第39話 ネコ探し5 アンデッドの謎とネコ探し1
村長の家の離れで一夜を過ごし、朝食を終えた頃、村長に呼ばれた。すると、昨日アンデッドに噛まれて神殿へ運ばれた3人も同席していた。
「こいつらは山のことに詳しいし、ぜひお礼をしたいと言うので、呼んでおいた」
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ、まだ山には行けないが、日常生活には支障ない程度には回復した。本当にありがとう。正直、もうダメかと思っていたが、こんなに早く治るとは思わなかった。昨日はろくに礼も言えなかったが、俺たちにできることがあれば何でも言ってくれ。それで、フロール様からの依頼というのは?」
「ルガバーロ山でのネコ探しです。山のことは村人に聞けと言われました」
「ルガバーロ山のネコって……もしかしてネコ神様のことか?」
ネコ神様?なんか妙な話になってきたぞ。
「ルガバーロ山には、古くからネコ神様が住んでいるという言い伝えがあるんだ。本当かどうかは分からないが、実際に助けられたという者が何人もいる」
「その話は本当だ。俺も少し前にアンデッドに襲われたとき、ネコ神様に助けられた」
「ネコ神様って、どんな姿をしているんですか?」
「いや……姿は見ていない。ただ、近くにネコの足跡があったし、一瞬、影のようなものを見た気がする」
「姿を見ていないんですか?」
「ネコ神様は普通の人には見えねぇよ。昔の領主様は助けられたときに姿を見たらしくて、ルガバーロ山の頂上にネコ神様を祀る祠を建てたそうだ」
ネコ神様は見えない……? それなら、今回の捜索依頼のネコと同じ存在で間違いなさそうだ。
「あんたたちが探しているネコが、そのネコ神様かどうかは分かりませんが……見つけたらどうするつもりなんですか?」
「なんでも、山で弱っているらしいので、保護する予定です」
「そうか。危害を加えないなら安心だ」
「ネコ神様に助けてもらったのは、いつ頃の話ですか?」
「二カ月くらい前だな」
その頃は、まだ元気だったんだ……。
「助けてもらった場所は、山のどのあたりですか?」
簡単な地図を描いてもらい、行き方を確認する。ルガバーロ山には頂上までの道があり、ネコ神様に助けられたのは、その頂上を越えた先だった。その他にも、道中の目印になるものをいくつか教えてもらう。
「じゃあ、まずはネコ神様の祠と、助けてもらった場所に行ってみましょうか?」
「この山にはコボルドが多い。奴らは縄張りを持っているから、そこに入らなければ滅多に襲われることはない。山道は縄張りの外だから、これまではそれほど危険じゃなかったんだが……最近、そのコボルドがアンデッド化した『アンデッド・コボルド』と遭遇することが増えてきた。アンデッドになると縄張りの概念がなくなるみたいで、道にも頻繁に出没するようになった。単体なら大したことはないが、集団だと厄介だし、エルダー級の上位種がアンデッドになっていたらヤバい。気をつけろよ」
「アンデッドは、いつ頃から出るようになったんですか?」
「半年ぐらい前だな。最初に遭遇が確認されてから、時々見かけるようになった。ここ一ヶ月ほどで特に数が増えてきている気がする」
私たちクラーレットのメンバーは顔を見合わせ、小声で話し合う。
「半年くらい前って、ネコちゃんが屋敷に来なくなった時期と一致するよね?」
「しかも、完全に姿を見せなくなったのは一ヶ月前……。これ、完全にリンクしてる」
「ネコちゃん、アンデッドと戦ってケガをして、弱ってるとか?」
これは確実にアンデッドと何らかの関係がある。
あの婆さん……なんとなく状況を理解してたんだな。だから、ネコ探しの依頼料を100万サクルにしたのか。
……全然、お得感がなくなったよ。
「コボルドの巣や、コボルドに遭遇しやすいポイントがあれば教えてください」
すぐに思いついた場所を地図に書き込んでもらうと、全部で五箇所あった。
準備をしていると、村人からの差し入れでお弁当をもらった。
ありがたい。お礼を言って、山へ出発する。
「そもそも、アンデッドって何で死体が動くの?」
「何らかの魔力を得て動いているとされているわ」
「魔力の強い魔物が死んで、そのまま放置されると、周囲に魔力が流れ出して、近くの死体がアンデッド化した――って話を聞いたことがあるわ。ただ、いろいろな条件があるみたいで、普通はそう簡単にはアンデッドにはならないわね。噂では、死霊魔法というものがあって、人為的にアンデッド化させる方法もあるらしいわ」
大きな魔力源がこの山に放置されている?
