第5話 冒険者になります2
「登録をお願いします。」
そう言うと、皆に登録用紙が配られた。用紙には、名前、年齢、性別、種族、連絡先、そして活動不能時の連絡先を記入する欄があった。
見本を見ながら、適当に記入していく。
ふと、その書類を覗き込んでいたソフィアが尋ねた。
「ゴルフェ島出身なんですか? 呪いは大丈夫なんですか? たまに島の人が来ますが、体力のありそうな人でもかなり辛そうですよ。」
「いくつか例外があって、大丈夫な人もいるんです」
キュレネがそう答えると、ムートが付け加えた。
「竜人には影響がないしな」
実は、ゴルフェ島のダンジョンには魔王が封印されており、その魔王の力によって島民全員が呪われているらしい。彼らは常に魔力や生命力を奪われ続けており、さらに、島を離れようとすると呪いの影響が強まるため、島の外で活動するのは極めて困難だという。
――この世界、魔王とか普通にいるんだ。正直、あまり知りたくなかった情報だな。
キュレネたちは、そんな呪われた島の出身なのか……。なんか、いろいろ事情がありそうで、ちょっと怖いな。
「では、登録作業に移ります。ムートさん、こちらに血液をお願いします」
そう言って、楕円形の魔石が差し出された。
ムートは針で指先を刺し、滲んだ血を魔石に落とす。血は瞬く間に吸収され、魔石の内部へと消えていった。それを装置にセットし、担当者が何やら操作を始める。
「魔力パターンの登録が完了しました。こちらがギルドカードです。ギルドでは、今後このギルドカードと魔力を用いて個人識別を行いますので、各種手続きの際はカードの提示と魔力の照合をお願いします」
――魔力認証なんて、すごいハイテクじゃない?
この世界の文明レベルって中世くらいかと思ってたけど、魔法があるせいで一概にそうとは言えないんだな。
「魔力パターン解析の結果が出ました。火、風、光、三種類の魔法に適性があります」
「今、光魔法を使える人が少ないので、貴重な存在ですね」
光魔法は、単に光を生み出すだけでなく、回復や身体強化など、生物にとってプラスに働く効果を持つ。一方、闇魔法は毒や麻痺など、状態異常を引き起こす力があるらしい。
「次、キュレネさん。」
先ほどと同じように魔石が差し出され、キュレネの魔力パターンが登録される。
「すごいです! 火、風、水、土、光、闇――六つすべての属性に適性があります。エレメンタルマスター候補ですね」
「エレメンタルマスター?」
「神に認められ、魔王すら倒せる力を与えられた存在のことです。エレメンタルマスターになる条件は、六属性すべてに優れた力を持ち、その力にふさわしい精神を備えていることだと言われています。これまで、魔王が現れるたびにエレメンタルマスターとなる人も現れ、世界を救ってきました。かつてこの地を初めて統一した皇帝も、エレメンタルマスターだったのですよ。」
そう教えられ、ふと考える。
――魔王が現れるたびに勇者が現れる、みたいな感じなのかな?
最後に、私の番が回ってきた。
血を出すのは嫌だな……と思いながら、恐る恐る針で指を刺す。痛みは大したことはないけれど、こういうのはなんとなく苦手だ。滲んだ血を魔石につけ、登録作業が進められる。
「えっ、あなたもですか!? 火、風、水、土、光、闇……? 1、2、3、4、5、6、7……あれ? 魔力パターンの解析エラーかしら? 6属性以外に、よくわからない結果が混ざっています」
担当者が首をかしげる。
「装置の調子が悪いんですかね……もう一度お願いします。」
――やだ、と言いたいところなのだが気が弱い私はいいだせない。
私、普通の魔力パターンと違うのかな? 面倒なことにはならないでほしい……そう思いながら、もう一度登録作業を繰り返す。
「うーん、やはり同じ結果ですね。でも、魔力パターン自体は問題なく登録されていますし、6つすべての属性に適性があるのは間違いありません。これで大丈夫です」
……この人、変な結果はなかったことにしちゃったよ。
まあ、変に追及されるよりは助かるかな。
「これで冒険者登録は終了です。この三人でパーティを組むということでよろしいですか?」
「はい」
「それでは、パーティ登録もお願いします。私、ちょっと用事があるので、こちらの用紙に記入してお待ちください」
