第69話 大迷宮4 ロンタクルーソ王国リチャンタの町
その後、特に何事もなく、無事にロンタクルーソ王国リチャンタの町へ到着した。ここまで来れば、ディスカバリーの影響力は及ばない。私たちは普段の服に着替え、船を降りた。
町の規模や街並みは、先ほどまでいたドライステーロ王国ロンデーゴの町とほとんど変わらない。まずは冒険者ギルドへ向かうことにした。
ギルドの建物もロンデーゴと同じくらい立派だが、中にいる冒険者たちの雰囲気はだいぶ穏やかだった。ギスギスした緊張感はなく、比較的落ち着いた印象を受ける。
受付で「この町に初めて来たので、ダンジョン攻略やクランについての情報が欲しい」と伝えると、受付嬢は視線を横に向け、近くのテーブルで暇そうにしていた人物を呼んだ。
「アルクトゥルスさん、出番ですよ!」
呼ばれたのは長身の男性。年齢は30代後半といったところか。細身ながらも筋肉質で、上質な軽装を身にまとい、腰には軽めの剣を二本携えている。双剣使いのスピードファイターといったところだろうか。
「部屋、空いてるか?」
「はい、お使いください」
アルクトゥルスさんが受付嬢に確認を取り、私たちは打ち合わせ室へと案内された。
「クラン天空所属、冒険者アルクトゥルスだ」
「クラーレットの奇跡です。よろしくお願いいたします」
名乗ると、彼は開口一番にこう言った。
「クラン天空に所属したいってことでいいか?」
いきなりクランに所属……?
「いえ、まだその前の段階でして。どのようにダンジョンを攻略するのがいいか、情報を集めている段階です」
「そんなもん、クランに所属して攻略するのが一番に決まってるだろ」
「では、そのクランについて詳しく教えてください」
「……ふむ。まず、このアトマイダンジョンにはメインダンジョンとサブダンジョンがあるのは知ってるか?」
「はい」
「クランに入ってすぐ、メインダンジョンの深層攻略を目指したいという者は多いが、深層は未知の世界だ。我々『天空』では年に二回、選抜メンバーによる深層攻略を行っている。だが、そのチームに選ばれるには相応の実力が必要だ」
「嬢ちゃんたちのような若手は、まずサブダンジョンで腕を磨くところから始めてもらう。基本的なことは教えるが、手取り足取り指導するつもりはない。他の冒険者を見て学ぶなり、自分で試行錯誤するなりして、強くなってくれ」
アルクトゥルスはそう前置きすると、続けてクランの仕組みを説明してくれた。
「ダンジョンに慣れ、自力でサブダンジョンを突破できるようになったら、次はサポート部隊として活動してもらう。サポート部隊の主な仕事は、サブダンジョンの最下層、つまりメインダンジョンの入口前に設営されたキャンプの維持管理だ。ただし、ずっとキャンプにこもりきりというわけじゃない。複数のパーティが持ち回りで担当する。
このキャンプは、メインダンジョンを攻略する上位の冒険者たちが利用する場所だから、彼らと交流を深めるのも重要なミッションと考えてほしい」
なるほど、そこで実力者たちと顔をつなぎ、信頼関係を築くわけか。
「サポート部隊として活動しながら実績を積めば、メインダンジョン攻略者として認められる。そして、その攻略者たちの中からさらに選ばれた者が、最終的に深層攻略チームのメンバーになる。これがクラン『天空』の基本的な流れだ」
話を聞いて、キュレネが疑問を口にした。
「それでは、自力でサブダンジョンを突破できれば、すぐにでもサポート部隊に入れるんですか?」
アルクトゥルスは少し驚いたように片眉を上げた。
「ずいぶん自信があるようだな。……まあ、昔はそうだったんだが、数年前に『ディスカバリー』の方ででごたごたがあってな」
後継者争いのことか。
「その時、『ディスカバリー』から『天空』に移籍したいやつらが大勢いたんだ。だが、当時は『ディスカバリー』を敵視していた者も多くてな。いくら実力があろうと、突然入ってきた奴らとすぐに行動を共にするのは抵抗がある、という声が多かった。命を預ける相手だ、信頼できないと話にならないからな」
なるほど、それは確かに。
「そこでルールを作った。サポート部隊に入るには、クランに所属してから最低一年。メインダンジョン攻略者になるには、三年以上の在籍が必要になったんだ」
「つまり、私たちがクランに所属しても、三年間はメインダンジョンの攻略はできないということですね」
「ははは! 嬢ちゃんたちみたいな初心者なら、その期間内に必要な条件を満たすこと自体、無理だから気にする必要はない。実際に影響を受けるのは、他の地域で実績を積んできた冒険者たちだけさ」
アルクトゥルスは笑いながらそう言ったが、真剣な眼差しをこちらに向けた。
「ただな、この三年という期間は無駄じゃないぞ。メインダンジョンの攻略は命懸けだ。仲間同士の信頼がなければ生き残れない。だからこそ、しっかり人間関係を築く時間が必要なんだ」
確かに、敵視していた相手と馴染むには、それなりの時間をかけたほうがいいのかもしれない。
「クランに所属せずに、メインダンジョンを攻略することは可能ですか?」
私の問いに、アルクトゥルスは即答した。
「このリチャンタの町からの攻略では無理だな。メインダンジョンの出入りは『天空』が管理してるから、実力が不明な冒険者は追い返すことになってる。まあ、他の町からなら可能かもしれないがな」
つまり、ここにいる限りは最低でも三年間、サブダンジョンで足止めか……。
そう考えていると、キュレネが話を切り上げにかかった。
「情報をお話しいただき、ありがとうございました。とても参考になりました」
「おう、それでクランに入るのか?」
「考えさせてください。入ると決めたら、こちらから改めて伺います」
そう言って、私たちは打ち合わせを終え、部屋を後にした。
ギルドを出ると、私はキュレネに確認した。
「ねぇ、本当は考えるまでもなく答え、出てるよね?」
「それはそうよ。何年も下働きみたいなことをして、時間を無駄にしたくないもの」
私たちは顔を見合わせ、次の行き先を決めた。
「第3の拠点、オキサーリス王国のシティシペの町に移動しましょう。そこもダメなら、アトマイダンジョンは諦めて別の場所を探すわ」