第42話 ネコ探し8 首謀者
--------------------------(ここはキュレネ視点です)
転移の光が消え、視界が開ける。
そこはまるで鍾乳洞のような広大な空間だった。
直径50~60m、高さ20~30mはあるだろうか。
「……ここはどこ?」
私は警戒しながら辺りを見回した。
――ムートしかいない。
「私たちだけってどういうこと? なんで魔法を発動させたティアがいないのよ?」
混乱しながらも、すぐにある可能性が頭をよぎる。
ティアって、この依頼を出したフローラ様の拘束魔法も効いてなかったわよね……
もしかして…… 魔法耐性が異常に高すぎて、転移魔法も効かなかった?
「……とにかく状況を整理しないと」
そのとき――
「キュレネ、あそこにいるのは探しているネコじゃないか?」
ムートが指をさした。
私はその方向を見る。
鍾乳洞の中央に、魔法陣が刻まれた祭壇があった。
その上には――
四肢を拘束具で固定されたネコが、うつ伏せに寝かされている。
「ネコちゃん……!」
さらに、祭壇には奇妙なものが設置されていた。
まるで四脚の大きなエッグスタンドのような形状をしており、
その上には、禍々しい魔力を帯びたラグビーボールほどの大きさのダークオニクスが置かれていた。
「……これは?」
直感的に理解する。
このネコの霊獣から魔力を吸い上げ、ダークオニクスを起動している……?
今まで見たダークオニクスよりも、はるかに強大な魔力を感じる。
「とにかく、まずはネコちゃんを助けないと!」
私は急いで拘束具を破壊し、ネコちゃんを救出した。
しかし――
ぐったりとしていて、まったく動く様子がない。
「……どうすればいいかしら?」
――そのときだった。
ゾワッ……!!
一瞬、強大な魔力を上から感じる。
「キュレネ、何かやばい感じがする」
ムートの声とほぼ同時。
私は反射的に魔力を感じた方向を見上げる。
天井に空いた穴――そこから、何かが降下してきた。
「……魔人?」
それは紫色の肌を持つ、2mを超える巨躯。
顔立ちは人間に近いが、頭には牛のような巨大な角が左右に1本ずつ生えている。
そして――
背中には、蝙蝠の飛膜のような巨大な翼。
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
間違いない。
この存在は――
普通の敵とは次元が違う。
魔人らしき存在は、私たちから少し離れた場所に着地し、鋭い眼光でこちらを睨んだ。
「なぜここに人間が? 竜人までいるとは……」
「さあ、どうしてかしらね」
一目見て、ただ者ではないと分かった。できれば戦いたくない。なんとか脱出したいけれど、周囲は壁ばかり。だが、コレとは言葉が通じる。それなら、話術で活路を見出せるかもしれない。
「少し時間を稼ぐから、退路を探して」
私はムートに小声で伝えた。
「ふん、とぼけるな。霊獣が目当てか」
「たまたまよ。ここに来たら、ネコちゃんが捕らわれていたから助けただけ。霊獣をあそこに縛りつけたのは、あなたの仕業ね?」
「ああ。霊獣を使えば、数千体のアンデッドを操れるからな」
「数千ものアンデッド……どこかを襲うつもり?」
「ふん、お前には関係ない。邪魔をするな。それより……どうやってここに入った?」
「どうやって、とは随分ね。あなたの仕掛けた罠でここに転移したと思うのだけど? 入られたくないなら、そんな罠を設置しなければよかったのに。私たちだって好きで来たわけじゃないのよ。今すぐにでも帰りたいくらいだわ」
「転移の罠だと? あれは霊獣を捕らえるための特別製で、霊獣の魔力にしか反応しない。普通の人族では発動しないはずだ……まさか、別の霊獣を連れているのか?」
えっ、人間じゃ発動しない罠? 本来なら私たちは引っかからないはずよね? ……なんでティアはそんなものを発動させちゃったのよ。
「あなた、この霊獣だけじゃなく、他の霊獣も狙ってるの?」
「ああ。霊獣さえいれば、アンデッドをいくらでも作れるからな」
「――おしゃべりはここまでだ。ここを知られた以上、生かしてはおけん」
魔人が静かに言い放つ。
「お前たちを殺し、霊獣もいただくとしよう」
「私たちを殺したら、霊獣の居場所なんて分からないわよ?」
本当は霊獣なんていないけどね。
「なら、半殺しにして聞き出すまでだ」
手加減してくれるってこと?