あるいは、死霊魔法を使える誰かが暗躍している……?
なんだか、厄介ごとの匂いがする。
そんな話をしながら山を登り、ついに頂上にある祠へとたどり着いた。
これがネコ神様の祠なのね。
石造りで、幅・高さ・奥行きがそれぞれ二メートルほどの、小屋のような建物。正面にはペット用の出入り口のようなものがあり、側面には窓のようなものがついている。
中には、何もいない。
もしかして、これはネコ用の家? 使われているのかいないのか、よくわからない……。
ここに住んでいる可能性も、ある……?
せっかくだし、お供えでもしてみようかな。ネコだから、やっぱり肉がいいよね?
荷物から、お弁当の袋を取り出す。
中を覗くと、サンドイッチ風の食べ物とドライフルーツが入っていた。
……ちょっと、お供えには向かないわね。
お弁当を脇に置き、荷物の奥にあった自前の干し肉を取り出して、祠の前にそっと置く。
その瞬間——
「ティア、危ない!」
キュレネの叫びとともに、影が横切った。
とっさに飛びのくと、一メートルほどの茶色い鳥型の魔物が降りてきて、干し肉をくわえて飛び去ってしまった。
……びっくりした。空から狙ってたのね。
「ティア、何してたんだ?」
「お供え物だけど……」
「は? なんだそれ、普通は肉なんか置かないぞ。ネコをおびき寄せたかったのか?」
……あー、もしかして非常識なことしちゃった?
と、反省していると——
今度は祠の後ろの茂みから、何かが飛び出してきた。
ネコ神様!?
と期待したのも束の間——それは、さっとお弁当の袋をつかむと、すぐに茂みの中へと消えていった。
「コボルド?」
「ああ、小さかったから、子供のコボルドだろうな」
……せっかくのお弁当、取られちゃったよ。
トホホ……。
気を取り直して、ネコ神様に助けてもらったという場所へ移動した。
しばらく周辺を見て回るも、特に何もない。
……まあ、そうだよね。
「近くにあるコボルドの巣に行きましょうか?」
「ここに現れたのがコボルドのアンデッドだとすると、この付近を縄張りにしていたコボルドの群れがアンデッド化しているかもしれない。そこに何か手がかりがあるかも」
「村の人に教えてもらったコボルドとの遭遇ポイント、確かこのあたりだったわね」
道から外れ、木々の中を進むと、獣道を見つけた。
「多分、コボルドの通り道だな。これを辿れば、コボルドの巣に行けるかもしれない」
道なりに進むと、やがて山の斜面に大きな横穴が現れた。
「……多分、あれがコボルドの巣だな」
横穴の周辺には、バラバラになったコボルドの死体がいくつも転がっている。
「ずいぶん多いわね……かなり大きな群れだったみたい」
「血も出ていないし、アンデッドになってから倒された感じだな」
「……鋭い爪で引き裂かれたような痕。多分、ネコちゃんの仕業ね」
ネコちゃんが……アンデッド退治をしている?
三人で警戒しながら横穴へ近づく。
——異臭がする。
「間違いなく、コボルドの巣だな」
キュレネが光魔法を使い、横穴の中を照らした。
見える範囲には、やはり死体しかない。生きているものの気配は感じられなかった。
キュレネとムートは迷わず横穴に入っていく。
私も、ちょっと躊躇したが……嫌々ながら、後に続いた。
「ここの死体も、アンデッドになった後に切り裂かれている感じね」
……アンデッド化していない普通の死体は、一つも見当たらない。
「アンデッドを全滅させたのがネコちゃんだとしたら、そもそもアンデッドになる前にこのコボルドたちは死んでいるはずよね。どうして死んだのかな?」
「それに、死んだあと、なぜアンデッド化したのかも謎ね」
近くに魔力源がある? それとも、誰かが死霊魔法でアンデッド化させた?
魔力源があるのかもしれない……と周囲を見回すと、ふと、黒くて妙にきれいな石が目に留まった。
いくつかに砕けているが、元は鶏の卵くらいの大きさだったのだろう。
「……これ、何かわかる?」
「うーん。宝石っぽいけど、この場にあるのが不自然ね」
キュレネが拾い上げ、じっと確認する。
「……何らかの魔力の残滓を感じるわ。それに、魔力との相性が普通じゃない。何かの魔導具じゃないかしら?」
「魔導具?」
「ええ。とりあえず、回収しておきましょう」
魔導具が関係しているということは……このアンデッド事件、人為的な関与があるってことか?
「……とりあえず、今日は戻りましょうか」