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第37話 ネコ探し3 依頼者との面会

 冒険者ギルドから、ネコ探しの件の紹介状と案内図を受け取った。


 ――あれ? 案内図によると、目的地はずいぶん町から離れている。

 てっきり、この町でネコ探しをするんだと思ってたんだけど……。


「ちょっと見せて。クラリーベ村? ルガバーロ地方のサンクトレント湖の周辺なのね。このウィスバーロの町から北北西に馬車で2~3日……山の中って感じね。それで、面会日はいつなの?」


「4日後」


「すぐに出発の準備をしないとね。貴族との面会の約束を破るわけにはいかないわ」


 急いで馬車の手配をし、慌ただしく準備を済ませ、翌日出発した。


 道中は特に問題なく、無事にクラリーベ村へ到着。


 ここは山々に囲まれているが、広々とした高原のような場所だった。広大な畑や牧場が広がり、村としてはかなり大きい。そして、何より目を引くのが――


 大きな湖と、その背後にそびえる雄大な山々。


 美しい景色が広がるこの地に、湖のほとりに立派な屋敷が建っていた。


 ――さすが貴族。まるで高級リゾートの一等地みたい。


 門番に取り次ぎを頼むと、中から老年の執事が現れ、応接室へ案内される。


 そこは、絵画や彫刻、花瓶などの装飾品が飾られた豪華な部屋だった。


 中央には立派なテーブルとふかふかのソファーが置かれている。


 ――やっぱり、貴族の屋敷は格が違うわね。



  ソファに座ると、お茶が運ばれ、しばらく静かな時間が流れる。


 やがて、ノックの音が響き、扉が開いた。


 先頭は先ほどの執事。その後ろに護衛の大男、上品な老年の女性、そして最後にメイド姿の女性。4人が順番に部屋へ入ってくる。


 老年の女性が微笑みながら言った。

「あら、ずいぶん可愛らしい娘たちが来たのね」


 私たちも立ち上がると、女性が一歩前に出て名乗った。

「私が依頼者のフロール・パピリオよ」


「私たちは、冒険者『クラーレットの奇跡』です。よろしくお願いいたします」


「どうぞ、お座りになって」


 促され、私たちは再び席についた。だが、向こう側で椅子に座ったのはフロールさん一人。執事、護衛の男、メイドの3人は後ろに控えたままだった。


「本来なら、私が冒険者に直接会うことはないのだけれど……」


 フロールさんはゆっくりと言葉を続ける。


「ネコちゃんを探すには、魔法士の私が直接適性を見極める必要があるのよ。だから――ちょっとした試験をさせてもらうわ」


 ――試験!? 何それ!?


 次の瞬間、後ろに控えていた護衛の大男が鋭い視線を向ける。


 その直後フロールさんが何かの魔法を発動した。


 「っ!」


 とっさにキュレネとムートが席から飛びのく。


 だが、私は状況が飲み込めず、ただポカンと座ったままだった。


「2人は素晴らしいわね。合格よ」


「もう一人は――失格」


 ――えっ!? ちょっと待って!?


「これが試験だったのですか? すみません、意味が分からなくて……」


「えっ……あなた、動けるの?」


「はい? まあ、普通に動けますけど……何か?」


 フロールさんは一瞬、驚いたように沈黙した。

 そして、しばらく考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。



「これは、威圧で平常心を奪い、その隙に拘束魔法をかけて、不意打ちの魔法への対処や魔力の強さを見る試験だったのよ」


 ――え?ネコ探しに魔力が必要なの?


 もしかして、不意打ちで魔法を食らう可能性があるってこと?

 ていうか、普通のネコじゃないの!?


「魔法に備えていれば、自分の魔力で防げるでしょう? でも、不意打ちの時は防ぐための魔力を準備できていないから、まともに食らう。だから、威圧にひるんで簡単に拘束されたら不合格。拘束魔法は距離が離れるほど効力が弱まるから、あの二人のように咄嗟に距離を取るのは正解よ。そして、体勢を立て直して自分の魔力で拘束を防げていれば合格――そういう試験だったの」


 フロールさんはそこで一息つき、不満そうな顔で続けた。


「……信じられないけど、あなたは何もしなかったのに拘束されなかったわね。どういうことかしら? 不意打ちの拘束魔法が効かないなんて」


 ――えぇ……知らないよ、そんなの。

 効かないものは仕方ないし、理由なんてわからない。


 なんと答えればいいのか迷っていると、護衛の男が口を挟んだ。

「大奥様、少しよろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「こいつに、俺の威圧が効いたようには見えませんでした。質問させてもらってもいいですか?」


