第67話 大迷宮2 クラン・ディスカバリー
冒険者ギルドを出て道具屋へ向かう。さっきの話では、サブダンジョンならクランに所属すれば下層のマップが手に入るらしい。
となると、道具屋に行けば中古のマップが売られているのではないか? そう考えたのが理由だ。
店に入ると、店主らしき男がこちらを見て声をかけてきた。
「いらっしゃい。見ない顔だな、新人か?」
「いえ、別の国から来た冒険者です。ダンジョンマップはありますか?」
すると、店主は苦笑しながら首を振った。
「そんなもん、ここじゃ扱えねぇよ」
……???
「どういうことですか?」
「おっと、すまんすまん。あんたら、よそから来たんだったな。知らなくて当然か。ダンジョンマップは、クラン・ディスカバリーが独占していてな。一般の店じゃ取り扱えないんだよ。それに、マップの所有者も、クランの外部に譲ることは禁止されてる。だから、市場には出回らない」
「そのルール……皆が守ってるんですか?」
「昔、それを破ったやつがいてな。クランから制裁を受けたんだ。売った方だけじゃなく、買った方もな。どうやら相当ひどい目に遭ったらしい」
なるほど。クランに入らなければマップは手に入らないってことか。これは面倒だな。何か別の方法で手に入れられないだろうか……。
そのとき、頭の中に声が響いた。
「情報システム及び破損データの修復一部完了。アトマイダンジョンのマップデータ、使用可能です」
「えっ?」
思わず声を漏らしてしまった。
ソノリオダンジョンの情報システムが復旧し、さらに内部のデータも修復されたらしい。その結果、アトマイダンジョンのマップが使えるようになった、ということか。
そういえば、これまでも何かそれっぽいことを考えたときに、頭の中に情報が流れ込んでくることがあった。でも、どこか不自然というか、違和感がある。慣れればもっと自然に使えるようになるのだろうか?
まぁ、考えても仕方がない。とりあえず、ギルドでもらったマップと照合してみよう。
ギルドのマップは大雑把なもので、縮尺や角度にズレがある。それでも、今入手したマップと比べると、基本的な構造は一致しているようだった。
というか、どう見ても私が入手したマップのほうが正確なのだろう。
さて、マップは手に入ったものの、どう扱うかが問題だ。出所を明かすわけにはいかないし、「私、ここ来たことあるよ」なんて言ってしれっと道案内するのも怪しすぎる……。
そんなことを考えていたが、隣にいたキュレネは気にする様子もなく、会話を続けていた。
「クランが直接、制裁するんですか?」
「ああ。昔はそこまでじゃなかったが、リーダーがブリガンティンに代わってから、随分と横暴になった」
「そのあたり、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「……悪いが、それ以上は勘弁してくれ」
それ以上話すと、自分の身に危険が及ぶということか。冒険者ギルドで「ディスカバリーの不興を買うな」と言われた理由が、少しわかった気がする。
クランの情報は欲しいが、今の店主の反応を見る限り、一般人に話を聞くのは迷惑になりそうだ。かといって、関係者に聞けば、良いことしか言わずに勧誘されるのがオチだろう。
どうするか……。
少し考えた末、精霊教会へ行って情報を集めることにした。
精霊教会へ向かうと、他の町の教会よりも警備兵が多く、物々しい雰囲気が漂っていた。なんとなく周囲から警戒されているような視線を感じる。
しかし、いつものように光神官として挨拶をすると、途端に空気が和らいだ。
……冒険者を警戒している?