そう言い残し、登録用紙をテーブルに置くと、担当者は足早に部屋を出て行ってしまった。
「実はね、パーティ名は二人の髪の色をもとに『赤と白の奇跡』にしようと思ってたの。でも、三人になったから変えたほうがいいわね」
「じゃあ、『赤と白と黒の奇跡』って感じ?」
「くどいだろ、それ。しかも安直すぎる」
「じゃあ、いっそ全部の色を混ぜるのはどう?」
「……それって何色になるんだ?」
「えっと、白と黒を混ぜると灰色で、それに赤を足すと……くすんだ濃いピンク? 合ってるかな?」
「微妙な色ね……混ぜるバランスにもよるけど、マイルドな赤系統の色になるわね。名前でいうと、苺色やクラーレットあたりかしら?」
どっちの色名もいまいちピンとこないな、と思っていると――
「クラーレットでいいんじゃないか? 響きが結構いいと思うぞ。」
うわー、適当な決め方。でも、悪くはないかも。
「じゃあ、『クラーレットの奇跡』ってことで。」
そう言いながら、パーティ名を登録用紙に書き込んだ。
「ところで、『奇跡』って名前に込めた意味はあるの?」
「もちろんあるわ」
「私たちは、できるだけ早くAランクの冒険者になることを目指しているの。そのためには、周りから見たら奇跡に思えるようなことを成し遂げていく必要があるってところかしら。だから、少し無茶もすると思うけど、よろしくね」
「できるだけ早くって、どれくらい?」
「最長でも5年。できれば3年以内が理想ね」
うーん……Aランクになるのって、どれくらい難しいんだろう?
「普通はどれくらいでAランクになれるの?」
「大半の冒険者はAランクにすらなれないし、今まで最速でもAランクになるのに10年はかかっていると思うわ。」
えっ? そんなに大変なの? それじゃあ無理でしょ……と思いつつも、さすがにそれを口に出すのは憚られる。
とりあえず、こういう時に無難なセリフを言っておこう。
「そんなに大変なんだ。まあ、私にできることをやるだけね」
「できることしかできないけど、実際にやってみないと、本当にできるかどうかなんて分からないでしょ?少なくとも、今は無理だと思ってることでも、本気で取り組めば意外とできたりするものよ」
「……まあ、そうね」
ううっ……無難な返事で済ませるつもりだったのに、しっかり釘を刺されちゃったよ。
「それに、いい依頼を繰り返し受注できれば、原理的には不可能じゃないのよ。ただ、いい依頼に巡り合うのが一番の難関で、運の要素が強いのだけどね。でも、その運を手繰り寄せる工夫をしていきたいの」
「それに、すでに一つ奇跡は起きているわ。それは、あなたよ。普通、初心者は熟練者のパーティに入れてもらって活動するものなの。でも、私たちのような新人が『五年以内にAランクを取りたい』なんて言ったところで、そんな都合よく受け入れてもらえるわけがない。だから、自分たちで新しいパーティを作るしかなかったの。でも、新人パーティに実力者が入ってくれるわけもないでしょ? かといって、弱い人も入れたくない。
私たちはもともと騎士団の入団試験を受けるつもりで鍛えていたから、それなりに強いつもり。でも、一緒に行動できるレベルの人を見つけるのは難しそうだったから、最初は二人でやるしかないと思っていたのよ」
──そんなに期待されても困るなぁ。ちょっとチートっぽい力があるみたいだけど、どれくらい強いのか自分でも分からないし……。
「私、どれくらい役に立てるか分からないけど……」
「それは大丈夫だ。俺がパーティに誘った時点で、お前の実力は間違いない。俺の勘が、お前を強者だと言っている。それに、全属性の魔力持ちなんて、キュレネ以外で初めて見たぞ」
──ずいぶん自信があるみたいだけど、結局は勘なんだよね? でも、実際それなりの力があるみたいだから、ひとまず安心かな。……まあ、あの森で私を見つけてくれたのは奇跡だよね。あそこで一人だったら、と思うとゾッとするよ。
そのとき、扉が開き、二人の人物が部屋に入ってきた。一人は受付のソフィアさん。もう一人は、見たことのない男性だった。
ソフィアさんがパーティ登録用紙を確認し、口を開く。
「パーティ名は『クラーレットの奇跡』。リーダーはキュレネさん、メンバーはムートさんとティアさんですね。……登録完了です」