第40話 ネコ探し6 アンデッドの謎とネコ探し2
次の日、フロール・パピリオ邸を訪れた。
手掛かりを見つけたら報告するよう言われていたからだ。
執事が応対し、前回と同じ応接室へと案内される。しばらくすると、この前のメイドが現れ、お茶を運んできた。彼女は静かに席に着く。
今回も、執事とメイドが報告の対応をするらしい。
私たちは、アンデッドの出現とネコの活動がリンクしていること、ネコらしき存在がアンデッドを退治している可能性が高いことを伝えた。さらに、アンデッドの近くで見つけた黒い石のかけらを取り出し、それも報告する。
「失礼します」
執事が黒い石を手に取り、慎重に観察した。
「なるほど。これは普通の石ではなさそうですね。少しお借りしてもよろしいですか?」
「はい」
執事はメイドに石を渡し、フロール様へ報告に向かわせる。
待っている間、キュレネはアンデッドが増えて村人への被害が出ていること、今回は特別に治療を施したことを伝えた。そして、領主の一族としてアンデッド対策を講じるべきではないかと提案し、ついでに「討伐の際は指名依頼をしてくれれば対応する」と宣伝もしておいた。
ノックの音とともにフロール様が入室し、席につくなり、興奮気味に言った。
「これは……ダークオニクスかもしれん」
「ダークオニクスって、あの“永遠の命をもたらす宝石”と言われている?」
どうやらキュレネはこの石を知っているらしい。
「ああ、そんな噂もあるけれど……実際のところ、“永遠の命”とはつまり、アンデッドになって活動し続けるという意味よ」
うげっ、なにそれ。
「もしこれが本物のダークオニクスだとしたら、山でのアンデッド発生は誰かが意図的に仕組んだものということになるわね。魔法士団に渡して鑑定を依頼しましょう」
「本物だった場合、どうなります?」
「騎士団や魔法士団を派遣して、山の調査を行うことになるでしょうね」
「えっ、ではネコ探しは中止ですか?」
「いいえ。騎士団や魔法士団が今すぐに動くということないでしょう。ネコちゃんはかなり弱っているから、一刻も早く見つけてほしいわ」
「……でも、アンデッドがいるなんて聞いてませんでした。明らかに異常事態ですし、報酬アップをお願いしたいのですが」
キュレネは貴族相手でも堂々と交渉するんだ。すごいなぁ。気の弱い私には、とても言えない。
「うーん……もともと山には魔物がいるんだから、アンデッドがいても大差ないでしょう?」
「ダークオニクスが使われているのなら、高位の魔術師が関与している可能性があります。さらに、背後に何らかの組織が動いているかもしれません」
「……わかった。この事件を引き起こしている何者かがいると証明できるなら、追加報酬を出しましょう」
証明できなければ、報酬は変わらないってことだよね?
何者かを特定するのは簡単じゃないし……うーん、なんかうまく利用されている気がするなぁ。
フロール邸を後にし、準備を整えて再び山へ向かう。
村人に教えてもらった「コボルドに遭遇しやすい場所」のうち、残り4箇所を調査することにした。
最初の3箇所では、特に異常のないコボルドの群れを確認。彼らとは戦わず、見つからないよう慎重に撤退し、最後の1箇所へと向かう。
そこに到着すると、すぐにアンデッド化したコボルドの群れが目に入った。しばらく張り込みながら様子をうかがうと、彼らが死体を洞窟の中へ運び込んでいるのが見える。
「……遺体を洞窟に運び込んで、そこでアンデッド化させているのかしら?」
どうやら、襲って殺した獲物を洞窟に運び込んでいるようだ。
「洞窟の中を確認したいわね。ついでに、ここのアンデッドも壊滅させましょう」
キュレネの提案に従い、周囲のアンデッドをすべて討伐する。
洞窟に入ると、禍々しい魔力を放つ鶏の卵ほどの大きさのダークオニクスらしきものがあった。
「……この状態で触るのは危険そうね。本当は無傷で回収したかったけど、破壊するしかないかしら?」
