第58話 貴族令嬢の護衛11 査察計画
「わかった!!!」
普段はこういう話し合いをキュレネに任せきりのムートが、突然、会話に割り込んできた。
「この牧場の地下に魔狼がいる」
「「「えっ???」」」
「なんでいきなりそんな話になるの?」
フォーリアさんたちは困惑している。
でも、私はその言葉を聞いてピンときた。このまま否定される流れにはしたくない。だから、普段はキュレネに任せきりの私も、珍しく口を開いた。
「私も、牧場の地下に魔狼がいると思います」
普段はおとなしい二人から強めの意見が出たことで、場の空気が一変する。
「……そうなの? どうしてそう思うの?」
フォーリアさんはそう言いながら、ムートに向き直った。
「俺の直感がそう言っている」
ムートの答えに、一同は絶句。フォーリアさんはキュレネに視線を向ける。
「ムートの勘って、こういう時は意外と当たるのよね……」
そう呟くキュレネ。次の瞬間、今度は私に話が振られた。
──私の勘がそう言ってる、って言っちゃダメだよね……?
どうしよう、と考えたその瞬間、頭の中の"誰か"が状況を解析してしまった。言うべきか、言わないべきか迷ったけれど……何となく、場の雰囲気に押されてしまう。
「えーと……直感が鋭い人の中には、必要な情報が揃うと、無意識のうちに答えを導き出すことがあります。でも、その過程を自分では説明できないこともあるんです。だから、まずは“牧場の地下に魔狼がいる”という仮説を立てて、検証してみませんか? まず肯定的な要素を挙げて、それに矛盾する情報があれば否定すればいいと思うのですが……どうでしょう?」
フォーリアさんたちは、顔を見合わせて少し困ったような表情をする。
「……で、具体的にはどうすればいいの?」
ブレインエクスパンションシステムのサポートのせいか、妙に頭が働く。……ちょっと怖いけど、ここまで言っちゃったら引き返せない。
「まずは、みんなが疑問に思ってるところから整理していきましょう」
「まず、なぜあんな山奥に牧場があるのか? ですが……魔狼を飼っているので、人目につきたくないからと考えればどうでしょう?」
「その可能性はありそうね」
「否定できるような情報があればお願いします」
「……特に何もないわね」
「では次に行きます。なぜ魔狼はゴブリンの巣だけを襲って、他では目撃されていないのか? ですが……
野生の魔狼ではなく、飼われていたから、と考えれば説明がつくと思います」
「確かに、人為的にゴブリンだけを襲わせたのなら、他に被害がなく、目撃例もないのは納得できるわね……でも、そんな都合よく魔狼を扱えるものなの?」
「魔狼は群れで行動する魔狼種です。群れのリーダーに従う習性があるので、自分をリーダーと認めさせるか、リーダーを魔法で操れば、群れ全体をコントロールできると聞いたことがあります」
頭の中の人からだけど……
「そういえば、シドニオ帝国には魔物を操る“テイマーの一族”がいるって聞いたことがあるわ。魔狼の生息地もシドニオ帝国よね? もしかすると、シドニオ帝国が関与してるのかも……」
キュレネ、ナイスフォロー。
「シドニオ帝国が関与しているの!?」
ちょっと話が逸れそうなので、軌道修正しよう。
「その可能性は後で考えるとして……ゴブリンの巣壊滅も、飼い魔狼が原因だったと考えてよさそうですね?」
「ええ」
「では次に。ユゥバムースが毎日30~40匹ほど倉庫に運ばれている件ですが……これは魔狼の餌になっていると説明できそうです。いかがでしょう?」
「……そうね。ここまで筋が通ると、牧場に魔狼がいるのは間違いないって気がしてきたわよ」
どうやら、フォーリアさんにも納得してもらえたみたい。でも、なんだか不満そうな顔をしている……。
「何か引っかかる点でもありました?」
