第68話 大迷宮3 ストーカー?
次の日、ロンタクルーソ王国のリチャンタへ向かうため、港へ向かった。
リチャンタは、『ディスカバリー』のライバルとされるクラン『天空』の本拠地がある町だ。念のため、神官服を身に着ける。冒険者より神官の方が、クランによる面倒ごとに巻き込まれにくいと判断したからだ。
港に到着し、船着き場近くの建物で乗船手続きをする。
「リチャンタまで一般客室、3人分」
「身分証をお願いします」
冒険者ギルドカードは使わずに、神官カードを提示する。
「確認しました。一人3,000サクル、3人で9,000サクルになります」
代金を支払うと、チケットが手渡された。
「乗船まで30分ほどありますので、待合所でお待ちください」
待合所はすぐ隣にあり、広い部屋に簡素な椅子が並んでいる。すでに多くの乗客が待っており、商人とその従者らしき姿も見えた。飲食している人が多いと思ったら、近くに売店がある。
「ちょっとあれ買ってくる」
ムートが肉の串焼き屋を指さし、足早に向かった。
「私も飲み物買ってくる」
キュレネもそう言って席を立った。
私はその場に残り、待つことにした。
ふと、チケットを買っている人の後ろ姿が目に入り、最初の町ウィスバーロの外で魔法の練習をしていたとき、アドバイスをくれたおじさんを思い出す。もしかして、あの時の人?
チケットを買い終え、こちらに振り向いた顔を見て――あれ? 全然違う。
別人かと思ったが、頭の中の声が告げる。――同一人物だと。
本当の顔を解析すると、まったく見覚えがなかった。どうやら、最初に会ったときも別の顔に変装していたらしい。あの時はまだブレインエクスパンションシステムがなかったから、気づけなかったのだ。
……何なの、あの人?
瞬間、記憶がつながる。クヴァーロン王都セロプスコ、バンパセーロ王国ポルシーオ領フィソイルコ――そこでも、違う顔で視界に映っていたことを、システムが知らせてきた。私が見たり体験したことはすべて記録されているので、無意識に見ているものでも後から引き出せるのだ。でも、庶民感覚が抜けない私には、この過剰な能力がちょっと怖くもある。
……いや、それより問題はあのおじさんだ。
おじさんだと思っていたが、解析した素顔の年齢を見ると、おじいさんと呼ぶべきだろう。とりあえず、"変装爺さん"と名付けておこう。
それにしても、あの変装爺さん、私たちをつけてきているの? 何のために?
キュレネたちに何か心当たりがあるか、戻ってきたら確認しよう。
しばらくして、キュレネとムートが戻ってきた。変装爺さんのことを話そうとしたが、場の空気が一変する。
ふと視線を向けると――
大剣を背負った金髪の角刈り、大柄で筋肉質の男が歩いてくる。その斜め後ろには、オレンジ髪のローブ姿の魔法使い風の女性。
周囲の人々は動きを止め、声すら発さず、緊張した面持ちで2人を直視しないようにしていた。
大男がチケット売り場で話し始めた途端、魔法使い風の女性がきょろきょろと辺りを見回し、こちらに向かってくる。
……嫌な予感。
「こっちに来ないで」と心の中で祈ったが、女性は私の隣、キュレネとムートの前で立ち止まった。
「へぇ、お嬢ちゃんたち、なんか神官らしくないわねぇ。若いのにずいぶん強そうじゃない?」
妙に馴れ馴れしい声。
「私ね、そういうの、分かっちゃうんだ」
……鋭い。
「ふふ、強い神官もいるのですよ」
キュレネが微笑みながら応じる。
「あら、強いって部分を否定しないのね? ずいぶん自信があるのかしら。なかなか面白いわね。――そうだ、私たちのクランに入れてあげる」
……随分、上から目線できたな。
「お誘いはありがたいのですが、私たちは別の町へ行く予定ですので、お断りします」
「そんなの、やめちゃいなさい」
……何、この人? ずいぶん勝手なことを言う。
「いえ、そうはいきません」
「そんなこと言わないでよぉ。――分かった、じゃあこうしましょう」
にこやかに言ったかと思うと、急に表情が変わる。
「別の町に行きたかったら、私を倒していきな」
……うわ、今度はケンカを売ってきたよ。
「そこの黒髪のあなた、この状況で余裕じゃない?」
女性が私に視線を向けてくる。
確かにキュレネとムートはすでに臨戦態勢だ。でも、私はただ「面倒だな」と思いながら、ぼうっと眺めていただけだった。
余裕なのは確かだけど、ちょっと油断しすぎたかも。この人、多分クランのお偉いさんだろうし、ここで揉めると厄介になりそう。どうしたもんかな……。
「おい、キャラベル、やめろ」
チケット売り場にいた大男が叫ぶ。
「そいつらにちょっかい出すな」
そう言うと、こちらへ歩いてきた。
「この子たち、本物の神官なの?」
「ああ、そいつら、昨日神殿で治療していた噂の"聖女3人組"らしい。今、もめると後が面倒だ」
……えっ? 聖女? どういうこと?
