第47話 ネコ探し13 依頼完了
朝、寝苦しさを感じて目を覚ますと、ネコちゃんが私の上に乗っていた。
「動けるようになったんだ……良かった」
ギルドマスターたちの到着は午後とのことだったので、午前中はのんびりと過ごす。
昼食後、ふと空を見上げると、ペガサスが三匹、優雅に舞い降りてくる。その背から数人の人影が降り立った。
「あれが魔法士団の人たちか……」
少し遅れて、馬に乗った一行も到着する。今度はギルドマスターたちだ。
しばらくすると、応接室へと呼ばれた。
出席者は、フロールさん、その護衛、執事、メイドに加え、魔法士団副団長のチャノメレスと団員二名。
冒険者側は、ギルドマスターのアルベルトさん、受付課長のセリシャさん、そして私たち"クラーレットの奇跡"の三人。そして、なぜかネコちゃんまでついてきていた。
……なんだか、やたらと私になついて離れないのだけど。
まず、フロールさんが口を開いた。
「早々に集まってくれてありがとう」
「さすがに人使いが荒いぜ。昨日の夜に連絡しておいて、今日来いとはな。緊急って、一体なんの用だ?」
なんと、ギルドマスターは遠慮なくため口を使っている。
「まあ、見ればすぐにわかるわ。その前に……今日のことは、許可が出るまで他言無用でお願いするわね」
全員がうなずいたのを確認し、フロールさんが私たちに合図を送る。それを受けて、キュレネが静かに魔人の角を取り出した。
ギルドマスターの表情が一瞬で固まる。
「おいおいおいおい……これ、本物か?」
「あなたの目には偽物に見えるの?」
フロールさんが呆れたような顔でギルドマスターにツッコミを入れる。
「いや……これはヤバいな。まさか、こんなものが出てくるとは……」
ついで、ダークオニクスを二つ取り出す。一つは鶏の卵ほどの大きさ、もう一つはラグビーボールほどもある。
今度は、魔法士団のチャノメレスさんが固まった。
「……こんなに大きいダークオニクスが実在するのか? こんなものを使われたら、何千ものアンデッドが発生するぞ……!」
チャノメレスさんは、あらかじめ魔人については聞かされていたようだが、このダークオニクスの件はフロールさんにも知らせていなかった。そのため、まさかこんなものが出てくるとは思ってもいなかったようだ。
「魔人の姿も把握しておきたい」
「残念ながら、魔法絵師はおらんよ」
「私が描けますよ。何か描くものを貸していただければ」
渡されたペンを手に取り、ささっと素早く描き上げる。まるで写真のような精密な魔人の肖像画がそこに現れた。
「こ、これは……アンデッドマスター・ガリエン=ルゥ!?」
チャノメレスさんの声が震える。
「魔王直属の幹部の一人、生きていたのか……!? これはまずい。下手をすると、国が滅ぼされかねんぞ……」
応接室の空気が一気に張り詰める。
「なんたって、こいつに殺された者は、皆アンデッドとなって奴の仲間に加わる。うまく戦わなければ、こちらは全滅し、向こうは兵力倍増ってことになりかねん……。昔、帝国軍五万がこいつに蹴散らされたとも聞く。今の国力で、こいつと戦うのは厳しいかもしれん……」
チャノメレスさんの言葉に、場の空気が一層重くなる。だが、その沈黙を破るように、フロールさんが口を開いた。
「チャノメレス。そんなに悲観しなくてもいいでしょう?」
「……というと?」
「今回、魔人はそこの霊獣の魔力を使ってアンデッドを準備していた。でも――ここにいる"クラーレットの奇跡"のおかげで、その企みは未然に防ぐことができたのよ」
ギルドマスターと魔法士団クラスの人々には、霊獣の姿がしっかり見えているようだ。
「つまりね、霊獣なりの強力な魔力源がなければ、アンデッドの大群を維持するのは不可能ということよ。そんな都合のいい魔力源、そう簡単には見つからないわ」
「確かに……霊獣なんて、すぐには見つからねぇな。もし見つかったとしても、魔人が返り討ちに遭う可能性だってある」
ギルドマスターも、やや冷静さを取り戻した様子で腕を組む。
「では、話を進めましょう。まず、元々の依頼であるネコ探しは完了しました。そして、今回の件の背後に何者かがいることを突き止めれば報酬を出すと約束していましたが、魔人の関与があったことは確実でしょう」
「うむ」
「クラーレットのお嬢さん方は、今回入手した魔人の角とダークオニクスを冒険者ギルドに納めるとのことです。この場でギルドマスターが確認し、その後、魔法士団に譲渡する手続きを進めてください」
「それでよろしいですね、チャノメレス?」
「はっ」
どうやらチャノメレスさんは、フロールさんの元部下らしく、頭が上がらないようだ。
ギルドマスターは改めて魔人の角とダークオニクスを手に取り、じっくりと確認する。
「……本当にこれはやばいな。寒気がするぜ。この禍々しさ、本物であることは疑いようがない」
その横で、セリシャさんが形、大きさ、色などの特徴を手際よくメモしていく。
