第38話 ネコ探し4 村人たちとの交流
早速、村長に会いに行くことにした。
道すがら、何度も怪訝そうな目を向けられる。よそ者が珍しいのか、それとも単に嫌われているのか……とにかく、居心地が悪い。
畑の中の道を進むと、比較的近い距離にいくつもの家が集まっている場所があり、その中でも特に広い敷地に建つ平屋が村長の家らしかった。
入り口から敷地内に入ると、年配の女性がいたので声をかける。
「こちら、村長のお宅ですよね?」
「ああ、そうだが今はいないよ。……お前さんたち、何者だ?」
「冒険者です」
「冒険者? そうは見えないけど……。確か、今は村からの依頼はなかったはずだが。お嬢さんたち初心者だろう? もっと楽な場所へ行ったらどうだい。くれぐれも山を荒らさないでおくれよ」
うーん……なんか冷たいな。冒険者は嫌われてる?
「そうですか……。フロール・パピリオ様からの紹介なのですが、村長はいつ頃戻られますか?」
「ああ、あの方の紹介か」
「今朝、ルガバーロ山に入った人たちが、大けがをして戻ってきてな。神殿へ運び込まれたから、お見舞いに行ったよ。多分、そのあと色々と話し込むだろうし、いつ戻るかわからないねぇ。また明日にでも来なさいな」
「神殿にけが人ね……。私たちも行ってみましょうか? 治療できるかもしれないし」
えっ、意外。ネコ探しの依頼を後回しにして、知りもしない人を助けに行くなんて。
そう思ったのが伝わったのか、キュレネが反応する。
「ん? ただの人助けじゃないわよ。……なんかこの村の人たち、閉鎖的なのか警戒しているのかわからないけど、私たちに協力してくれる気が全然しないのよね。だから、先に恩を売って協力を得る作戦よ」
人助けのふりをして別の意図があると知り、なんだ裏があるのか、と顔に出してしまうと、キュレネが怪訝そうな表情をした。
「村人にとっても、私たちにとっても損はない、いい案だと思うけど……不満?」
そう言われると、確かに誰も損をしないし、自然といい雰囲気が作れる。下手に交渉するよりずっといいかも。
「すごくいい案だと思う」
「ただ、恩を仇で返す人たちもいるから、その辺の見極めは重要だけどね」
そんなことを話しているうちに、村長の家から少し離れた丘の上にある小さな神殿へと到着した。
すると、一人の青い神官服を着た人物が近づいてきた。
青色神官は補佐役だったわね。
「私たちはフロール・パピリオ様に用があり、この村を訪れたのですが、けが人がいると聞いてやってきました。私たちは光神官ですので、必要であれば治療に協力させていただこうと思ったのですが?」
「それは助かります」
そう言われ、神殿の責任者である紫神官のもとへ案内される。以前もらった光神官カードを提示すると、紫神官は驚いた表情を浮かべた。
「3人ともグレゴリオ神官長が直々に発行した光神官カードをお持ちとは……恐れ入りました。私はトーレスと申します。ご助力に感謝いたします」
どうやら、このカードには発行者を示す紋章のような模様がついており、それを見れば誰が発行したものかわかるらしい。
……あのおっさん、そんなこと言ってなかったよ。
紫の神官服に着替え、治療の準備を整える。
今日運び込まれたのは3人。患部は腫れ上がり、激痛に苦しんでいるのか、身動きも取れず、会話すらままならない状態だった。
「この症状に心当たりはありますか?」
「ええ、アンデッドに噛まれた傷です。最近、山にアンデッドが出現するようになり、被害が頻発しているのです」
「実は奥にも、同じようにアンデッドに噛まれた患者が10人ほどいます。中には、ここへ運ばれてからひと月近く経つ者も……。噛まれた部位の周辺が壊死し、発熱もひどく、かなり衰弱しています。最近では幻覚を見るようになり、夜中に叫ぶことも……」
「私のヒールでは、悪化の進行を少し遅らせることしかできません。むしろ、回復魔法を使うことで苦しみを長引かせているのではないかと……心が痛むのです」
すでに亡くなった者もいるという。
「アンデッドって?」
いつものように小声でムートに尋ねる。
「ん? アンデッドも知らないのか? 死んだ魔物や人間が、死んだままの状態で活動する存在だ」
……ああ、ゾンビみたいなやつか。
「アンデッドに噛まれたら、アンデッドになったりする?」
「そんなことはないな」
「良かった。この人たちはアンデッドにはならないんだ」
なんとなく、ゾンビに噛まれるとゾンビになるというのが常識だと思っていたけど……ここでは違うらしい。
「かなり瘴気にやられているみたいね。キュレネには何か見えるのかな?」
瘴気って、おそらく細菌やウイルスの類よね。毒成分も含まれているかしら?
普通のヒールは流行り病には効かないと言っていたから、たぶん免疫系の強化や病原体への作用は期待できない。傷をふさぐだけではダメそうね。
エクストラヒールなら病原体の退治や解毒の効果もあるみたいだから、これを使うべきね。
……と言っても、私、それしか使えないけど。
そう判断し、キュレネにもエクストラヒール(改)の使用を勧める。
「特別な魔法だと気づかれることはないと思うけど、できれば人前では使いたくないわね。特に神官には気づかれたくないし……」
そういえば、精霊教会で禁止されている魔法だったっけ。
……あれ? 私、前にみんなの前で堂々と使っちゃったよ。
「すいません、少し強い魔法を使います。その際、瘴気が周囲に飛び散るかもしれませんので、部屋の外に出ていてください」
キュレネ、こういうとっさの嘘がうまいの、ほんとすごいな。
そして、私とキュレネで全員に魔法をかける。
とりあえず、病原体や毒を消してしまえば、その後の治療はヒールでもできるので、ムートも加わってヒールをかけた。
「一通り治療はしました。今日運び込まれた人は、すでに腫れが少し引いて、起き上がって会話ができるぐらいまで回復しました。ただ、以前からいた患者さんたちは、かなり体力が消耗していますので、回復には時間がかかりますが、徐々に良くなっていくでしょう。この状態であれば、トーレスさんのヒールでも十分に効果があると思いますよ」
「ありがとうございます」
そのとき、一人の男性が前に出てきた。
「村長のクエルクスです。村を代表して、お礼を申し上げます」
神殿の別の部屋にいた村長が、村人たちの回復の話を聞きつけて駆けつけてきたようだ。
「私たちはフロール様からの依頼でこの村を訪れました。神官ですが、本職は冒険者です。フロール様の紹介で、村長を探しておりました」
そう言って、紹介状を手渡す。
「フロール様から、あなた方に協力するよう仰せつかりました。あなた方は、この村の恩人でもあります。
私の家の離れを用意しますので、どうかそちらに滞在してください」
どうやら、キュレネの作戦はうまくいったようだ。
本来なら、光神官の制度を利用して神殿に泊まるつもりだったが、村長の申し出に従い、村長宅の離れに宿泊することにした。