第66話 大迷宮1 ドライステーロ王国ロンデーゴの町
私たちは、世界最大の大迷宮『アトマイダンジョン』へ向かう道中、いくつもの精霊教会に立ち寄りながら、光神官としての仕事をこなしつつ移動を続けた。
その合間の時間を使い、キュレネだけでなくムートも、フォーリアさんからもらった『魔法理論の極意』を熱心に学び、実践を重ねながら自分のものにしていった。さすがにこの短期間で新しい魔法を開発するには至らなかったが、既存の魔法のうち旧理論で構築されている部分を新しい理論に更新することで、全体的に2~3割ほど魔法の威力や効率が向上したようだ。特に課題としていたエクストラヒールの安定性も、大きく改善されたらしい。
正直、ここまで二人が熱心に取り組むとは思っていなかった。思えば、これまでこの二人より強い人物に出会った記憶がない。生まれ持った才能もあるのだろうが、それ以上に、これまでも今回のように相当な努力を重ねてきたのだろう。
私自身も二人の姿勢に刺激を受け、微細な魔法のコントロールを重点的に練習し、ついにマスターすることができた。意識的に発動させる魔法はもちろん、身体強化やエンチャントのような自動発動している魔法も、細かく自然に出力を調整できるようになった。これで、人前で無意識に魔力を出しすぎることもなくなるだろう。
そんなこんなで約三か月をかけ、私たちはドライステーロ王国の東端から移動し、西端にあるロンデーゴの町へと到着した。ここは、世界最大のダンジョンであるアトマイダンジョン攻略の拠点の一つである。
実は、このダンジョン攻略の拠点は他にも二つ存在する。
海を越えて西にある、ロンタクルーソ王国リチャンタの町。
海を越えて南にある、オキサーリス王国シティシペの町。
アトマイダンジョンは海の下に広がっており、その入り口が三つの国にまたがるという、まさに広大なダンジョンなのだ。
その広大さゆえに攻略は困難を極め、複数の冒険者パーティを束ねた「クラン」と呼ばれる組織が活動しているのも、このダンジョンの特徴である。
中でも、ここロンデーゴに本拠を置く『ディスカバリー』と、リチャンタに本拠を構える『天空』の二大クランが、アトマイダンジョン攻略のトップを争うライバル関係にある。ただし、一般的な見解では『ディスカバリー』のほうが優勢だとされている。
一方、オキサーリス王国のシティシペにある拠点は、ダンジョンの入り口が発見されたのが比較的最近であるため、クランの規模もまだ小さいようだ。
私たちは、この三つの拠点をすべて巡り、どこを自分たちの拠点とするかを決めるつもりだ。
まずは、クラン『ディスカバリー』と、アトマイダンジョンそのものの様子を確認するため、しばらくロンデーゴの町に滞在する予定である。
町に到着し、私たちはまず冒険者ギルドへと向かった。
ロンデーゴの町の住宅は質素なものが多く、決してきれいな町ではない。だが、人も店も多く、活気にあふれている。
冒険者ギルドは町の中心部にあり、周囲の建物の中でひときわ大きく立派だった。これまで訪れたどの冒険者ギルドよりも規模が大きい。
ギルドの中へ入ると、すぐに気づく。――なんだか、ガラの悪い人が多い。
こういう人たちを見ると、昔の感覚が残っているせいか、つい怖いと感じてしまう。今の私のほうが圧倒的に強いのだけれど、それでも苦手なものは苦手なのだ。
いつもなら、キュレネとムートの強力な「話しかけるなオーラ」に怖気づき、誰も近寄ってこないのだが……。
どうやら、ここの冒険者ギルドでは、そうもいかないらしい。
「お嬢ちゃんたち、新人か? 俺たちのパーティで面倒見てやるよ」
――なんか、妙に強引なんだけど。どういうこと?
「結構です」
キュレネの特殊スキル『女帝のにらみ』が有効だったらしく、それ以上は踏み込んでこなかった。だが、今度は別のグループがやってきて勧誘を始める。
結局、受付へ行くまでに三つのグループに声をかけられた。
……ここの人たち、異常なほど新人勧誘に力を入れていない?
