第32話 未知のダンジョンを発見せよ9 皆戻って来た
頭痛がしてベースキャンプ内で休んでいると、キュレネが戻ってきた。
「虎熊を倒したのね。……あれ? 顔色悪いけど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけ」
そう言って立ち上がる。少し頭は痛むが、まあ問題ない。
「虎熊をそのまま放置するのはまずいわね。解体しましょうか。毛皮は高く売れるし、肉も食べられるわ」
そう言うと、外へ出て虎熊のもとへ向かう。
頭を吹き飛ばされた虎熊を見て、キュレネがつぶやいた。
「……剣で倒したんじゃないのね」
「うん、魔法で倒した」
「……かなり強力な魔法ね」
「魔法の練習は、かなりしたからね」
それ自体は嘘ではない。だが、今回使った魔法はぶっつけ本番だった。そこは黙っておく。
キュレネはじっと私を見つめた後、納得したように肩をすくめた。
「まあ、ティアだしね。頭を吹き飛ばしてるから、血抜きはできてるわね」
……そういうもの?
「それにしても、なんか絶妙に冷えてるわね」
そう言いながら、キュレネが解体に取り掛かろうとしたところで、銅の花のメンバーも戻ってきた。
「おお……本当に虎熊を仕留めたのか。すごいな」
彼らも加わり、解体作業を進める。
すぐに食べる分以外は、魔法で保存食に加工し、毛皮も洗浄となめしの魔法できれいに仕上げた。
「生活魔法、便利でいいな……」
そう思いつつ、そのまま夕食の準備に取り掛かる。
もちろん、今日のメニューは肉中心だ。
そういえば、ムートがまだ帰ってこない。
「ムート、帰りがちょっと遅くない?」
「大丈夫だと思うけど……たしかに、少し遅いわね」
そんな話をしていると――
ムートが怪我をした状態で戻ってきた。
「すまん、ちょっとミスった」
慌てて回復魔法をかける。
「どうしたの?」
と聞くも、ムートの目はすでに夕食の方に釘付けだ。
「まず、肉食いたい」
「えっ……」
まあ、後でもいいか。とりあえず元気そうだし、食べながら話を聞こう。
ムートがそれなりに肉を食べて落ち着いたところで、改めて状況を尋ねる。
「ギガスアラーネ3匹に遭遇した。最初は1匹と対峙してたんだが、近くにもう1匹の気配を感じた。2匹かと思ったら、さらにもう1匹いて……不意打ちを食らったんだ。そこそこダメージを受けたから、討伐は諦めて撤退した。さすがに3匹同時はキツいぞ。やっぱり単独探索は危険だったな。それに、この前遭遇したやつより一回りデカいのが混ざってて、ちょっと厄介だった」
「3匹で連携してたの?」
「いや、我先にって感じで襲ってきた」
「……ということは、群れで狩りをするわけではなさそうね。でも、そんな3匹がまとまっていたのなら、近くにダンジョンの入り口がある可能性もあるわ」
キュレネが考え込むように言う。
「明日、全員でその周辺を探索してみませんか?」
「おお、そうだな」
「……ちょっと待って、リーダー」
副リーダーのヒルデさんがバーンさんの腕を引っ張る。どうやら、銅の花のメンバーで話し合うようだ。
少し距離はあるが、耳を澄ますと会話がはっきり聞こえる。どうやら、こういう感覚も鍛えられているらしい。
「一度に3匹と戦うのは、かなりキツいと思うの」
ヒルデさんの言葉に、銅の花のメンバーたちもうなずく。
「私たち銅の花なら、1匹ならほぼ問題ないけど、2匹になるとリスクが大きいわ。クラーレットだって、さすがに2匹相手は厳しいんじゃない?」
「いや、クラーレットなら大丈夫だろう」
「なんでよ?」
「虎熊を見ただろ」
「……確かに、あれを一人で倒せるなら平気かもしれないけど」
「ただ倒しただけじゃないんだぜ。解体した時、何か違和感なかったか?」
「……そういえば、毛皮に剣や魔法の攻撃の跡がなかったわね。すごく綺麗だった」
「それだけじゃない。周囲にティグウルスが暴れた形跡がほとんどなかった。つまり、戦闘が長引いたわけじゃなく、一瞬で決着がついたってことだ。そして地面の跡を見るに、ティグウルスは前方から頭に強い衝撃を受け、仰向けに吹っ飛ばされていた。つまり、不意打ちではなく真正面から瞬殺したってことだ。とんでもなく強いぜ、あのティアって嬢ちゃん」
「……確かに」
「それに、あのムートって子も『2匹だけなら対応できた』みたいな口ぶりだったし、キュレネも3匹と聞いても全然動じてなかっただろ? あの反応を見る限り、クラーレットにとって大した問題じゃないってことじゃないか?」
「だったらいいけど……若い子たちって、無謀なことをしがちでしょ?」
「だからこそ、俺たち先輩冒険者がリスクも考えて、ちゃんとフォローしてやるんだよ」
そんな話を聞きながら、こちらはこちらで別の相談をしていた。
「なあ、全員で行かなくても、俺たちだけでいいんじゃないか? あいつら、足手まといになる可能性もあるだろ」
ムートが少し不満げに言う。
「まあ、私たちだけでもギガスアラーネを倒すのは問題ないけどね。でも、私たちだけが成果を上げると、銅の花の立場がなくなるでしょ? 両方がそれなりの成果を出すほうが望ましいのよ」
「めんどくせーなぁ」
「それに、銅の花はウィスバーロの冒険者の中では有力なパーティだし、人間性も悪くない。なるべく良好な関係を保っておきたいの」
「……なるほどな。でも、やっぱりめんどくせぇ」
「だから、彼らにも活躍の場を作ってあげるのよ。でも、私たちの実力も示す必要があるから、最低でもギガスアラーネをそれぞれ1匹ずつ倒して、2匹目は共同で討伐する形に持っていくのが理想ね。ティアとムートは手加減しながら、うまく立ち回って。場合によっては銅の花をフォローすることも考えて」
「わかった。ただ、戦ってみないと加減が難しいから、やりすぎたら勘弁な」
私も手加減しながら戦う訓練が必要だし、ちょうどいい機会かも。
「了解」
そんな、銅の花には聞かせられないような話をしていた。
銅の花のバーンさんが戻るなり、開口一番に言った。
「明日、全員でギガスアラーネに遭遇した辺りを探索するって案、俺たちも賛成だ。で、具体的にはどのあたりだ?」
ムートが地図を広げ、指し示しながら説明する。
――あれ?
急に、地図上で指された位置が、実際にどの方角で、どのくらいの距離なのか、はっきりと感覚としてわかるようになった。
しかも、自分が見たことのある範囲なら、完全にルートや景色まで把握できる。
……これって、ブレインエクスパンションシステムのおかげ?
今まで歩いた道もすべて記憶に刻まれていて、もう迷うことはなさそうだ。せっかく買った魔方位針、もう必要ないかも。
――そういえば、管理者情報の中にダンジョンの情報はあったっけ?
「えっ!!!」
思わず声が出てしまった。場の空気が止まり、全員の視線がこちらに集まる。
「なんでもないです」
慌てて誤魔化す。
――まさか……ムートが示した場所のすぐ近くに、ダンジョンの入り口があるよ……。
キュレネの予想、当たってるじゃない。
でも、私から言わないほうがいいかもしれない。誰かが自然に発見するのを期待しよう。
それはさておき、ムートが示した場所はベースキャンプから南西に直線距離で7kmほど。そこそこ遠いので、なるべく探索の時間を確保するため、夜が明けたらすぐに出発することにした。