「いいわ」


 護衛の男は私に視線を向け、じっと見つめながら問いかける。

「お前、俺の威圧を受けて、なぜ平然としていられた?」


「……威圧、ですか? えっと、あの怖い目のことですか? すみません、よくわからなかったので反応できませんでした」


 護衛の男は一瞬、呆気に取られたあと、苦笑いした。

「まいったな……俺の威圧がわからないって言われるとは。自信なくすぜ」


 そう言って肩をすくめると、フロールさんに向き直る。

「大奥様、俺の威圧が効かなかったせいで、不意打ちにならなかったのかもしれませんが……この嬢ちゃん、相当強いのは間違いないですぜ」


「そう……まあ、威圧も拘束魔法も効かないのなら、合格でいいわ」


 フロールさんは軽くため息をつき、少し拗ねたような表情を見せる。

「3人にあっさり魔法を防がれると、なんだか悔しいわね。でも、まあいいわ。あなたたちにネコ探しの依頼をするわ。詳しいことは執事に聞いて」


 そう言い残し、護衛とともに退室していった。



 ――なんか、よくわからない試験だけして出て行っちゃったよ……。


 取り残された私たちの前で、執事とメイドが静かに席に着く。


「いきなりの試験、失礼いたしました」

「大奥様はあのようにおっしゃっていましたが、あなた方の実力には大変満足されているようです」


 ――え、そうなの??


 驚いていると、執事はさっそく本題に入る。

「早速ですが、探していただきたいネコはこちらです」


 そう言って、黒インクで描かれた絵を見せられた。


 ――えっと……これは……ネコ?


 ヤマネコのようなシルエットで、体には黒い斑点模様。

 前足には、普通のネコとは思えないほど大きな鉤爪がある。


「色や大きさは?」


「薄茶に黒の斑点だそうです」


 ――だそうです?


「大きさは、正直なところよくわかりません」


 ――え?


「この屋敷で飼っているネコではないのですか?」


「飼っている……というよりは、大奥様が屋敷への出入りを自由にさせている、といった感じでしょうか」

「大奥様がとても可愛がっているご様子は見受けられるのですが、屋敷の他の者には見えないのです」


「……え?」


「そのネコ、本当にいるんですか?」


「ええ、おそらく。姿は見えなくとも、足音や気配は確かにありますので」


 ――姿が見えない……?


 私が戸惑っていると、執事が手元の絵を指で示しながら続ける。


「この絵は、大奥様がご自身で描かれたものです。つまり、大奥様にははっきり見えているのでしょう」

「大奥様の魔力確認に合格なさったあなた方なら見えるのではないでしょうか?」


 ……つまり、一定以上の魔力がないと見えないってこと?


 ――なるほど、それでさっきの試験か。



「現在、そのネコはルガバーロ山のどこかにいることは間違いないようです」


「どうしてわかるんですか?」


「大奥様は代々伝わる魔法で、ネコの魔力を検知することができます。ただ……日に日にその気配が弱くなっているそうで」


「……弱くなっている?」


 ――つまり、何か良くないことが起きてるってこと?


「そのネコ……というか、その生き物は魔物なんですか?」


 ――あの試験をされたってことは、不意打ちで魔法攻撃される可能性もあるってことだよね?


 執事は少し考え込んだ後、静かに答えた。


「大奥様は、そのネコを――霊獣鉤爪山猫(ウングラリュンクス)と呼んでおりました」


「……霊獣?」


 聞き慣れない単語に、思わず隣のムートに小声で尋ねる。


「霊獣って何? 魔物とは違うの?」


 ムートは小さく頷く。


「ああ。魔物とは違って、体が魔力で構成されている不思議な生き物だ」


 ――魔力でできてる……?


 魔物とも違う、姿の見えないネコ――霊獣鉤爪山猫(ウングラリュンクス)


 やはり、ただのネコ探しじゃ済まない雰囲気になってきた……。


 執事は淡々と話を続ける。


「半年前くらいから屋敷に来ることが少なくなり、ここ一月ほどはまったく姿を見せなくなりました」


 ――一ヶ月も?


「おそらく山中で弱っているのでしょう。それを見つけ出し、保護することが今回の依頼内容となります」


 執事がそう言いながら、視線を湖の奥へ向ける。


 私たちもつられて視線を移した。


 屋敷の背後にそびえるのは、緑豊かなルガバーロ山。


 ――この山のどこかに、そのネコがいる……?


 見えるかどうかも分からない存在が、一匹だけ……?


 正直、簡単な仕事じゃなさそうだ。


 考え込んでいると、執事が手元の封筒を差し出した。


「山については、村の者のほうが詳しいでしょう。これは村長宛の紹介状です。協力を仰ぐといいでしょう」


 ――村の人たちか……。


 少しホッとした。山のどこを探せばいいのか全く見当がつかないし、情報があるなら助かる。


「最後に一つ。何か手がかりを見つけた際は、こちらにご報告ください」

 そう言って、執事は静かに微笑んだ。


 私たちは顔を見合わせ、小さく頷き合う。

 どうやら、今回の依頼は思った以上に厄介になりそうだ――。

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