ようやく受付に到着すると、ギルド職員が声をかけてくる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「私たちは他の国から来たのですが、アトマイダンジョン攻略の情報を聞きたいのですが?」
「はい、1万サクルで基本的な情報提供を行っております。それでよろしいですか?」
「はい」
「では、ギルドカードの提示とお支払いをお願いします」
ギルドカードを提示し、お金を支払うと、初老の男性が現れ、ミーティングルームへ案内された。
ミーティングルームは、仕切りだけ設けられた簡素な造りで、中には木のテーブルと椅子があるだけの質素な空間だった。
私たち三人が座ると、初老の男性が自己紹介をする。
「俺はアグヘロ。今は引退しているが、元Bランク冒険者だ。アトマイダンジョンは初めてか?」
「はい」
「まずはダンジョンの概要からだ。アトマイダンジョンは、メインダンジョンと3つのサブダンジョンで構成されている。メインダンジョンは海底よりさらに深く、直径100kmほどの円柱状で、現在確認されているのは地下9階層までだ。ただし、階層が下がるほど魔物も強力になり、地下7階層以降は未踏のエリアが多い。過去には10階層まで到達したという報告もあるが、公式には確認されていない。
メインダンジョンと地上をつなぐのがサブダンジョンで、海を挟んで3つ存在する。ここドライステーロ王国ロンデーゴのほか、ロンタクルーソ王国リチャンタ、オキサーリス王国シティシペにもサブダンジョンがある。ただ、シティシペのダンジョンが発見されたのは10年前であり、今後も新たに見つかる可能性はある。
サブダンジョンはそれぞれ、地上の入り口とメインダンジョンへの接続点が1つずつ。つまり、メインダンジョンへ行くには、この3つのサブダンジョンのいずれかを経由する必要がある。ここロンデーゴのサブダンジョンは直径約10kmで、地下5階層まで。
初心者のお前たちは、まずサブダンジョンでの活動が中心になるだろう。サブダンジョンにはEランクやDランクの魔物が多いが、Cランクの魔物もそれなりに出現すから油断するな。
今回の情報料には、ここのサブダンジョンの地下1階・2階のマップが含まれている。これを渡しておこう」
そう言って、アグヘロさんはマップを広げた。そこには、地下1階から2階への最短ルート、さらに地下2階から3階への入り口までの道順、おすすめの狩場、注意すべきポイントなどが細かく記されている。
かなり丁寧な説明だったが、地下1階と2階だけというのが中途半端な気がする。そう思っていると、アグヘロさんがこちらの反応を察したのか、先に続けた。
「それより深い階層のマップは、冒険者ギルドでは扱っていない。ただ、クランに所属すれば、地下5階層までの情報が記載されたクラン製のマップが手に入るはずだ。メインダンジョンのマップも、以前クランが大規模な調査隊を派遣して作成したが、完成したマップはクラン上層部の管理下にある。許可された者しか閲覧できないらしい。攻略の要になる情報だから、ライバルクランに流出しないよう厳重に管理しているんだろうな。
メインダンジョンではCランクの魔物が中心だが、Bランクも少なくない。下層ではAランクの魔物も出現するが、その数は少ない。そして、Sランクのドラゴンの存在も確認されている。
もしAランクやSランクの魔物に遭遇したら、第一に逃げることを考えろ。……いや、正確には『高ランク魔物の情報を持ち帰ること』を最優先にしろ。
その情報をもとに、クランが討伐隊を編成することになる」
「クランについても教えていただけますか?」
「クランか。本来、クランは冒険者ギルドとは直接関係のない組織だ。とはいえ、ここでは切っても切れない関係にあるな」
ん? なんか含みのある言い方だな。
「このダンジョンはとにかく規模が大きい。下層の攻略には長期間かかるため、単独のパーティでの対応はほぼ無理と言っていい。そこで、交代要員やサポート部隊を組織的に動かし、長期的な攻略を可能にするのがクランの役割だ。
たとえば、この町最大のクラン『ディスカバリー』は、単なる攻略チームではなく、ダンジョン内での休憩所の設置や食料供給、負傷者の治療などのサポート体制も整えている。
ただし、クランに所属していないと、そういったサービスに高額な料金を請求されたり、場合によっては相手にすらされなかったりする」
「それなら、クランに入ったほうがよさそうですね。何かデメリットはありますか?」
「ああ。この町のクランは、ほとんどが『ディスカバリー』の下部組織と考えていい。そして、その下部組織にも階層がある。
下位のグループは、ほぼサポート業務が中心で、クランメンバーの勧誘も仕事の一環になっている。
それに、『クラン費』と呼ばれる上納金を支払う必要があるため、下位の者たちはかなり苦しい状況だ。新人は基本的にその下部組織の最下層からスタートする。覚悟しておけ」
なるほど。クランの勧誘がやたら多いのは、そういう事情があるからか。
「それって、冒険者ギルドとして何とかできないんですか?」
「やりすぎれば注意くらいはする。でもな、商人や職人だって最初は見習いから始めるだろ? その見習い期間の給料なんて、たかが知れている。それと同じことだ。強いやつの下で学ぶ期間と考えれば、まあ普通のことだろう。
それに、『ディスカバリー』は実力主義だ。成果を上げれば、下位からでも上に上がれる。そのため、人が集まるんだ」
アグヘロさんは腕組みしながら続ける。
「そろそろ時間だな。最後にひとつ、重要な注意点だ。この町とダンジョンでは、クラン『ディスカバリー』の影響力が非常に大きい。やつらの機嫌を損ねるような行動は慎め」
「はい、わかりました。ありがとうございます」