表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/138

第68話 大迷宮3 ストーカー?

 次の日、ロンタクルーソ王国のリチャンタへ向かうため、港へ向かった。


 リチャンタは、『ディスカバリー』のライバルとされるクラン『天空』の本拠地がある町だ。念のため、神官服を身に着ける。冒険者より神官の方が、クランによる面倒ごとに巻き込まれにくいと判断したからだ。


 港に到着し、船着き場近くの建物で乗船手続きをする。


「リチャンタまで一般客室、3人分」


「身分証をお願いします」


 冒険者ギルドカードは使わずに、神官カードを提示する。


「確認しました。一人3,000サクル、3人で9,000サクルになります」


 代金を支払うと、チケットが手渡された。


「乗船まで30分ほどありますので、待合所でお待ちください」


 待合所はすぐ隣にあり、広い部屋に簡素な椅子が並んでいる。すでに多くの乗客が待っており、商人とその従者らしき姿も見えた。飲食している人が多いと思ったら、近くに売店がある。


「ちょっとあれ買ってくる」


 ムートが肉の串焼き屋を指さし、足早に向かった。


「私も飲み物買ってくる」


 キュレネもそう言って席を立った。



 私はその場に残り、待つことにした。


 ふと、チケットを買っている人の後ろ姿が目に入り、最初の町ウィスバーロの外で魔法の練習をしていたとき、アドバイスをくれたおじさんを思い出す。もしかして、あの時の人?


 チケットを買い終え、こちらに振り向いた顔を見て――あれ? 全然違う。


 別人かと思ったが、頭の中の声が告げる。――同一人物だと。


 本当の顔を解析すると、まったく見覚えがなかった。どうやら、最初に会ったときも別の顔に変装していたらしい。あの時はまだブレインエクスパンションシステムがなかったから、気づけなかったのだ。


 ……何なの、あの人?


 瞬間、記憶がつながる。クヴァーロン王都セロプスコ、バンパセーロ王国ポルシーオ領フィソイルコ――そこでも、違う顔で視界に映っていたことを、システムが知らせてきた。私が見たり体験したことはすべて記録されているので、無意識に見ているものでも後から引き出せるのだ。でも、庶民感覚が抜けない私には、この過剰な能力がちょっと怖くもある。


 ……いや、それより問題はあのおじさんだ。


 おじさんだと思っていたが、解析した素顔の年齢を見ると、おじいさんと呼ぶべきだろう。とりあえず、"変装爺さん"と名付けておこう。


 それにしても、あの変装爺さん、私たちをつけてきているの? 何のために?


 キュレネたちに何か心当たりがあるか、戻ってきたら確認しよう。



 しばらくして、キュレネとムートが戻ってきた。変装爺さんのことを話そうとしたが、場の空気が一変する。


 ふと視線を向けると――


 大剣を背負った金髪の角刈り、大柄で筋肉質の男が歩いてくる。その斜め後ろには、オレンジ髪のローブ姿の魔法使い風の女性。


 周囲の人々は動きを止め、声すら発さず、緊張した面持ちで2人を直視しないようにしていた。


 大男がチケット売り場で話し始めた途端、魔法使い風の女性がきょろきょろと辺りを見回し、こちらに向かってくる。


 ……嫌な予感。


「こっちに来ないで」と心の中で祈ったが、女性は私の隣、キュレネとムートの前で立ち止まった。


「へぇ、お嬢ちゃんたち、なんか神官らしくないわねぇ。若いのにずいぶん強そうじゃない?」


 妙に馴れ馴れしい声。


「私ね、そういうの、分かっちゃうんだ」


 ……鋭い。


「ふふ、強い神官もいるのですよ」


 キュレネが微笑みながら応じる。


「あら、強いって部分を否定しないのね? ずいぶん自信があるのかしら。なかなか面白いわね。――そうだ、私たちのクランに入れてあげる」


 ……随分、上から目線できたな。


「お誘いはありがたいのですが、私たちは別の町へ行く予定ですので、お断りします」


「そんなの、やめちゃいなさい」


 ……何、この人? ずいぶん勝手なことを言う。


「いえ、そうはいきません」


「そんなこと言わないでよぉ。――分かった、じゃあこうしましょう」


 にこやかに言ったかと思うと、急に表情が変わる。


「別の町に行きたかったら、私を倒していきな」


 ……うわ、今度はケンカを売ってきたよ。


「そこの黒髪のあなた、この状況で余裕じゃない?」


 女性が私に視線を向けてくる。


 確かにキュレネとムートはすでに臨戦態勢だ。でも、私はただ「面倒だな」と思いながら、ぼうっと眺めていただけだった。


 余裕なのは確かだけど、ちょっと油断しすぎたかも。この人、多分クランのお偉いさんだろうし、ここで揉めると厄介になりそう。どうしたもんかな……。


「おい、キャラベル、やめろ」


 チケット売り場にいた大男が叫ぶ。


「そいつらにちょっかい出すな」


 そう言うと、こちらへ歩いてきた。



「この子たち、本物の神官なの?」


「ああ、そいつら、昨日神殿で治療していた噂の"聖女3人組"らしい。今、もめると後が面倒だ」


 ……えっ? 聖女? どういうこと?