「魔力を消せばいいのよね。アンチマジック。」
瞬間、禍々しい魔力が霧散し、浄化されたダークオニクスを無事回収することができた。
「……今、しれっと変な魔法使わなかった?」
「普通のアンチマジックだけど……?」
「そんな魔法、あったかしら? まあいいけど……」
うーん、私、一般的な魔法についてあまり詳しくないのよね。
でも、あまり突っ込まれないから気にしなくていいか。
「それにしても……ここのアンデッド化したコボルドの群れ、さっき見た3箇所の生きているコボルドの群れより、かなり規模が大きい気がするわね」
「大きな群れをターゲットにした方が、アンデッド化させる効率がいいってことじゃない?」
「……もう一度、村人に聞いてみましょうか。この前は思いつく場所を適当に教えてもらっただけだけど、コボルドの巣はほかにもあるはずだし。できるだけ規模の大きい群れがどこにいるか、改めて確認してみましょう」
村へ戻り、村長に協力を仰ぐ。
彼に頼んで山に詳しい村人を集めてもらい、大きなコボルドの巣がないか尋ねた。
「確かに大きなコボルドの巣はいくつもあるだろうが……最近は森の奥まで行くことがないから、正確な場所はわからんなぁ」
「そういえば昔、ストノじーさんが森の奥で“キング”を見たって言ってなかったか?」
「あー、言ってたな、そんなこと」
「キング?」
「コボルドキングのことさ。普通のコボルドよりも大きくて強く、群れを率いる存在だ」
そんなコボルドがいるんだ……。
「そこは確認する必要がありそうね」
村人にストノじいさんの家を教えてもらい、会いに行くことにした。
彼はすでにかなりの高齢で、動くのもやっとの様子だったが、なんとか対応してくれた。
「……おお、女神様が来たということは、ここはもうあの世か?」
一瞬ドキッとしたが、キュレネを見て言っているようなので、まあ問題ないかな。
「以前、コボルドキングを見た場所を教えてほしいのですが」
「コボルドか……ああ、あれは怖かったのう……」
「どこで見たのか、覚えていますか?」
「山じゃ」
「えっと、山のどこですか?」
「山じゃ」
……ダメだ、まともに会話が成立しない。
家の人にも確認したが、コボルドキングの情報は知らないという。仕方なく、「元気なときに思い出したら教えてほしい」と頼んで、その場を後にした。
とりあえず、再び山へ入る。
やみくもに探索してみたが、何の手がかりも見つからない。
たまにアンデッド化したコボルドと遭遇するが、大した頻度ではない。もしかして、そこまで数はいないのかしら?
「うーん……。地道に探すしかないのかもしれないけど、何か効率のいい方法はないかしら? このままだと時間がかかりすぎるわ」
確かに、キュレネの言う通り急ぐ必要がある。
ネコちゃんは弱っているというし、依頼の期限も1カ月しかない。
しかし、この広い山をしらみつぶしに探索するのは現実的ではない。
「ティア、前に神様にお願いしたやつ、試してみないか?」
「……ん?」
「ダンジョンの入り口を見つけたときのやつ」
ああ、あれか。
木の棒を投げて、倒れた方向へ進むっていうやつ。
インチキだったけど、 ムート、あれを本気で信じてるのかな? まあいい、試してみよう。
見晴らしのいい、山全体を見下ろせる場所へ移動し、適当な木の棒を空高く放り投げる。
今度は完全に運任せ。
棒が地面に落ち、倒れた方向を見ていると――
遠くに、黒い煙が上がっているのが見えた。
「あれ……ティアの発煙石の煙の色と同じじゃない?」
発煙石。それはダンジョン調査の際、森ではぐれたときに位置を知らせるために用意したものだった。
割ると煙が上がる仕組みで、誰が使ったかわかるように、それぞれ自分の髪と同じ色の煙を出すものを持っている。
「……ティアの石ってことはないわよね?」
「あんなところ行ってないんだから、違うだろ」
「とにかく、あの場所へ行ってみましょう」
ムートが方角を確認し、一行は煙の立つ場所へと向かった。