「ええ……あなた、頭が切れるのね。キュレネさんだけが特別だと思っていたけど、どうやら違うみたい。あなたたちって、本当は何者なの?」
「そう言われても、Bランク冒険者ですけど?」
「うーん……まあ、その歳でBランクってだけでも十分天才なのだけど……なんか、しっくりこないのよね。他に肩書きはないの?」
「肩書きならこいつ『デーモンスレイヤー』だぞ」
ムートが余計なことを言った。
「……あはっ!! そういえば最初に聞いたわね。あの時は何を言ってるのかと思ったけど、なるほど、ギルドマスターが絶賛していたのはこれなのね。納得したわ。でも、改めて……その年でデーモンスレイヤーって、ますます何者なのって聞きたくなるわね……」
フォーリアさんはため息をつくと、少し考えてから肩をすくめた。
「もうやめにしましょう。よく考えたら、どんな答えをもらってもすっきりしなさそうだわ」
そう言って微笑むと、気を取り直して話を戻す。
「ごめんなさい。話が逸れたわね。――牧場に連れていかれた人たちはどうなっていると思う?」
「……おそらく、魔狼の餌になっているのではないかと……」
そう口にした瞬間、あることに気づき、背筋が冷たくなった。
「もしかしたら……近いうちに、魔狼を使ってどこかを襲撃する計画があるかもしれません」
「襲撃? どういうこと?」
「町から人を連れ去った理由は、単純にユゥバムースだけでは食料が足りないからかもしれません。でも……連れていった人を襲わせて、人の味を覚えさせると同時に、対人戦の訓練をしていた可能性もあります」
「対人戦の訓練……」
「今思うと、ゴブリンの巣を襲ったのも、人に近い相手と戦わせたかったのかもしれません。もしそうだとしたら――近いうちにどこかの村か町を襲撃するつもりなのでは?」
「……魔狼を飼っている本当の目的は何なのかしら?」
緑髪の護衛魔法士、アルミニスさんが何かに気づいたように口を開いた。
「わざわざ牧場をポルシーオ領に作っているうえに、ユゥバムースを出荷しているのはフィソイルコの町だけ……」
彼女の視線が鋭くなる。
「これ、魔狼が何か事件を起こした時に、ポルシーオ伯爵が疑われるように仕組まれているのでは?」
「もしかして……クバーラ子爵が、お父様を陥れようとしているの?」
「それだけが目的なら、こんな回りくどいやり方はしないでしょう。でも、何か問題が起こればポルシーオ伯爵が責任を取らされる状況ではあります。ですので、先手を打って対処したほうがよろしいかと」
「……どういう意味?」
「この前、牧場には“1カ月以内に町役場に申請をしに来るように”と伝えました。おそらく彼らは、それを猶予期間だと考え、こちらが動くまでに何かしらの対策を練っているでしょう。だからこそ、向こうが手を打つ前に、すぐにでも踏み込んで制圧すべきだと思います」
キュレネって、こういうところ本当に怖い。
“すぐに踏み込んで制圧”なんて、まるで支配者の発想みたい……。もちろん、的確な判断なのはわかるけど、私はそこまでの発言はできないなぁ……。
「……それは、いい案ね」
フォーリアさんは少し考え込んだあと、決然とした表情で頷いた。
「お父様が派遣してくれた調査員が来たら、査察という名目で牧場を訪問しましょう」
「人員はどれくらい集められますか?」
「あと5人ほどなら。もっと必要なら、冒険者を雇うのも手かもしれません」
「ですが、今回の査察は牧場側に情報が漏れると失敗する可能性があります。信用できる冒険者に直接依頼できるならいいのですが……」
「残念ながら、普段冒険者との接点がないので、そういった人脈は持っていません。でも、ギルドマスターに紹介してもらうことは可能よ」
「顔見知りでないなら、やめておきましょう。思ったように動いてくれるか分かりませんから」