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第55話 貴族令嬢の護衛8 何者なの?

「ここで歯型と足跡の絵を描きます。すぐ終わるので、少し待っていてください」


 そう言って、私は紙とペンを受け取り、すぐに作業に取りかかった。

 写真のように正確な絵を、一枚につき約一分で描き上げていく。


 これも、ブレイン・エクスパンション・システムのおかげだ。

 今の私は見たものを完璧に記憶し、それをまるでプリンターのように正確に描き出すことができる。


 とりあえず、比較的はっきりと歯型が分かる部分を、視点を変えながら六枚。

 さらに、前後左右と思われる足跡を四枚。

 合計十枚の絵を描き終えた。


「……一体、何者なの?」


 不意に、緑髪の護衛魔法士、アルミニスさんが呟いた。


 ん? いまの発言……ゴブリンを襲った魔物について?

 いや、なんか違和感がある。


「やっぱり、そう思うわよね」


 フォーリアさんがそれに同調した


「すみません……つい、口に出てしまって」


「いえ、私も口に出そうか迷っていたところだったので、ちょうどよかったわ」


「――いったい、あなた達は何者なの?」


「何者、とはどういう意味でしょうか?」


「なんというか……優秀すぎるのよ」


 フォーリアさんは、じっとキュレネを見つめながら続ける。


「特にキュレネさんの話。まるで、お父様や学校の先生から講義を受けているような感覚だったわ。

 とても同年代、ましてや年下とは思えないほど理路整然としていた。

 それに、ギルドマスターの口ぶりからすると、あなた達にはAランク相当の実力があるんでしょう?

 さっきティアさんが描いた絵も、普通の冒険者には到底描けるレベルじゃない。

 ……それだけじゃないわ。

 平民のはずなのに、どこか貴族のような雰囲気がある。でも、貴族ならそれなりの噂が流れてくるはずなのに、あなた達については何も聞いたことがない。

 本当に……何者なの?」


「何者かと聞かれても、Bランク冒険者としか言いようがありません」


 キュレネは淡々と答えた。


「確かに、能力に関しては貴族に近い教育を受けています。

 でも、それだけじゃありません。

 努力しなければ生きていけない環境で育ち、必死で身につけたものです」


「……なんか納得いかないけど、そういうことにしておくわ」


 フォーリアさんは渋い顔をしたものの、それ以上追及はしなかった。


 そして、ギルドを出る際に、描いた絵と採取した毛を預け、魔物の特定を依頼した。


 特定が完了次第、ポルシーオ邸まで報告してもらうことになっている。


 もちろん、追加依頼分の書類も受け取った。



 次に向かったのは町役場だった。


 突然の訪問ではあったが、フォーリアさんが領主の娘ということもあり、町長らしき白髪の老人がすぐに応接室へ案内してくれた。


「ようこそお越しくださいました、フォーリアお嬢様。どうぞこちらへ」


 通されたのは、わりと豪華な部屋だった。


「こちら、町長のブリジニックよ」


 フォーリアさんが紹介する。


 パッと見は穏やかそうな笑顔の老人だが、よく見ると一筋縄ではいかない雰囲気がある。


「そして、今回の調査に協力してくれている、キュレネさん、ムートさん、ティアさんです」


「よろしくお願いいたします」


 どうやら護衛の二人は、町長とは顔見知りのようだ。


 フォーリアさんがさっそく切り出した。


「ヴァルマクボ山地の管理も、この役場の管轄よね? その山の上の方に牧場があると聞いたのだけど、ご存じかしら?」


「牧場……ですか? いえ、そんな話は聞いたことがありません」


 やはり、町の人には知られていないようだ。


「では、ここ最近、西壁地区の住人が減っていることはご存じ?」


「ええ、まあ……」


「その件について、何か情報はあるかしら?」


「情報と申しますと?」


「どういう理由でいなくなったのか、どのくらいの人数が減ったのか、具体的に誰がいなくなったのか……そういったことよ」


「申し訳ありませんが、そのような情報は私の手元にはありません」


「では、その情報を集めていただきたいのですが?」


 ブリジニック町長は少し考えた後、肩をすくめて言った。


「お言葉ですが、西壁地区の住人が減ることは、町の運営にとっては悪いことではありません。悪事が絡んでいるならともかく、我々も多くの仕事を抱えていますので、この件を優先的に調査するのは難しいかと……」


 この人、まったくやる気がなさそう。


 ここで、キュレネが口を挟んだ。


「西壁地区の住人が減っていることは把握しておられるようですが、その理由についてはどうお考えですか?」


「……何か住み込みの仕事でも見つけたんじゃないか?」


「この町で、多くの人を雇うような事業を新たに始めましたか?」


「いや、他の町へでも出て行ったのだろう」


「この町では、人の出入りをどの程度把握していますか?」


「ああ、門番の日誌を毎月集計しているから、大まかには分かる」


「その集計結果を見せてもらうことは可能でしょうか?」


「……分かった。担当者に持ってこさせよう」


 町長が部下を呼び、指示を出すと、ほどなくして集計結果が届けられた。


「今月の人の出入りはどうなっていますか?」


「プラス5人です」


「……え? 先月は?」


「マイナス2人です」


 意外なことに、ここ数年、町の人口はほとんど変化していなかった。


 すると、フォーリアさんが口を開いた。


「町長、何かおかしくありません? 西壁地区の住人が減っているのは、あなたも把握しているのでしょう? でも、町で死亡した人が特に多いわけでもないし、それと同じ数の人が新しく移住してきたわけでもないのよね?」


「ええ……まあ……」


「私たちの調べでは、何者かが『仕事を紹介する』と言って住人を勧誘していたようなの。でも、門を通らずに町から連れ出しているとしたら、これはもう怪しいことこの上ないですわ。

 おそらく、何らかの組織が関与しているはず。

 私たちはそちらの調査を進めますので、町長は町の状況を改めて確認してくれませんか?」


 町長は腕を組み、しばらく考え込んだ後、渋々ながらも頷いた。


「……確かに、何やら良からぬことが起こっている気がします。分かりました。早急に調査を開始しましょう」


 こうして、町長に正式に調査を依頼することができた。



 帰り道、私はふと考えていた。最初はまったくやる気のなかった町長を、キュレネが誘導して調査を引き受けさせた。あれはなかなか見事だった。


 どうやら同じことをフォーリアさんも考えていたらしく、キュレネに尋ねた。


「ねえ、キュレネさん。最初から、いなくなった人たちが門を通っていないって分かっていて、集計結果を見たいと言ったの?」


「いえ、そんなことはありませんよ。どうしてですか?」


「だって、あんなに見事に町長を誘導して、調査を引き受けさせたじゃない。どこまで想定していたのか気になって……」


「……ああ、実は集計結果の中身なんて、どうでもよかったんですよ」


「えっ、どういうこと?」


「ただ、領主の娘であるフォーリアさんの前で、町長がうまく説明できない問題を提起するきっかけが欲しかったんです。だから、集計結果じゃなくてもよかったんですよ」


「つまり、何かしらの不備を見つけて、『おかしいから調べろ』って方向に持っていくつもりだったってこと?」


「ええ、そういうことです」


「……やっぱりあなた、年下とは思えないわね」


 キュレネは静かに微笑んだ。


「これまで、苦労してきましたから」

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