第48話 貴族令嬢の護衛1 最初は寄り道
Bランクの冒険者がAランクに昇格するためには、四つ以上の'国'でBランク以上の仕事をこなす必要がある。
つまり、別の国へ行かなくてはならない。
というわけで、現在どの国へ向かうか検討中だ。
どうやらキュレネは国外にも様々な伝手があるらしく、情報を集めている。
「バンパセーロ王国で、Bランク向けの良さそうな依頼があったわ。どうかしら?」
手渡された依頼書の写しには、次のように書かれていた。
依頼内容:学園の休み期間に魔物狩りをする貴族令嬢の護衛
依頼者:護衛対象の父親
条件:Bランク以上・女性のみのパーティ
報酬:100万サクル
担当ギルド:ポルシーオ領フィソイルコ冒険者ギルド
「護衛依頼か……まあ、特に異論はないし、いいんじゃない?」
「決まりね」
「ところで、バンパセーロ王国ってどんな国?」
キュレネは大雑把な地図を取り出した。
「今私たちがいるのが、トゥリスカーロ王国のウィスバーロの町」
そう言って、地図の右下を指す。
トゥリスカーロ王国は、大陸の南東に位置しているらしい。
「ここからメインの街道を北上すると、クヴァーロン王国があって、さらに北へ進むとバンパセーロ王国があるの。そのバンパセーロ王国に入ってすぐのポルシーオ領フィソイルコにある冒険者ギルドの依頼よ」
「ふむふむ……」
地図を眺めながら、ルートを確認する。
「今いる場所がここで、この街道を北上して……クヴァーロン王国を通過して……あっ、これ!」
目に飛び込んできたのは、地図上の『セロプスコ』という文字。
そこは、私を召喚中に壊れた転移装置があると思われる場所だった。
クヴァーロン王国の王都セロプスコ。
そして、都合のいいことにバンパセーロ王国へ向かう街道沿いにある。
「私、ここに行きたい」
もしかすると、私の故郷へ帰る手掛かりが見つかるかもしれない。
「へぇ、珍しいわね。何かあるの?」
「前に魔法絵師に描いてもらった絵があるでしょ? あれがセロプスコと関係してそうなのよ」
「なるほどね……分かった。すぐに出発すれば、セロプスコに一週間くらい滞在してもバンパセーロ王国の依頼に間に合うわ。それでいい?」
「うん!」
転移装置は壊れているから、仮に何か見つかってもすぐに帰れるわけじゃない。
それに、たった一週間でどれだけ情報が集まるのかも分からない。
……でも、行ってみないことには何も分からないよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クヴァーロン王国・王都セロプスコ。
人口十万を超える大都市で、今までいたウィスバーロの町の数倍の規模を誇る。
そして、その奥には、巨大な城がそびえ立っていた。
「……すごい、大きい……」
町を行き交う人々の多さに圧倒されながら、私はセロプスコの光景を眺めていた。
町に到着し、まずは宿を確保することにした。
神殿に泊まることもできるが、光神官の仕事をしなくてはならないため、今日はやめておこうという話になった。
ということで、冒険者ギルド関連の宿屋に泊まるため、冒険者ギルドへ向かう。
冒険者ギルドは王都の中心街にあり、人の出入りも多い。
ギルドの中へ足を踏み入れると、その広さに思わず驚いた。
ウィスバーロの町のギルドの数倍はある。
周囲の冒険者たちからの注目を浴びているのは分かるが、なぜか絡んでくる者はいない。
二人とも美形で気品もあるし、一般人が話しかけにくい雰囲気は確かにある。
……けど、ここまで完全に無視されるのは、ちょっと不思議だな。
そう思ってムートに聞いてみると——
「俺とキュレネが強力な『話しかけるなオーラ』を出してるからな」
と、あっさり返された。
「話しかけるなオーラ? ……そんなの本当にあるの?」
「それに、キュレネには上位バージョン『女帝の睨み』があるからな。絡まれることはない、安心しろ」
「……何それ?」
謎のスキルにツッコミたい気持ちはあるが、まぁいいや。
とりあえず、二人の陰に隠れるように歩こう。
ギルドの受付に向かい、案内係の若い女性に冒険者ギルド関連の宿について尋ねる。
真っ先に紹介されたのは上級の宿。
まぁ、見た目が貴族っぽいし、お金もそれなりに持っていそうに見えるから当然か。
しかし、堅実なキュレネはそれを断り、普通の宿を紹介してもらう。
その後、この町の神殿の場所についても尋ねた。
なんと、この町には四つの神殿があり、そのうちの一つは城の敷地内にあるらしい。
——ああ、なんとなく城の神殿な気がする。
頭の中の声が、「転移装置の座標は城の敷地内にある」と告げた。
——やっぱり。
そこで、案内係の人に以前魔法絵師に描いてもらった絵を見せる。
神殿らしき建物と、祈る女性が描かれたものだ。
「この神殿、見たことありませんか?」
案内係の女性は、一瞬驚いた表情を浮かべた後——
「この町の神殿ではないと思います」
と、少し戸惑いながら答えた。
「ただ……城にある神殿は、私も入ったことがないので分かりませんが……」
「城の神殿に行きたいのですが、私たちでも入れますか?」
「一般の方は入れません」
——やっぱりそうか。
光神官だったら入れるのかな?
このあたりは、神殿で直接確認した方がよさそうだ。
すると、案内係の女性が言いにくそうな表情を浮かべ、小声で——
「……その絵ですが、この町で見せるのはやめた方がいいですよ」
と忠告してきた。
「この神殿に何かあるのですか?」
「いえ、神殿ではなく……人物の方です」
「この女性が誰なのか、ご存じなんですか?」
「やはり、ご存じないのですね」
案内係の女性は、少し言葉を選ぶように間を置き、静かに言った。
「ここでは話せませんが……今は、話題にしない方がいいですよ」
「……あっ、はい」
よく分からないが、何かとてもマズいことらしい。
これ以上聞くと迷惑になりそうだ。
そう判断し、この話題はここで切り上げ、宿へ向かうことにした。
「あの案内係の人……この絵の女性のことを知っていたみたいだけど、なんか変じゃない?」
「その絵の女性、この国の王女様かもしれないわ」
「えっ……王女様?」
「だいぶ前に亡くなったと聞いていたのだけど、なぜかその件について箝口令が敷かれたという話を聞いたことがあるのよ」
「だいぶ前って……いつ頃?」
「いつだったかしら……? 確か、もう1年近く前じゃないかと思うんだけど」
……まさか、柱が倒れたときに下敷きになったとかじゃないよね?
思わず、あの召喚の瞬間を思い出す。
「でも、私が呼ばれてから1年も経ってないんだけど……」
それとも、転移中に1年以上経過していたとか?
そんなことってありえるの?
「本当はまだ生きているけど、隠されている……とか?」
可能性をいくつか考えていると、キュレネがすっと口を開いた。
「私、明日、その人のことを調べるわ」
「あれ? みんなで一緒に行動するんじゃないの?」
「ごめん。ちょっと怪しげな情報屋に接触するつもりだから、一人の方がいいの」
「……なるほど。じゃあ、私は神殿の方を調べてみる」
「じゃあ俺は、街をぶらぶらしてくるか」
——ということで、明日はそれぞれ別行動することになった。