第36話 ネコ探し2 呼び出し
次の日、冒険者ギルドから呼び出しがあった。
もう面会の日程が決まったのかな?
冒険者ギルドに行くと、なんと別件だった。
神殿からの呼び出し――しかも、呼び出したのは近隣の町一帯の神官を管理する精霊教会の偉い人、グレゴリオ神官長とのこと。
基本的には断れないらしい。
「グレゴリオ神官長がウィスバーロに滞在する期間が短いため、早急に面会したいとのことです」
候補日時が書かれた紙を見せられる。
今日の午後から三日後の午前中まで、いくつかの選択肢があるようだ。
「一番最後がいいわ」
「では、神殿にはこちらから伝えます。必ず訪問してください」
――こうして、三日後の午前中に面会が決まった。
「候補の一番最後にしたのは何か理由があるの?」
「わざわざ偉い人が私たちを呼び出すってことは、何らかの価値を見出して、利用しようとしてるってことよね」
「まあ、光魔法関連なんだろうけど」
「それで、相手はお偉いさんだから、慎重に対応しないといけないの。だから、三日間のうちに情報収集して、対策を考えようと思って」
面倒なことにならないといいなぁ……。
三日後、神殿へ向かう。私たちの訪問についてはちゃんと伝わっていた。
待っていた紫神官に案内され、豪華な通路を通って奥の部屋へと進む。
部屋の前で、紫神官がノックをした。
「冒険者クラーレットの奇跡をお連れしました」
「入れ」
部屋に入ると、黒い神官服に身を包んだ、中年太りの男性がいた。
背はやや高めで、一見優しそうな顔をしているが……直感が「要注意人物」だと告げている。
「急な呼び出しに応じてくれて感謝する。そこへ座りなさい」
促され、私たちはソファーに腰を下ろした。
青色の神官が、飲み物を並べてくれる。
――なんか、待遇が異様にいいのが怖い。
「私は神官長のグレゴリオだ」
「さっそくだが、以前、施療院での臨時治療師や祈年祭の光神官代理を務めた"クラーレットの奇跡"で間違いないか?」
「はい」
「そうか……想像していたよりも、ずっと若いな」
「それに、平民らしくない雰囲気だ。……まあいい」
グレゴリオ神官長は、じっとこちらを観察するように目を細めた。
「確認したいことがある」
「キュレネとムートは、施療院でヒールを使用した実績がある。だが、ティア――お前はそのとき、奉仕活動をしていたものの、ヒールを使ってはいないな?」
「はい」
「しかし、その後の祈年祭では、騎士にヒールをかけていたという報告がある。これは本当か?」
「はい」
「……では、なぜ施療院では使わなかった?」
「施療院に行った時は、まだヒールが使えませんでした」
「――ん?」
グレゴリオ神官長の表情が、わずかに動く。
「では、祈年祭までのわずかな期間で、使えるようになったと?」
「はい」
「……そうか。確かに、お前の年齢なら、成長期にある。短期間での習得もあり得るか」
「つまり、3人とも回復魔法が使えるということだな?」
「はい」
「そうかそうか、それは何よりだ。今は何より回復魔法を使えるとありがたいからな」
そう言った後、彼は急に真剣な表情になり、鋭い目つきでこちらを見据えながら――
「ということで、君たち神官にならないか?」
と告げた。
――なにこれ、ちょっとまずい状況じゃない?
精霊教会のお偉いさんの誘いを、平民の私たちが断ったらどうなるんだろう?
