第51話 貴族令嬢の護衛4 護衛対象との面会
バンパセーロ王国ポルシーオ領の町、フィソイルコに到着した。
人口は約3,000人。今まで訪れた町の中では最も小さい……といっても、まだ3つしか知らないのだけれど。
クヴァーロン王国の王都セロプスコを、ちゃんとした準備もせずに出発することになったが、道中の村々で光神官の役目を果たしつつ、食料などを調達できたので、さほど苦労せずに済んだ。
どこへ行っても光神官が不足していることを実感する。皆、手厚く歓迎してくれた。
まあ、それだけの実力があったということでもあるけれど。
とりあえず、冒険者ギルドへ向かう。町が小さいせいか、ギルドの建物もこぢんまりとしていた。
受付で手続きを済ませることにする。
受付にいたのは、20代くらいのピンク髪の女性だった。
「予約していた貴族令嬢の護衛依頼を受注したいのですが」
「はい、確認します」
そう言いながら、彼女は書類を探す。
「……えーと、『クラーレットの奇跡』の方ですね。ギルドカードの提示をお願いします」
ギルドカードを確認すると、彼女は微笑んで続けた。
「5日後に先方と顔合わせがありますので、朝一番に冒険者ギルドまでお越しください。私、イレーナが案内いたします」
セロプスコでの滞在が短かった分、余裕ができた。
せっかくだし、しばらくのんびり過ごそう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド職員のイレーナさんに案内され、依頼主の屋敷を訪れた。
門をくぐると、使用人に迎えられ、そのまま屋敷の中へ。
正面には青髪の少女が立っており、その両脇には20代くらいに見える女性が二人並んでいた。
「えっ、貴族なの?」
不意に聞こえた声に、キュレネが返す。
「平民ですよ」
だが、明らかに納得していない様子だった。
確かに、キュレネは貴族より貴族らしい雰囲気を醸し出しているし、装備も一般の平民とはかけ離れている。
「平民の若い子がそんな良い装備を持っているわけないじゃない。それに、その所作……黒髪の子以外は、上級貴族と言われても不思議じゃないくらいよ。貴族令嬢が護衛ってアリなのかしら? まあ、いいわ」
……なんと、私だけ所作がなっていないという事実が発覚。
地味にショックを受ける。
「それはそうと、Bランクの冒険者って聞いてたから、もっとベテランが来ると思ってたのに……どう見ても、冒険者になりたての年齢じゃない。いくつなの?」
「15です」
「やっぱり私より年下!? ……お父様との約束だから護衛は雇うけど、足手まといになるくらいなら困るのよね。こう見えても、私は学園ではそれなりに強いのよ。それに、この二人もうちの家の騎士と魔法士だから、そこらの冒険者よりはよっぽど強いわ」
すかさず、ギルド職員のイレーナさんがフォローする。
「この方たちは、冒険者ギルドが誇る新進気鋭の冒険者――『クラーレットの奇跡』です。正真正銘のBランクですので、足手まといになることはないかと思います」
「新進気鋭ねぇ……本当に大丈夫かしら?」
そう言いながら、私をじっと見つめる。
「子供っぽく見えるかもしれないが、こいつ『デーモンスレイヤー』の称号を持ってるぞ」
ムートが余計なことを言った。やめてよ、変な紹介しないで……。
幸い、青髪の少女は「デーモンスレイヤー???」と、何を言っているのか分からないといった微妙な顔をして、軽く流してしてくれた。
「実力を確認してみますか?」
「そうね」
屋敷裏の訓練場へ移動する。
「3人とも剣士なのですか?」
「剣も魔法も使えます」
「そうですか。では、まず剣の腕を見せてもらいましょう。とりあえず、騎士団入団の一次試験レベルで確認させてもらいます」
そう言うと、黄色い髪の騎士が前へ出た。
「私から攻撃しますので、反撃できれば合格です。武器はここにある木刀を使ってください」
反撃すればいいのね。
「俺から行く」
ムートが一歩前に出る。
「構えてください。では、いきます」
騎士が木刀を振り下ろす。
ムートはそれを受けるのではなく、横から思いきり相手の木刀を打ちにいった。
さすがに騎士だけあって、木刀を弾き飛ばされることはなかったが、ムートの力に押されてバランスを崩し、後ずさる。
すかさずムートが攻撃に転じ、騎士の木刀とぶつかり合う。
「合格です」
「もう終わりか……」
次にキュレネが前に出て構える。
「では、いきます」
木刀が振り下ろされた瞬間、キュレネは大きく後ろへと下がり、間合いを取る。
次の瞬間、フェンシングのような鋭い突きを繰り出した。
騎士がそれを避ける。
「合格です」
次は私の番。
同じように木刀が上から振り下ろされる。
私はそれを受け流し、相手の体勢をわずかに崩す。
とはいえ、相手も本気ではないし、それなりの技量があるので、大きな隙は生まれない。
だが、その一瞬の遅れをついて、私は木刀を上から振り下ろした。
騎士が木刀で受ける――はずだった。
「――っ!」
木刀は相手の武器をすり抜けたかのように、そのまま顔面へ向かう。
やばい!
