魔王討伐のような大事も神様が引き受けてくれていたらしいの。でも、ある時から『知識や力は授けたんだから、あとは自分たちで工夫して生きなさい』って感じになって、交流がほとんどなくなったの。
神様の教えを引き継いでいるのが精霊教会で、神殿や神官はみんな精霊教会に所属しているわ。
そして、肝心の神様だけど……おそらく、300年くらい前のエレメンタルマスター任命のときに現れたのが最後。それ以来、誰も見たことがないって話よ。
神様の寿命も、私たち人間より少し長いくらいだから、世代交代をしているはずなんだけど、100年前に魔王が現れたときには神様は姿を見せなかったし、誰もエレメンタルマスターの力を授かることができなかったの。
だから、今の神様は分からないし、もう神様はいないって言う人もいるわ」
――神様にも寿命があるの? それに、人間より少し長いくらいって……。
役割の決まった神様だったり、唯一神というわけでもないんだ。私が思っていた神様のイメージとは、かなり違うな。しかも、昔は普通に人前に出ていたのか……。
なんか、思ってたよりずっと神様っぽくないな。
そんな話をしているうちに、私たちは神殿に続く大きくて長い階段を登りきった。
一目見た感想は、「探していた神殿とは全然違う」 だった。
私が呼ばれた場所は、円形に柱が立ち並んでいた。でも、ここは長方形に配置されている。
――がっかり。やっぱり、そんなに簡単に見つかるはずないよね。
ふと奥のほうに目を向けると、一枚の絵が飾られていた。
そこに描かれていたのは、背中に鳥の翼のようなものを持つ老人。
「……あの絵は?」
「あれが神様よ。見た目はほぼ人間だけど、翼があるのよ」
えー、神様に翼があるんだ……。
私、「女神様」って呼ばれてここにやってきたけど、やっぱり神様じゃなくて異世界召喚されたチート持ちって感じなのかな……。
――さて、どうしよう。
「……どうしたの? なんだか元気ないみたいだけど」
「もし、ここが私の記憶にある神殿だったら……私を呼んだ人に会えるかもしれないと思ったの。でも、全然違ってたから……どうやって探せばいいのか分からなくなっちゃって……」
「なるほど。ティアが神殿を見たかった理由は、その人を探すためだったのね?」
「……うん。帰る方法が分かるかもしれないから。でも、どんな人かを説明するのが難しいし、そもそもどうやって探せばいいのかも分からなくて……」
「それなら、いい方法があるわよ。
あなたがしっかり記憶しているなら、それを絵にしてもらえばいいの。思い描いているイメージをそのまま絵にしてくれる魔法絵師っていう人がいるのよ。その絵があれば、聞き込みもしやすくなるわ」
「そんな方法があるんだ……!」
「ちょっと高いけど、お金はまだ残ってるでしょ?」
魔法ってすごいな……。
とりあえず、その方法を試してみよう。
魔法絵師の店に向かう。
中に入ると、奥にはアトリエのような作業スペースがあり、手前には小さな商談スペースが設けられていた。店の主らしきおばあさんが声をかけてくる。
「いらっしゃい」
どうやらこの店は、おばあさんが一人で切り盛りしているらしい。
「記憶にあるイメージを描いていただきたいのですが」
「あなたがイメージしたものを私が読み取って記憶し、それをもとに絵を描くからね。ただ、イメージそのものを読み取るから、記憶が曖昧だとそのまま曖昧な絵になってしまうからね」
それなら大丈夫だ。この世界に来てから、なぜか記憶力が向上しているのか、鮮明にイメージすることができる。
「わかりました」
「じゃあ、10万サクルだよ。いいかい?」
かなり高額だが、今はほかに方法がないので仕方がない。
「はい。お願いします」
「じゃあ、この魔具を頭に着けて」
渡されたのは、ニット帽のような被り物だった。それを被ると、おばあさんが続ける。
「じゃあ、意識を同調させるから、描いてほしいものを頭に思い浮かべて」
言われるままに、神殿で祈る金髪碧眼の貴族風の少女をイメージする。かなり鮮明に思い浮かべることができた。
「まったく見えんのだけど。精神干渉防御の魔法とか使っていないかね?」
「使っているつもりはないのですが……」
あれ? イメージはできているのに、読み取ってもらえないの?
「ちょっといいかしら?」
キュレネが声をかけ、何やら魔法を発動する。
「まったく効き目がないわ。あなた、無意識に精神干渉防御してるわね」
なるほど。それはそれで重要な能力かもしれないが、解除の仕方がわからない。
「読み取られるのが難しいなら、あなたのほうからイメージを送るように意識してみてはどう?」
ファイルをアップロードするような感覚だろうか? 試しに、イメージしたものを魔具のほうへ押し出すように意識してみた。
「見えたよ。とりあえずラフ画を描くから、思っていたものと合っているか確認して頂戴」
そう言うと、おばあさんは素早くスケッチを仕上げ、それを見せてくれた。
女性がお祈りしている姿――間違いない。
「大丈夫です」
「では、絵の完成まで1時間ほどだよ。待っているかい?」
「はい」
おばあさんは筆を使い、絵具で描いていく。頭の中の映像を読み取る魔法があるのに、それを手描きでアウトプットするというのが、なんとも不思議に思えた。
完成した絵を見ると、しっかりと色が塗られ、まるでカラー写真のような出来栄えだった。
「ちょっと見せて。ティアを呼んだ人がこの人なのね」
キュレネが一瞬固まる。
「金色の髪の若い女性なのね。この国の衣装ではないけれど、この服装だとかなり上級の貴族だと思うわ。どこかの国の王族かもしれないわね」
確かに。
「この国をお救いください」
そんなことを言っていたし、王族の可能性もありそうだ。
「上級貴族や王族となると、貴族とのつながりがないと会うのは難しいわ。平民が直接訪ねても門前払いされるだろうし」
そうか、どこの誰かわかっても、貴族となると会うのも難しいのか……。
「この神殿みたいな場所って、心当たりない?」
「普通の神殿は長方形に柱が配置されているから、これは普通の神殿ではないわね。この円状に柱が配置されている建物は見たことがないわ。とはいえ、本の知識だけで、他の町の神殿を直接見たことはないけどね」
とりあえず冒険者ギルドに行き、依頼票の確認のついでに、魔法絵師に描いてもらった『祈りの女性』の絵を見せながら聞き込みをする。本当は聞き込みついでに依頼の確認をしているのだけど。
しかし、何も情報は得られず。
うーん、これはなかなか厄介だな。どこの国の誰かもわからない貴族と、どこにあるかもわからない神殿のような建物。どうやって探せばいいのだろう。先は長そうだ……。
今度は施療院でも聞いてみよう。神殿関係だから何かわかるかもしれない。