第6話 指名依頼とこれまでのこと
ソフィアさんと一緒に入ってきた男性が口を開いた。
「指名依頼担当のエステバンです。よろしくお願いします」
軽く挨拶をした後、彼は続けた。
「皆さん、光属性が使えるとのことで、回復魔法のヒール系が使えるのではないかと思い、伺いました」
「精霊教会からの依頼で、施療院の臨時治療士を募集しています」
「施療院?」
「施療院は、貧しい人々に無料で治療を施す精霊教会付属の施設です。ご存じの通り、五年前の流行り病で多くの光魔法士が治療にあたり、命を落としました。その影響で、現在光魔法士が不足しています。この町の精霊教会でも、一人しかいなかった光魔法士が引退したため、新しい光魔法士が来るまでの間、冒険者ギルドから派遣してほしいという依頼が来ているのです」
「……で、報酬は?」
「一人につき一万サクルと、百ギルドポイントです。本来、慈善活動的な意味合いが強い依頼なので、金額はそれほど多くありませんが、その分ポイントを優遇しています。また、当日の昼食は無料で提供されます」
「百ギルドポイントね……ゴブリンなら五十匹、オーガなら十匹分相当。かなりの優良案件みたいだし、引き受けることにします」
「それで、皆さんヒールの魔法は使えますか?」
私は小声でキュレネに伝える。
「……私、使えない」
それを聞いてキュレネが返答した。
「ヒールが使えるのは二人ですが、できればパーティとして依頼を受けたいのですが」
「ヒールが使えない方は、通常の奉仕活動扱いでよろしければ同行可能です。給金は出ませんが、食事と二ギルドポイントを提供します」
もともとこの世界の常識もよく知らないし、いろいろ経験しておくのもいいかも。
「はい、それで構いません」
「急な話で申し訳ありませんが、三日後の朝、直接施療院へ向かってください」
もう実施間近だったんだ……。どうりで急いで私たちに依頼してきたわけだ。
「では、この受注票にパーティ名と代表者のサインをお願いします」
サインをしたちょうどその時、夕刻を知らせる教会の鐘が鳴り響いた。
「なんだか、冒険者としてのスタートを祝福してくれているみたいね」
そう言いながら、キュレネが席を立つ。私たちはギルドを後にし、宿へと向かった。
宿に到着すると、まず部屋を確保し、荷物を置いた。その後、宿の食堂で食事をとる。
食後、部屋に戻り、ようやく休める。と思い安堵する。でもその前に──
「お風呂とかシャワーって、ないのかな?」
「今日は無理だな」
「じゃあ、洗浄魔法を使ってから寝ましょう」
そう言うと、キュレネは手の前に直径50センチほどの水の球を作り出した。
「今からあなたを洗うから、息を止めて、目を閉じて」
言われるがままに従うと、水球がゆっくりと頭から足先へと移動し始める。
──え、服を着たまま!?
でも……あったかい。水じゃなくてお湯なんだ。気持ちいい……。
水球が足先まで通過すると、それを窓の外へ捨てた。
「えっ、ちょっと、外も確認しないでいきなり!?」
思わずツッコミを入れるが、キュレネは気にする様子もない。
──ん? あれ? 髪も服も濡れてない……?
「ねえ、服ごと水球で洗われたのに、なんで濡れてないの?」
「魔法で水を制御しているからよ。移動させた水は、すべて水球と一緒に移動するの。だから、服にも髪にも残らないのよ」
「すごい……便利すぎる……魔法、恐るべし……」
ムートとキュレネも同じように洗浄を済ませると──
「疲れているし、もう寝ましょう。明日は一日休みにするから」
ベッドに横たわりながら、これまでの出来事を振り返る。
──この状況って、一体何なんだろう。
突然、異世界の森に放り出されて、訳も分からないまま冒険者になっちゃったけど……。
……そういえば、異世界に来た時点で、すでに「冒険」してるようなものよね。
そもそも、ギルドに所属しなくても冒険者みたいなものか。
──って、何考えてるの、私。
このまま本当に冒険者になって、この世界で生きていくつもり? そんなの、ありえない。
私がやるべきことは、元の世界に戻る方法を探すこと。
突然いなくなったら、両親だって心配するに決まってる。でも……どうやって戻ればいいの?
何か手がかりは……。
──私を呼んだ、あの人。
でも、どこの誰かもわからない。
──それから、あの神殿みたいな場所。
あそこに何かヒントがあるのかもしれない。
──あとは、転移の魔法について調べること。
もしかしたら、それが帰還の鍵になるかも……?
……それくらいしか、思いつかないけど。
どうやって手がかりを探せばいいんだろう……。
思考を巡らせているうちに、少し気持ちが落ち着いてきた。
安心したせいか、強烈な眠気が押し寄せ、そのまま眠りに落ちた──。
次の日、町を散策することになった。その前に冒険者ギルドで換金をする。昨日遅くなったので今日換金することにしたのだ。
魔物の換金表を見ると
Aランク 一千万サクル
Bランク 百万サクル
Cランク 一万サクル
Dランク 五千サクル
Eランク 二千サクル
Fランク 千サクル
ギルドポイントはその1/1000
となっていた。
「ずいぶん、BランクとCランクの差があるのね」
「Cランクの魔物は、普通の冒険者でも倒せるが、Bランクともなるとそうはいかないからな」
そう言いながら、ムートはこれまでに獲得した魔石を受付に提出した。思ったよりもたくさんある。
私と会う前にも、かなりの数の魔物を倒していたみたいだ。
「では、本人確認を行います。順番にギルドカードを置き、ここに魔力を流してください」
受付の人が示した場所には、カードを置くための小さな台と、その隣に丸みを帯びた膨らみがあった。
私たちは順番にギルドカードを置き、その膨らみにそっと手を触れ、魔力を流す。
カードに記録されている魔力パターンと照合され、無事に本人確認は完了した。
魔物討伐の報酬は
Dランクの魔物
ホブゴブリン2匹
エルダーコボルド1匹
オーク3匹
牙狼4匹
合計10匹で5万サクル
Eランクの魔物
ゴブリン12匹
コボルド6匹
合計18匹で3万6千サクル。
Fランクの魔物
たてがみネズミ2匹
2千サクル
全部の合計8万8千サクル
ギルドに登録されている魔物なら、魔石を鑑定器で調べるだけで、どの魔物を討伐したのかが分かる仕組みになっていた。これはちょっと驚きだ。
それにしても――お金の価値がまだよく分からないけど、服を交換したときと比べると、今回の報酬はずいぶん少ない気がする。そして、ギルドポイントは報酬額の1/1000。今回は88ポイント。
確か、Cランクに上がるには1人1000ポイント、3人で合計3000ポイントが必要って言ってたよね。つまり、今の進捗は88/3000かぁ……。順調なような気もするけど、先は長いなぁ。
その後、町に出て適当に店をのぞいたり、食べ物を買ったりして過ごした。食べ物の値段を見る限り、どうやら1サクル ≒ 1円くらいの感覚で考えてよさそう。でも、服はかなり高かった気がする。生活はできそうだけど、あまり余裕はなさそうね。