「譲渡金額については、魔法士団で鑑定した後に交渉。ただし、鑑定は一か月以内に実施すること。もし鑑定結果に不服があった場合は、返却してもらい、冒険者ギルド側でも改めて鑑定する。――これでいいか?」
「ああ。それにダークオニクスも角も非常に状態がいい。早急に鑑定を進められるだろう。おそらく、角の主がガリエン=ルゥかどうかの判定も可能だ」
「クラーレットの皆さんも、それで問題ありませんね?」
「ティアが描いた魔人の絵についても、情報料をいただきたいのですが」
「確かに」
こうして、話はまとまった。
魔法士団の部下が書類を作成している間に、今回の件について話し合う。
「ギルドマスターにお願いがあります。これからしばらくの間、この山の調査を行います。調査が終了するまで、冒険者の立ち入りも禁止しますので、この山に関係する依頼の中止や、冒険者へのアナウンスをお願いします」
「それから、このネコちゃんですが、魔法士団で保護してもらえますか?」
「ええ、魔人に渡すわけにはいきませんから、厳重に保護させていただきます」
そんなこんなで、出来上がった書類を確認し、サインをして手続きは終了した。
帰りの馬車は、フロールさんの依頼で村長が手配してくれた。村を出るとき、多くの村人が見送りに集まり、手を合わせて祈るような仕草で、「聖女様、ありがとうございました!」と口々に叫んでいた。
――どうやら、この村の人たちから聖女認定されてしまったらしい。
「結局、キュレネの言ったとおりだったな」
「何が?」
「ティアの引きが強いって話。まさかネコ探しの依頼が、魔人との対戦になるとはな」
「ほんとよね……まさかのS級との戦いなんて、さすがにやりすぎよ。今回は本当に危なかった。やっぱり、ティアに依頼を選んでもらうのは遠慮するわ」
「ただの偶然だってば」
後日、ギルドに呼ばれた。
「この前のネコ探し、報酬は二千万サクルだ」
今回の件の報酬として多いのか少ないのか、正直ピンとこない。ただ、もともとのネコ探しの依頼は百万サクルだったので、単純に二十倍になっている。
「ありがとうございます、ギルドマスター。貴族相手に、これだけ引き出せたのは、かなり頑張っていただけたのでは?」
「おう、わかるか。あいつら、金を出し渋るからな。『下手をすれば、魔人率いる数千のアンデッドが侵攻していたかもしれないんだぞ』って言ってやったわ。未然に防げたんだから、二千万サクルでも安いもんなんだがな。それでも、あれこれ理由をつけて出し渋りやがる、それでも今回は出してくれたほうだと思うぞ」
「それはそうと、あの魔人の角はアンデッドマスター・ガリエン=ルゥのもので間違いないらしい。国も総力を挙げて探しているが、いまだ見つかっていないようだ。角を切られて弱体化しているうちに討伐できればよかったが……もうこの国にはいないかもしれんな」
「やはり、角を切ると弱体化するんですか?」
「ああ、切り口から魔力が漏れ出すせいで、しばらくの間、うまく魔法が使えなくなるらしい。あと数カ月はおとなしくしているだろうな。
それから、騎士団と魔法士団が山の調査に入ったが、見つかったのはしょぼいアンデッドの巣がいくつかだけだったそうだ。危険度はそれほど高くないみたいだから、近いうちに立ち入り禁止も解除される見込みだ」
「それから、お前たちに朗報だ」
受付課長のセリシャさんが、その内容を伝えてくれる。
「今回の件で二万ギルドポイントを獲得しました。
これまでの合計が四万八千三百九十九ポイントになりました……」
「三万ポイントを超えましたのでBランク昇格となります!」
「おめでとうございます!」
「わしが知る限り、冒険者ギルド史上最速の昇格だ。Aランクに向けて、これからも頑張ってくれ」
セリシャさんは、Aランク昇格の条件についても説明を続ける。
「Aランク昇格には、一人十万ポイントに加え、四つ以上の国でBランク以上の仕事をクリアする必要があります」
「すでにこの国では条件を満たしているとみなされるため、残りの三カ国での達成をお願いします。
これは、高ランク冒険者には世界中で活躍してもらいたいという、冒険者ギルドの理念に基づいたルールです」
「さらに、一人につきBランクの魔物五十体相当の討伐が必要ですが、これは十万ポイントを貯める過程で自然と達成されることが多いので、あまり気にしなくても構いません」
「Aランクの詳細については、ギルドポイントなどの条件をクリアした時点で、改めてお伝えしますね」
私たち三人は笑顔で冒険者ギルドを後にした。
「思ってたより、ずっと早くBランクになれたわ。この調子なら、Aランクも現実的ね。ティア、この後、他の国々を回ることになるけど……大丈夫?」
「かまわないわよ。というか、私も国外で行きたい場所があるから、ちょうどいいわ」
私が最初に転移に失敗した場所や、他のダンジョンにも行ってみたかった。
そう考えた瞬間、ふと気づく。
――当初は「早く元の世界に帰りたい」という気持ちだけだった。
けれど今は、生活も充実し、世界を巡ることにも心が躍っている。
そんな自分自身の変化に、私は驚きを覚えていた。