「あーら、残念。せっかく使えそうな子たちがいると思ったのに。じゃあねー」
キャラベルは肩をすくめ、大男とともに去っていった。
「今の、誰?」
キュレネやムートに問いかけたつもりだったが、近くにいた商人の従者らしき男が答えてくれた。
「知らねーのか? あの大男がクラン『ディスカバリー』のリーダー、ブリガンティン。そして女の方が幹部のキャラベルだ。ブリガンティンはもちろん、5人いる幹部も全員Aランク冒険者だ。下手に関わるなよ」
「なんでクランのリーダーがこんなところに?」
「さあな。ただ、たまに抜き打ちで現場に現れて、クランメンバーの気を引き締めたり、冒険者の逃亡を抑止するためらしい」
なるほど、そういうことか……。
「さっき"噂の聖女3人組"って言ってたよね? どういうこと?」
今度こそキュレネやムートに聞いたつもりだったが、またもや商人の従者が答えた。
「お嬢ちゃんたち、何も知らねーんだな。"黒の聖女"、"赤の聖女"、"白の聖女"って3人組がいてな、立ち寄った村や町で奇跡を起こしてるって話だ」
「……奇跡?」
「ああ。死にかけの人が元気になったり、荒れていた畑が豊作になったり、周囲から魔物が消えたりって話だ。
そして、今はドライステーロ王国の東から西へ旅をしてるらしく、そろそろこの町にも来るんじゃないかって噂になってたんだよ」
……それ、私たちじゃん。
心当たりしかない。魔物が消えたのは、道中で行った魔法の研究や練習のせいだろうな。でも、こんなふうに呼ばれて噂になってるなんて……ちょっと目立ちすぎたかも。
キュレネも同じことを思ったらしく、小声で言った。
「しばらく光神官の仕事は控えましょうか。これ以上目立つと、厄介な人たちが集まってきそうだわ」
彼女の声は、商人の従者には聞こえないくらいの小さなものだった。
そんなやり取りをしているうちに、乗船時間になったらしく──
「乗船時間になりましたので、乗船口までお越しください」
とのアナウンスが流れた。
乗った船は全長30メートルほどの帆船。海は穏やかで、ほとんど揺れもない。乗船時間は2時間程度らしい。
最初は甲板から海を眺めていたが、同じ景色が続くとさすがに飽きてくる。特にすることもなく船内を歩いていると──視界の端に"変装爺さん"が映った。
そうだった、これをキュレネたちに話さなきゃ。
「ねえ、ちょっと聞いてほしいんだけど」
私はキュレネとムートに近づき、声を潜める。
「最初のウィスバーロの町から、私たちが立ち寄った町で、同じ人を何度も見かけてるの。今も、この船に乗ってる。なんか変じゃない?」
「後をつけられてるってこと?」
「うーん……偶然にしてはできすぎてるでしょ?」
「そうね。どんな人?」
「おじいさんなんだけど、いつも変装してて、顔が違うの」
「……ああ、多分それ、メディオ・アルマセン元男爵ね」
「えっ、知ってるの?」
「ええ、うちを支援してくれている貴族家の元当主よ。もう実務からは引退してるけど、旧帝国で諜報活動を専門にしていた家系だから、変装や尾行は得意なの」
「じゃあ、味方ってことでいいの?」
「それが微妙なのよね」
「どういうこと?」
「簡単に言うと、私たちの生活面では支援してくれてる。でも、私の家が貴族に復帰することには反対みたいなの」
「え、どうして?」
「好意的に解釈すれば、彼なりに私たちを守ろうとしている……ってところかしら。旧皇族が貴族復帰となると、それを利用しようとする反王国勢力が現れるし、それを阻止しようとする勢力にも目をつけられる。結果として、今の身分のままの方が生き延びる可能性が高い、って考えてるんだと思うわ」
「なるほど……じゃあ、その"微妙な人"が私たちをつけてくる理由って、何か心当たりある?」
「暇なんじゃないのか?」
ムートが口をはさんだ。
「そうかもしれないわね 。まあ状況によっては助けてくれたり、逆に邪魔してきたりするつもりでついてきてるのかもね。
でもね──私はこのまま終わるつもりはないの。いつか、メディオ・アルマセン元男爵と争うことになるかもしれない。
今のところ実害はないし、放っておいても問題ないんじゃないかしら?」
「ふーん……まあ、邪魔される可能性もあるし、一応気にはかけておくわ」