光神官の担当者に挨拶をしたいと申し出ると、奥の建物にある応接室へ通された。
しばらく待っていると、ドアがノックされ、年配のやせ型の紫神官が入ってきた。
「私がここの光神官統括代理、ガスパルと申します。えーと、この中で光神官の方はどなたですかな?」
「3人です」
そう答えて神官(光限定)カードを提示し、挨拶をする。
「3人も来てくださるとは助かります。最近、けが人が多くて手が回らなくて困っていたのです」
「けが人が多いのは、どうしてですか?」
「うーん……ちょっと、冒険者の方々が頑張りすぎるというか、なんというか……」
微妙な言い回しだな。
「この町の冒険者やクランの状況について知りたいのですが、よろしければ教えていただけませんか?」
「そうですか。私も冒険者の事情には詳しくありませんが……この町のトップクラン『ディスカバリー』はご存じですか?」
「はい、名前は聞いています」
「そうですか。では、少し過去の話をしましょう。去年だったか一昨年だったか、クランのリーダーだったガレオンがドラゴンに殺されましてね。
その後、後継者を巡って争いが起きました。そのせいでクランの勢いが弱まり、隣国ロンタクルーソ王国のトップクラン『天空』に抜かれるのではないかという声が上がるようになったのです。
そんな中、立て直しを掲げ、リーダーの座を掌握したのが現在のクランリーダー、ブリガンティンという男です。
彼は猪突猛進型とでも言いましょうか……決めたことを実行する力はすごいのですが、それが裏目に出ることが多く、最近ではトラブルが頻発しています。
彼の掲げた目標は、ガレオンの仇であるドラゴンの討伐です。しかし、相手はSランクのドラゴン。討伐には大人数の戦力が必要な上、それに見合う武器も不可欠です。通常の武器では役に立たないため、アーティファクトを購入したり、巨大バリスタなどの対ドラゴン用兵器を作らせたりしているようですが、当然、それには莫大な資金がかかります。
そこで彼は、クラン費と呼ばれる会費を大幅に引き上げたのです。同時に、クラン脱退者には罰金や制裁を科すようになりました。
その方針に異を唱えた冒険者たちは見せしめとして制裁を受け、力で抑え込まれることに……。
クランを辞めることもできず、高額な会費を取られる冒険者たちは、無茶なダンジョン攻略を強いられるようになりました。その反動か、冒険者と町の商人や職人たちの間でトラブルが急増したのです。
それにもかかわらず、クラン幹部たちは『特別に多額のクラン費を納めた者を優遇する』という方針を打ち出しました。その結果、クランメンバー同士の争いが激化し、さらには詐欺や強盗といった犯罪も急増。町全体の治安が急速に悪化してしまったのです。
クラン費の出所についても、幹部たちはまったく問いません。ただ、多く納めれば納めるほど優遇される。その結果、金策のために犯罪に手を染める冒険者も大勢いるのではないか、と私は考えています。
こうした事態を受け、多くの住民から助けを求められ、精霊教会や被害の多い商人ギルド、職人ギルドが連携して、冒険者ギルドとクランに正式なクレームを入れました。
冒険者ギルドは『冒険者の犯罪が明確であれば処分するが、ギルドのルールに反しない限りクランの方針には口出しできない』と回答。
一方、クラン側は驚くべき提案をしてきたのです。
……なんと、『クランメンバーで町を守ってやるから護衛料を払え』と。
もともとトラブルの原因を作ったのは彼らです。それなのに『強盗はやめてやるから金を払え』と言っているようなもの……。
精霊教会は、この申し出を断りました。しかし念のため、本部に相談し、精霊教会所属の護衛を増員することにしました。
一方、商人ギルドや職人ギルドはクランの要求を受け入れ、護衛料を払うことを決定。その結果、町の治安は回復したものの、クランだけが得をし、より強い影響力を持つことになってしまいました。
これが、この町のクランや冒険者の現状です」
「……ありがとうございました」
礼を述べると、私たち3人は互いに顔を見合わせ、小声で相談する。
——この町を、ダンジョン攻略の拠点にはしないほうがいい。
「私たち、本日はここで光神官の業務をさせていただきますが、明日には別の町へ移動します」
「ああ、それがいい。今のクランに目を付けられると厄介ですからね。どこの町へ向かうつもりですか?」
「ロンタクルーソ王国のリチャンタへ行こうと思います」
「なるほど。となると、港から船で向かうのですね。気をつけてください。港にはクランの連中がいて、よそから来た冒険者の囲い込みや逃亡防止のために監視しています」
警戒を強めたほうがよさそうだな……。
とりあえず今日は光神官として、けが人や病人の治療に専念する。これまでの経験もあって、慣れた作業だった。特に問題もなく、光神官としての業務を終え、一日を終えた。