――時間稼ぎもそろそろ限界ね。
「ムート、どう?」
「ダメだ。天井の穴以外に抜け道はない」
一瞬、天井の穴へと視線を向ける。
逃げるには、あの魔人をかわして、高さ20~30メートルの天井の穴まで辿り着かなければならない。
……そんなこと、できる?
それとも――戦う?
この状況では、魔人と戦わざるを得ないようね。
魔人は棒立ちのまま、右手を前に出し、掌をこちらに向ける。
「フレイムスピア」
掌から放たれた直径20cmほどの炎の槍が、一直線にこちらへ迫ってきた。
あの気の抜けた動作……私たちを格下と侮っているのね。
なら、その油断を突けば勝機はあるかしら?
「エアバースト!」
炎の槍に爆風をぶつける。轟音とともに炎が舞い上がり、視界を覆った。
その隙を突き、ムートが横から魔人に突撃する。
「パワースラッシュ!」
横なぎの強烈な一撃。
しかし、魔人は左腕で受け止めた。
――土魔法のアームシールドか。腕を硬化させ、攻撃耐性を付与する魔法。魔力量が桁違いに高い。
ムートの一撃の衝撃で、魔人は50cmほど後退したが、負った傷は左手にわずかに切れ目ができただけだった。
「ぐぅ……この私に傷をつけるとは」
すかさず、キュレネが背後から剣で突きを放つ。
だが、魔人はその剣を素手で掴み止めた。
――想定通り。
導魔のレイピアの真骨頂は、剣先からの魔法発動――至近距離からの
「メガフレイム!」
魔人は避けきれず、炎が直撃する。
――だが、致命傷ではない。
あれを食らって平然としているなんて……まずいわね。
「貴様ら……許さん。半殺しのつもりだったが、やはりここで死んでもらう」
「フレイムスピア」
今度は左右の手から炎が立ち上る。
――フレイムスピアの二連撃!? まさか並列魔法!?
複数の魔法を同時に行使する高等術式……エレメンタルマスター級の実力!?
先ほどのエアバーストでは片方しか迎撃できない。ならば――
「グランドシールド!」
土魔法で前面に分厚い壁を作る。
――これで炎は防げる。
フレイムスピアがグランドシールドに触れた、その瞬間――
「爆ぜろ」
――ッ!?
まさかの爆発。
グランドシールドが砕け散り、爆風が全身を襲う。
後方へ跳ぶも避けきれず、吹き飛ばされて壁に激突した。
「ぐふっ……」
強烈な衝撃が全身を貫き、意識が霞む。体が動かない。
そんな中、ムートが魔人へと飛び込んでいくのがかろうじて見えた。
「神速剣!」
高速の連撃。
だが、ムートの動きが突然止まる。苦しげな表情――
「パラライズガード」
――攻撃を受けると同時に麻痺を付与する黒魔法。
しかも、同時にアームシールドを発動していたため、ダメージはごくわずか……!
動きを封じられたムートの胸めがけ、魔人が鋭い爪を突き出す。
――間に合わない!?
「ドラゴンブレス!!」
ムートは口から勢いよく炎を放射する。
不意を突いた一撃が魔人を襲い、その反動を利用して私の近くまで飛んできた。なんとか退避には成功したが――
――麻痺が効いてるのか、その場に倒れ込んだ。
一方、魔人の左上半身は焼けただれていた。
しかし――
まるで痛みすら感じていないかのように、平然としている。
「人間にしては強かったな。だが――これで終わりだ」
魔人が私たちに向けて魔法を放とうとした、その瞬間――
突如、横から魔法が飛んできた。
直撃を受けた魔人が吹き飛ばされ、壁に激突する。
――何が起こったの!?
魔法が飛んできた方向を見ると、鋭い目つきで魔人を睨むネコちゃんが立っていた。
さっきまでぐったりしていたはずなのに、もう回復したの!?
そう思ったのも束の間、ネコちゃんはその場に崩れ落ち、動かなくなる。
――最後の力を振り絞って、私たちを助けてくれたのね……!
今のうちに、ムートの麻痺を解除しなきゃ!
私はすぐに魔法を詠唱し、ムートの体にかける。徐々に動けるようになったムートも、今度は私に向けてヒールをかけ続けてくれる。
だが――
魔人が再び動き出した。
私たちは、ようやくゆっくり歩ける程度には回復したものの、とても戦える状態じゃない。
――どうする? 何か、打開策は……!?