第59話 貴族令嬢の護衛12 牧場制圧
ポルシーオ伯爵が派遣した調査隊10人は、5日後に到着した。
隊長のオディンさんはフォーリアさんの剣の師匠でもあり、彼と副隊長のドヴァーさんはBランクの魔狼を単独で狩れるほどの実力者。冒険者でいえばAランク相当らしい。残りの8人もBランク相当とのことで、フォーリアさん達と同程度の実力を持っている。
かなりの戦力を送ってくれたようだ。というか、それくらいの実力がなければポルシーオ伯爵に雇ってもらえないのかもしれない。これなら、魔狼数匹と戦っても問題はないだろう。
……ただし。
ユゥバムースの消費量から推測すると、魔狼は数十匹規模で飼育されている可能性が高い。まともに戦うのは危険だ。理想は、飼育場所から魔狼を出さずに、牧場を制圧すること。
調査隊にはこれまでの経緯を説明し、フォーリアさんの指揮下で動いてもらうことで話がついた。
また、屋敷の警備担当2名と、牧場の監視役3名を加え、総勢21人で牧場に乗り込むことが決まった。
ただし、調査隊が到着した翌日に即出発とはいかないため、準備期間を設け、2日後に決行することになった。
キュレネが「すぐに踏み込むべき」と言ってから日数が経ってしまったこともあり、その日の夜、彼女から相談された。
「日にちが経ってしまって、牧場側もそれなりに対策を進めているはず。最悪、魔狼と真正面からぶつかることになるかもしれない。私とムートで10匹以内ならなんとかなると思うんだけど……ティアはどう?」
……ああ。前にギルドで「3匹までなら平気」って言ってたけど、かなり余裕を見ての発言だったんだな。
「まあ、数十匹でも大丈夫だと思う。いざとなったら私が何とかするよ」
「ありがとう。でも、なんか前より自信たっぷりに見えるけど……何かあった?」
まあ、今はいつでも神様的な力を使える。負けることはないからね。
ただ、どれくらい手加減すればいいかは、正直よくわからない不安があるけど……。
「そう? まあ、魔物と戦うのにもだいぶ慣れたからね」
◇ ◇ ◇ ◇
いよいよ牧場制圧に向けて動き出す。
牧場の手前、牧場側からは見えない地点で、先に偵察していた3人と合流した。彼らによると、牧場の様子はいつもと変わらないとのこと。どうやら、こちらの計画が気づかれていることはなさそうだ。
相変わらず入り口には門番もいない。そのまま扉に近づき、鍵を壊して侵入する。見張り役として2人を入り口に残し、私たちは建物の中へ。まずは牧場主の執務室を目指す。
中にいたのは、牧場主アチピテルただ一人。彼は奥の執務机に向かい、仕事をしていた。突然の侵入に驚く彼をよそに、オディン隊長は応接セットを軽々と飛び越え、一瞬で拘束してしまう。
そこへフォーリアさんが言い放った。
「ポルシーオ家への反乱および町民誘拐の疑いにより、この牧場の強制査察を行います」
その後、外で働いていた者たちを建物内へ連れてくるとともに、各部屋、倉庫、厨房などをくまなく調べ、従業員を食堂に集めた。
なお、以前「牧場の護衛」と称していた武装した者たちは、最初こそ抵抗したものの、勝ち目がないと悟るや否や、あっさりと降伏したらしい。
集めた従業員たちをロープで拘束し、軽い麻痺の魔法をかける。これで自由に動くことも、魔法を使うこともできず、完全に無力化できた。
……こうしてみると、まるで自分たちが悪党のようにも思えるが、この世界の権力者のやり方とは、こういうものなのだろう。
人数を数えると、牧場主を含めて30人。前回、「牧場には31人いる」と聞いていたため、それが正しいなら1人足りないことになる。しかし、本当にあと1人だけなのかは分からない。
少なくとも、前回案内をしてくれた「ウテル」というちょい悪おやじがいないことには、皆すでに気づいている。
一応、前回訪問時に見かけた顔を記憶と照らし合わせて確認したが、ウテル以外は全員この場にいるようだった。
フォーリアさんは調査隊の数名に、まだ残っている者がいないか捜索を指示した後、従業員たちに向かって言った。
「この牧場は、ポルシーオ家への反乱および町民誘拐の疑いがあり、このままでは従業員の皆さんにも重い罰が下されることになります。ですが、我々に協力すれば、その罰を軽減することも可能です。これからいくつか質問をしますので、協力できる方は答えてください」
「まず、最近、多くの人がこの牧場を訪れたと思いますが、その人たちは今どこにいますか?」
意外にも、多くの者が口を開いた。
答えは大きく分けて二つだった。
「すでに町へ帰った」
「牧場で働く技能を身につけるため、別の場所にある訓練センターへ行った」
「つまり、今この牧場にはいないということですね……」
この様子では、どうやら従業員たちは何も知らされていないようだ。
「では、この牧場に狼系の魔物はいますか?」
「いいえ、狼はいません」
「そういう気配を感じたことは?」
「時々、遠吠えは聞こえます。でも、小さい声なので、牧場からかなり遠くにいるんだと思います」
「いや、でもその遠吠え、下から聞こえる気がしないか?」
その言葉に、数人が頷いた。
「分かりました。後で地下を調べましょう」
「さて、朝、ユゥバムースを倉庫へ運んでいた方はいますか?」
「はい」
「倉庫に運んだ後、どうするのですか?」
「倉庫の中に、地下へつながる穴があって、そこからユゥバムースを下に落とします。穴といっても真下ではなく、傾斜がついていて、滑り落ちるような感じです」
「その先には何が?」
「肉の加工場だと聞いています」
「本当に?」
「……そう言われると、実際には見たことがないので、確かめたわけではありませんが……」
フォーリアさんは周囲を見渡し、改めて尋ねた。
「地下に加工場があると言われていますが、実際に見たことのある方はいますか?」
しかし、誰一人として手を挙げない。
「……責任者さん、これはどういうことかしら?」
責任者は黙り込んだまま、視線を逸らした。
「何も言いたくない、ということかしら?」
「まあいいわ。案内してもらいましょう」
責任者であるアチピテルの麻痺を少しだけ軽くし、案内させることにする。
同行するのは、フォーリアさんと護衛の2人、私たちクラーレットの3人、そしてオディン隊長を加えた計7人だ。
倉庫へ向かうと、ユゥバムースが入れるほどの大きな穴が床に空いていた。穴は斜め下へと続いており、覗き込んでも先は見えない。大きさ的に、人が入るのは難しそうだ。
キュレネが倉庫の外に出て、地下探索魔法を使う。
「その穴の先はよくわからないけど、地下3階まである構造物があるわ」
「責任者さん、地下へ案内してもらえるかしら?」
「……わかった」
アチピテルは観念したのか、あっさりと了承した。