第29話 未知のダンジョンを発見せよ6 管理者
次の日。
皆が探索に出発してしばらくした後、私は神樹を確認しに向かった。
あの怪しげな扉、ずっと気になっていたんだよね。
木の幹にある扉を見ると、文字が浮かび上がる。
『ノバホマロが近くにいるので使用は控えてください』
……あれ? 私以外はもういなくなったはずなのに、まだダメなの?
ノバホマロって、もしかして私のこと? いや、まさか。小さな虫とか、目に見えない何か? うーん、どうしたものかなぁ……。
「ティアちゃん、何やってるの?」
「ひゃー!」
突然声をかけられて、思わず飛び上がる。
振り向くと、「銅の花」のヒルデさんとシュンカさんが立っていた。
「ごめんごめん、驚かせちゃった。ちょっと忘れ物を取りに来たんだけど、ティアちゃんが神樹の前でじっとしてたから心配で声をかけたのよ。本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫です。問題ありません」
「ならいいんだけど……。じゃあ、もう行くわね。お留守番よろしく」
そう言って、二人は森のほうへ歩いていった。
……それにしても、全然足音がしなかった。どうりで気がつかなかったわけだ。何か足音を消す魔法でもあるのかな? でも、私も油断しすぎ。もっと警戒して行動しなきゃ……。
二人の姿が見えなくなったのを確認し、再び神樹の方を向く。すると、扉に浮かぶ文字が変わっていた。
『自動 軽く触れてください』
やっぱりノバホマロって、人のことだったみたいね。
恐る恐る扉に触れると、静かに開いた。
中はエレベーターぐらいの広さで、いや、これは多分本当にエレベーターだ。
これがダンジョンの入り口ってことはないよね? 聞いていた話とはまったく違うし……。
そんなことを考えながら中に足を踏み入れると、扉が自動で閉まり、ゆっくりと下へと動き出した。
驚くほど滑らかな動きで、停止するときの不快な揺れもまったくない。
なんか……ハイテクなんだけど、なにこれ?
エレベーターが止まり、扉が開く。
そこには、まるでメイドのような姿をした女性が一人、静かに待ち構えていた。
「お待ちしておりました」
私を待ってたの? どういうこと?
混乱する私をよそに、メイド姿の女性は、ただ一言。
「こちらです」
そう言って、私を案内する。
通ったのは、地球でいう近未来風の廊下。
シンプルながらも洗練されたデザインで、無駄がく美しい。
やがて、一室に案内され、ソファに座るよう促された。
「管理者登録を行います。そのままお待ちください」
管理者? 何それ?
疑問が浮かぶも、考える間もなく、急激に意識が遠のいていく。
まどろみの中、微かに声が聞こえた気がした。
「ブレイン・エクスパンション・システム、インストール……完了」
「基本魔法、インストール……完了」
「管理者専用サーバーに接続します……接続OK」
「管理者の登録が完了しました」
その声とともに、意識がふっと戻る。
「今のは……何だったの?」
そう疑問に思った瞬間、頭の中で何かが応える。
「管理者の能力増強のため、ブレイン・エクスパンション・システムを介して魔法で専用サーバーと接続しています。このサーバーの補助により、記憶力、演算力、各種解析力に加え、魔法の威力・発動スピードが飛躍的に向上します。さらに、慣れれば会話形式ではなく、自分の頭のように自然に専用サーバー内の情報を引き出すことも可能です」
ふーん……。とりあえず、頭の中の人と会話すれば情報が得られるってことね。
「つまり、脳と専用サーバーをつないで、疑似的に脳を拡張するシステム? 自分の頭が良くなったって考えればいいのかな?」
「はい。それに加え、魔法の威力も向上するため、いつでもエマージェンシーモード時のレベルの能力を発揮できます」
「エマージェンシーモード?」
「一般市民が緊急時に危険回避できるよう、1日1回、わずかな時間だけ超強化するモードです」
ああ、私が "女神モード" って呼んでたやつのことか。
「それが常時使えるって……さすがに強すぎる気がするんだけど……」
「100歳を超えるような高齢者が管理者になっても十分な能力を発揮できるよう設計されているため、若い方が使うと過剰気味ではあります」
そうなんだ。まあ、強いに越したことはないか。
それはそうと――
「管理者って何? なんで私が管理者なの?」
「初期状態のため、ブレイン・エクスパンション・システム以外の情報は取得できません。外部からの情報取得が必要ですが、情報システムの不具合によりアクセス不能です」
……うーん、ダメか。
脳内での会話が終わり、ふと我に返って周囲を見渡すと、メイドがこちらをじっと見つめていた。
「無事に管理者登録されたみたいなんですけど、まずは何をすればいいですか?」
「申し訳ありません。管理者の業務については把握しておりません」
「管理者室への入室が可能になりましたので、そちらで情報を確認できます。ご案内いたします」
案内された管理者室は、奥に重厚な机が置かれ、その手前にはソファセットが配置されていた。まさに“偉い人の部屋”といった風格で、豪華な内装が目を引く。
部屋の奥へ進み、机に向かって座る。机上の黒い部分にそっと触れると、目の前にモニターのようなものが現れた。
そこには、警告の表示が並んでいた。
――警告――
・自動メンテナンスモードがオフになっています。
・ダンジョン損傷 ― 崩壊の可能性があります。
・情報システム損傷 ― 崩壊の可能性があります。
・精霊システム損傷 ― 崩壊の可能性があります。
なにこれ?メンテナンスをしていないせいで、壊れかけているってこと?
どうやら、このダンジョンは約500年前から放置されていたようだ。
「どうしてメンテナンスが行われていなかったのでしょうか?」
「前管理者の判断だと思われます。おそらく、人がいなくなるため、ダンジョンの維持は不要と考えたのでしょう」
「人がいないって……あなたがいるじゃないですか?」
「私は汎用型ゴーレムです。人ではありません」
ゴーレム???動く人形ってこと?
見た目は完全に人間なのに……。
「ここの最後の住人は512年前に亡くなりました。それ以降、ダンジョンは停止状態でしたが、つい最近、あなた様を転送するよう依頼を受け、再始動しました」
どうやら、最初に私を召喚した場所でトラブルが発生し、急遽こちらへ転送されるはずだったらしい。
まあ、それも失敗して、森の中に落とされたんだけどね。
……あれ? もしかして、ダンジョンが再始動したせいで、オオグモが出現するようになったんじゃ?
それって……ひょっとして、私のせい?
衝撃の事実に、しばらく呆然とする。
誤字報告ありがとうございました。