そんな考えがよぎった瞬間、頭の中で返事が返ってきた。
「今のあなた様であれば、断ったとしても実力行使でどうにでもなります」
……いや、まあ、そうかもしれないけど、できれば穏便に済ませたいんだけど。
「それでは、ゴッドウイングの魔法を使えば、あなた様には逆らわないでしょう」
ゴッドウイングって何? と考えた瞬間、頭に映像が浮かぶ。
――疑似的な翼をつけ、神々しいエフェクトを展開する魔法。神としてノバホマロの前に立つときに使うもの。
……それって、私が神様だって正体をバラすってことじゃん。
いや、ダメだ。この頭の中の人、ポンコツすぎる。人との駆け引きには使えそうにない。
そんなことを考えているうちに、キュレネが返答する。
「それは、私たちが冒険者をやめて神官にならないか、というお誘いでしょうか?」
「いや、そういうわけではない」
――えっ、違うの? それに、ちょっと動揺した?
「では、冒険者をやめなくても良いが、神官になってほしいという解釈でよろしいですか?」
――えっ? 両方やるってこと? そんな選択肢あるの?
「ははは、なかなかいい勘をしているな。その通りだ」
「本音を言えば、できれば冒険者をやめて神官になってもらいたかった。だが、冒険者ギルドから『3人を引き抜くな』と釘を刺されていてな。だから、自分の意思で冒険者から神官になるように誘導したかったんだが……うまくかわされてしまったようだな」
「知っての通り、光魔法を使える神官が不足している。冒険者ギルドに依頼を出すなどして対応しているが、間に合っておらず、すでに各地で支障が出始めている。そこで、光魔法を使える神官を確保するために“光神官制度”を新たに運用することにした」
「光神官は、通常の神官業務は行わず、光魔法を使う仕事のみに専念する神官だ。だから、お前たちのように光魔法が使える者は、副業として光神官になることも可能だ。どうだ、やってみる気はないか?」
「メリットとしては、全国の精霊教会に紫神官として無料で宿泊できる。もちろん、食事付きだ。しかも、町にしかない宿屋と違って、教会は村々にもあるから、冒険者にとっては便利だろう? さらに、神官であれば、閉鎖的な村人も受け入れやすい」
「ただし、宿泊する以上は、光神官としての業務もしてもらう。例えば、治療魔法を使うとか、祭壇で光魔法を使うとかだ。当然、その分の報酬も支払う。どうだ? 悪い話ではないだろう」
――どうなんだろう?
「確かに、悪い話ではありませんね。この先、世界を旅することになるでしょうし、とても助かります。
確認したいのですが、光神官にノルマはありますか?」
「ノルマはないが、冒険者の指名依頼のようなものはある」
「それを断るとどうなりますか?」
「都合が悪ければ断ってもらって構わん。強制ではない」
――なるほど。デメリットは少なそうだ。
「この話、お受けします」
「おお、助かる。登録の準備をするので、少し待ってくれ」
そう言って、彼は青色神官に何か指示を出す。青色神官は一礼すると、足早に部屋を出ていった。
「そういえば――」
彼はふと思い出したように続けた。
「君たちが祈年祭で回った村々から、作物の成長が良く、豊作間違いなしだという報告が来ている。特に、キュレネとティアが訪れた村は、今までにないほど良好とのことだ。感謝する」
――へぇ、うまくいってたんだ。あれで良かったのか、ちょっと気になってたんだよね。
しばらくして、青色神官が「準備ができました」と戻ってきた。別の部屋へ案内され、冒険者ギルドと同じように、神官(光限定)カードに魔力を登録し、手渡される。さらに、自分のサイズに合う紫色の神官服も支給された。
「では、よろしく頼む」
そう告げられ、私は神殿を後にした。
「悪い話じゃなくてよかった」
「結構危なかったわよ。事前に光神官制度の情報を得ることができたからうまく対処できたけど、下手したら強引に神官にされて、揉めてたかもしれないわ」
「でも、ギルドから引き抜くなって連絡があったんでしょ?」
「その連絡をギルドに言わせたのは、キュレネなんだよ」
「なるほどね、事前に対策していたんだ」
キュレネって、なかなかすごい。
もし私ひとりだったら、どうしようもなくなって、結局、頭の中の人の言うように実力行使する羽目になっていたかもしれない。