「あーら、残念。せっかく使えそうな子たちがいると思ったのに。じゃあねー」


 キャラベルは肩をすくめ、大男とともに去っていった。



 「今の、誰?」


 キュレネやムートに問いかけたつもりだったが、近くにいた商人の従者らしき男が答えてくれた。


「知らねーのか? あの大男がクラン『ディスカバリー』のリーダー、ブリガンティン。そして女の方が幹部のキャラベルだ。ブリガンティンはもちろん、5人いる幹部も全員Aランク冒険者だ。下手に関わるなよ」


「なんでクランのリーダーがこんなところに?」


「さあな。ただ、たまに抜き打ちで現場に現れて、クランメンバーの気を引き締めたり、冒険者の逃亡を抑止するためらしい」


 なるほど、そういうことか……。


「さっき"噂の聖女3人組"って言ってたよね? どういうこと?」


 今度こそキュレネやムートに聞いたつもりだったが、またもや商人の従者が答えた。


「お嬢ちゃんたち、何も知らねーんだな。"黒の聖女"、"赤の聖女"、"白の聖女"って3人組がいてな、立ち寄った村や町で奇跡を起こしてるって話だ」


「……奇跡?」


「ああ。死にかけの人が元気になったり、荒れていた畑が豊作になったり、周囲から魔物が消えたりって話だ。

 そして、今はドライステーロ王国の東から西へ旅をしてるらしく、そろそろこの町にも来るんじゃないかって噂になってたんだよ」


 ……それ、私たちじゃん。


 心当たりしかない。魔物が消えたのは、道中で行った魔法の研究や練習のせいだろうな。でも、こんなふうに呼ばれて噂になってるなんて……ちょっと目立ちすぎたかも。


 キュレネも同じことを思ったらしく、小声で言った。

「しばらく光神官の仕事は控えましょうか。これ以上目立つと、厄介な人たちが集まってきそうだわ」


 彼女の声は、商人の従者には聞こえないくらいの小さなものだった。



 そんなやり取りをしているうちに、乗船時間になったらしく──


「乗船時間になりましたので、乗船口までお越しください」


 とのアナウンスが流れた。


 乗った船は全長30メートルほどの帆船。海は穏やかで、ほとんど揺れもない。乗船時間は2時間程度らしい。


 最初は甲板から海を眺めていたが、同じ景色が続くとさすがに飽きてくる。特にすることもなく船内を歩いていると──視界の端に"変装爺さん"が映った。


 そうだった、これをキュレネたちに話さなきゃ。


「ねえ、ちょっと聞いてほしいんだけど」


 私はキュレネとムートに近づき、声を潜める。


「最初のウィスバーロの町から、私たちが立ち寄った町で、同じ人を何度も見かけてるの。今も、この船に乗ってる。なんか変じゃない?」


「後をつけられてるってこと?」


「うーん……偶然にしてはできすぎてるでしょ?」


「そうね。どんな人?」


「おじいさんなんだけど、いつも変装してて、顔が違うの」


「……ああ、多分それ、メディオ・アルマセン元男爵ね」


「えっ、知ってるの?」


「ええ、うちを支援してくれている貴族家の元当主よ。もう実務からは引退してるけど、旧帝国で諜報活動を専門にしていた家系だから、変装や尾行は得意なの」


「じゃあ、味方ってことでいいの?」


「それが微妙なのよね」


「どういうこと?」


「簡単に言うと、私たちの生活面では支援してくれてる。でも、私の家が貴族に復帰することには反対みたいなの」


「え、どうして?」


「好意的に解釈すれば、彼なりに私たちを守ろうとしている……ってところかしら。旧皇族が貴族復帰となると、それを利用しようとする反王国勢力が現れるし、それを阻止しようとする勢力にも目をつけられる。結果として、今の身分のままの方が生き延びる可能性が高い、って考えてるんだと思うわ」


「なるほど……じゃあ、その"微妙な人"が私たちをつけてくる理由って、何か心当たりある?」


「暇なんじゃないのか?」

 ムートが口をはさんだ。


「そうかもしれないわね 。まあ状況によっては助けてくれたり、逆に邪魔してきたりするつもりでついてきてるのかもね。


 でもね──私はこのまま終わるつもりはないの。いつか、メディオ・アルマセン元男爵と争うことになるかもしれない。


 今のところ実害はないし、放っておいても問題ないんじゃないかしら?」


「ふーん……まあ、邪魔される可能性もあるし、一応気にはかけておくわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