慌てて木刀を止める。ギリギリのところでストップ。
カラン。
相手の木刀が切断され、地面に落ちる。
――そういえば、木の棒でゴブリンの棍棒ごと斬ったことがあったっけ。
自動的に武器にエンチャントがかかるんだった。
相手も木刀を切られるなんて思ってないから、避けられるはずもないよね……。
呆然としたままの騎士さん。申し訳ない。
「さすがだなティア。ちょっとなめられてた感があったからな」
「そんなんじゃないんだけど……」
「合格でいいですよね?」
「あっ、はい。合格です」
まだ動揺している様子だったが、無事に合格をもらえた。
「皆さん、本当にお強いですね」
次に、緑色の髪の女性が前へ出る。
「次は魔法を見せてください。剣の腕だけでも十分に護衛の役割を果たせると思いますが、魔法も使えるということなので、確認させていただきます」
「こちらも魔法士団入団の一次試験レベルですが、25メートル先の的を破壊してください。長距離の魔法が苦手なら、こちらのレンガ壁を破壊しても構いません」
「簡単だな」
まずはムートが25メートル先の的を狙う。
「エアカッター」
風の刃が一直線に飛び、的を真っ二つに切り裂いた。
次にキュレネ。
彼女も同じくエアカッターを放ち、鮮やかに的を切断する。
そして、私の番。
二人とも風系魔法を使ったし、私も合わせるか。
私が使える風魔法は、基本魔法としてインストールされた音速嵐のみ。
出力を最低限に抑え、初級魔法「ウインド」に偽装する。
「ウインド」
魔法を放った瞬間、的が粉々に砕け散った。
やば……。
二人と比べて、的が消し飛ぶまでの時間が圧倒的に短い。
マッハって言うだけあるわ……。
「……今の、本当にウインドの魔法ですか?」
彼女たちは皆、驚きに目を見開き、緑髪の女性が疑うように問いかける。
「ええ……まぁ。この国のウインドとは少し違うかもしれませんが、基本魔法として身につけたものなんです」
視線が鋭くなる。
しかし、彼女はそれ以上問い詰めることなく、肩をすくめた。
「まぁいいわ。魔法は秘密にされているもののほうが多いし、詮索はしないわ」
「これで実力の確認はよろしいでしょうか?」
「失礼しました。皆さまの実力を十分に理解しました。ぜひ、護衛をお願いしたいと思います」
青髪の少女が一歩前に出て、丁寧に礼をする。
「私はフォーリア=ポルシーオ。このポルシーオ領を治めるポルシーオ伯爵の娘です」
続いて、黄色い髪の女性が名乗る。
「護衛騎士のラーパです」
次に、緑色の髪の女性が続いた。
「護衛魔法士のアルミニスです」
キュレネが一歩前に出て答える。
「『クラーレットの奇跡』のリーダー、キュレネです。こちらが竜人のムート、そして……デーモンスレイヤーのティアです」
……えー、その紹介はちょっと……。
「よろしくお願いいたします」
ラーパさんが話を切り出す。
「依頼は、魔物狩りの護衛になります。具体的には、これまでに冒険者ギルドで確認されている三箇所のゴブリンの巣を壊滅させる予定です。ただし、気を付けていただきたいのは、依頼は私たちの護衛であって、ゴブリンの巣の壊滅ではないということです」
……そうか、護衛依頼だった。
「お嬢様が実戦経験を積むことが主目的です。そのため、お嬢様にメインで戦っていただき、怪我をしないようにサポートするのが、皆さんの役割となります」
「それって、結構難しくない?」
思わず呟いた言葉が聞こえたのか、フォーリアさんが自信たっぷりに答える。
「大丈夫よ。私、ゴブリンなんかに負ける気はしないから」
……強気なお嬢様だ。
キュレネが少し困ったように眉をひそめる。
「そうは言っても、怪我をしたら護衛失敗となると、どうしても過剰に手を出したくなりますが……」
「回復できる怪我ならOKです。骨折でも、跡が残るような傷でも問題ありません」
……それって、つまり結構ボロボロになるのは前提ってこと?
三人で小声で相談する。
「どうする?」
「そもそも向こうの二人の護衛のほうが責任重大でしょうね。だから、そんな無茶な状況にはならないはずよ。本当にまずいと思ったら、有無を言わさず助けましょう」
「それでいいと思う」
「その依頼内容を了承しました」
キュレネが代表して答える。
「魔物を倒した場合、魔石や素材は倒した人のものとします。共同で倒した場合は、山分けでお願いします」
……つまり、お嬢様がメインで戦うから、私たちはあまり魔石を期待できないってことね。
「では、依頼期間中はすぐに連絡を取れるように、この屋敷に滞在してください」
……この屋敷に泊まらせてくれるの? ちょっと予想外。
「話がまとまったようで何よりです。それでは、私はこれで」
ギルド職員のイレーナさんが一礼し、屋敷を後にする。