第53話 貴族令嬢の護衛6 謎の牧場がある?
警戒を強めつつ、後日、3番目のゴブリンの巣へ向かうことになった。
ここには、Bランクのゴブリンキングが棲みつき、100匹を超えるゴブリンを率いているといわれている。
今回のゴブリン討伐の本命とも言える場所だ。
気合を入れて挑んだものの——
すでにゴブリンは全滅していた。
前回と同じように、巣の中には獣に食い散らかされたような残骸が散乱している。
一目見て、ムートがつぶやいた。
「……これ、まずくないか?」
特に目を引くのは、ひときわ大きなゴブリンの死体。
その周囲にも、それに続くような体格のゴブリンの死体がいくつも転がっていた。
「ゴブリンに有利なはずの巣の中で、Bランクのゴブリンキングに加え、Cランクのゴブリンロードが複数体……それを一方的に狩れる魔物がいるってことだよな」
ムートの言葉に、キュレネが頷く。
「確かに、Cランクの魔物の集団だけで、ここまで徹底的に蹂躙するのは難しいわ。
つまり、Bランク以上の魔物が複数いる可能性が高い……」
そうなると、このお嬢様たちの戦力では厳しいんじゃないか……?
詳しく状況を確認した後、キュレネが言った。
「冒険者ギルドに戻って、状況を報告した方がよさそうね」
私たちは巣の外へと向かう。
だが、フォーリアさんたちは外に出たものの、何か考え込んでいるようで動きが遅い。
ん?
500メートルほど離れた山の上の方から、何かがゆっくりとこちらへ降りてくるのが見えた。
思わず指をさして叫ぶ。
「……あそこに、何かいる!!」
皆、一斉に指された方向へと振り向く。
ゴブリンくらいの大きさ……?
木々の隙間から、一瞬だけ姿が見えた。
「……人間の子供です。一人だけ」
目を強化してはっきり確認する。間違いない。
「えっ!?」
皆、驚きの声をあげた。
「なぜこんなところに……? とにかく、保護しましょう」
フォーリアさんが子供の方へと歩き出し、私たちも後に続く。
近づくと、子供はこちらに気づいて逃げ出した。
しかし、ムートが一瞬で捕まえる。
捕らえたのは、10歳くらいの痩せた男の子。顔色も悪い。
それを見て、キュレネが近寄る。
「逃げなくていいのよ。お腹が空いてるでしょう? 食べ物をあげるから、一緒にいらっしゃい」
そう言いながら、少し開けた場所へと連れていく。
この子……知らない人について行っちゃダメって、教えられてないのかな……。
パンと干し肉、それに飲み物を渡すと、子供はがっつくように食べた。
どうやら、相当お腹が空いていたらしい。
食べ終わったところで、キュレネが優しく問いかける。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「クルオだよ」
「私はキュレネ。ここにいるのはみんな冒険者よ。……クルオ君は、どうして一人で森の中にいたの?」
「牧場から逃げてきたんだ」
「牧場?」
キュレネがフォーリアさんの方を見るが、フォーリアさんも「分からない」という顔をする。
「牧場って、どこにあるの?」
「ずっと上の方」
「なんで牧場に行ったの?」
「給金のいい仕事を紹介してやるって言われて……でも、他のみんなは先に帰っちゃったし、俺も帰りたいって言ったのに聞いてくれなくて……だから逃げてきたんだ」
「……他にも、牧場に働きに行った人がいるのね」
「そうなのね……フィソイルコの町に戻ろうとしてたのよね?」
「うん」
「牧場のことは気になるけど……先に子供を送り届けましょう」
キュレネが皆の方を向いて言うと、フォーリアさんが頷いた。
「そうね。ギルドへの報告も急いだほうがいいでしょうし、町に戻りましょう」
クルオ君、かなり消耗しているみたいだけど、この状態で山を下りられるのかな……?
そうだ。魔法で回復しておこう。
「ちょっと、クルオ君を回復するので待ってください」
そう言って、クルオ君に向かって手をかざし——
「ヒール」
そう唱えながら、【エクストラヒール】を発動させる。
彼の顔色が少し良くなったのを確認し、私たちは出発した。
少し時間はかかったが、無事に町へ到着した。
……まあ、途中でムートが我慢しきれずにクルオを抱えて山を下りてたけど。
「えーと、クルオ君はどこに住んでいるの?」
「クベル孤児院だよ」
孤児院の子だったんだ。
「じゃあ、そこまで送るよ」
フォーリアさんたちは孤児院の場所を知っていたようで、迷うことなく歩いていった。
孤児院に到着すると、一人の女性神官が出てきた。
痩せ型で、年齢は中高年といったところだろうか。
「おお、クルオ! 戻ったか、心配したよ」
こちらに気づくと、女性神官は私たちに向かって丁寧に頭を下げる。
「孤児院長のヘデラです。この度はクルオ君をお送りいただき、ありがとうございます」
「クルオ、お前ひとりかい?」
「うん」
「他に誰も一緒じゃなかったのかい?」
「ブークとリーストが一緒だったけど、もう戻ってるでしょ?」
「……いや、戻ってないよ」
「えっ?」
「それどころか、他にもいなくなってる子がいるんだけど……知らないかい?」
んん!? 何人も行方不明になってるの!?
「知らないよ……」
キュレネが優しく問いかける。
「ねぇ、クルオ君。なんで友達はもう戻ってるって思ったの?」
「牧場のおじさんが、もう帰ったって言ってたから……」
……なにそれ? 人身売買とかの犯罪に巻き込まれてる?
フォーリアさんが真剣なまなざしでヘデラ院長に話しかけた。
「ヘデラ院長、少しお話をよろしいですか?」
「ええ。ここでは何ですし、場所を移しましょう。……クルオ、皆のところへ行っておいで」
孤児院の院長室へ移動する。
飾り気のない簡素な部屋だが、話し合いができるテーブルと椅子がある。
全員が席につき、改めて話を始めた。
「私はフォーリア・ポルシーオです。この者たちは、私の護衛です」
その言葉に、ヘデラ院長がわずかに表情をこわばらせた。
「大変失礼いたしました……! まさか領主の御息女様とは気づかず……」
「それは気にしないでください。普通に話をしてください」
フォーリアさんが落ち着いた口調で言うと、ヘデラ院長も少し安心したように息をついた。
「早速ですが、人がいなくなった状況について教えていただけますか?」
「……1週間ほど前、クルオたち3人が外へ出たきり戻らなくなりました。
それから2日後、さらに4人が同じように出て行ったきり帰ってきません。
クルオが戻ってきたので、現在行方不明なのは6人になります」
「行方不明になったのは、どのような子供たちですか?」
「10歳から13歳くらいの、比較的年齢の高い子たちです。
男の子4人、女の子2人ですね」
「どこに行ったのかは分かっていない、ということでよろしいでしょうか?」
「はい。たまに、何人かで相談して出て行く子供もおりますので……
もしかすると、そのようなケースかもしれません」
「ですが、クルオ君は牧場で仕事をしていたと言っていました。
何か心当たりはありませんか?」
「……牧場、ですか?」
ヘデラ院長は少し考え込んでから、思い出したように言った。
「そういえば、行方不明になった子たちを探していたとき……
西壁地区が閑散としていたので、気になって住民に話を聞いたんです。
すると、『牧場で仕事があるから』と言われ、何人も町から出て行ったとか……」
「……どこの牧場か、分かりますか?」
「申し訳ありません。そこまでは……」
フォーリアさんが静かに息をつく。
「やはり、その牧場を調べたほうがよさそうね」