第26話 未知のダンジョンを発見せよ3 入り口を探す準備
冒険者ギルドに戻ると、すでに銅の花のメンバーも帰還していた。ちょうどギルドマスターも対応できるとのことで、すぐに報告会が始まる。
結局、銅の花が調査した北端も東西にまっすぐ20kmほど続いており、予想通り、ダンジョンは約20km×20kmのほぼ正方形であることが確認された。
ギルドマスターが口を開く。
「皆、ご苦労だった。まさかこれほど早くダンジョンの大きさが判明するとは思わなかった。ありがとう。
おそらく、この範囲のどこかに入り口があるはずだ。しかし、この辺りには魔物狩りのために多くの冒険者が入っている。それにもかかわらず、今まで誰もダンジョンの入り口を見つけていない。つまり、かなり見つかりにくい場所にあるということだろう」
キュレネが質問する。
「20km×20kmって、かなり広いですよね? この人数で探すのですか?」
「ああ。Bランクのギガスアラーネと遭遇する可能性が高いからな。クラーレットを除けば、Bランク以上の冒険者に依頼しなければならないが、今、この町には手の空いている冒険者がいない。それに、人数が少ない方が、一人当たりの報酬が高くなるぞ」
銅の花のバーンが提案する。
「ダンジョンの範囲内に探索の拠点、つまりベースキャンプを設置し、そこを中心に活動したいのだが、どうだろう?」
ギルドマスターはゆっくりとうなずく。
「うーん、そうだな。それがいいだろう」
小声でキュレネに尋ねる。
「ベースキャンプって?」
「簡易的な宿泊施設&倉庫ってところかしら。探索期間中に必要な食料や備品をそこに保管しておけば、持ち歩く荷物を最小限にできるし、町へ補給に戻る手間も省ける。結果的に、探索の効率が格段に上がるのよ」
なるほど。今までは全部の荷物を持ち歩いていたし、補給のために町へ戻るたびに時間も体力も消耗していた。それを考えると、確かに便利だ。
バーンが続ける。
「それでだな、確か冒険者ギルドにベースキャンプ用のテントと結界セットがあったはずだ。それを貸してほしい」
「ああ、わかった」
「それと、ベースキャンプセットと食料ひと月分の運搬も依頼したい」
「了解した。セリシャ、至急手配してくれ」
ギルドマスターの指示を受け、セリシャはすぐに退室していった。
「で、ベースキャンプはどこに設置する?」
「まあ、普通に考えれば、ダンジョンの中央あたりだろうな」
「中央か」
地図を広げて確認する。
「この辺りにソノリオの神樹があるな。おお、神樹周辺なら周囲に他の木がないから、ベースキャンプを設置するにはもってこいだ」
「ソノリオの神樹?」
「ああ。樹齢数千年と言われる巨大な一本木でな。その圧倒的な存在感から、神聖視されて神樹と呼ばれている」
「ダンジョンのど真ん中に神樹って……めちゃくちゃ怪しいんだけど」
思わずそう呟くと、ギルドマスターが苦笑しながら言った。
「まあ、それなりに有名な場所だから、訪れた冒険者も多い。今さら『実はここにダンジョンの入り口がありました』なんてことはないと思うぞ」
「よし、ベースキャンプの位置は決まったな。実際の探索については、現地で臨機応変に進めよう。あとは、ベースキャンプセットの運搬可能日が決まれば、日程が確定するな」
トントントン
ノックの音が響き、セリシャさんと、立派な髭をたくわえた大男が入ってきた。
「ベースキャンプセットの輸送は、サリバーさんたちのパーティ、ホワイトキャッツが引き受けてくれるそうです」
「おお、ありがたい」
輸送先を説明し、最短でいつ出発できるかを尋ねると、3日後に荷造りし、4日後に出発するスケジュールなら対応可能とのことだった。
ひと月分の食料はギルドが用意することになり、4日後、銅の花と私たちはホワイトキャッツと共に出発することが決まった。
予定が決まり、数日の余裕ができた私たちは、宿でだらだらと過ごしていた。
「なあ、ダンジョンの入り口を探すとき、3人で行動しなくてもいいんじゃないか?」
ムートが提案する。
「ん? どういうこと?」
「大した敵も出ないし、別行動したほうが効率がいいと思うんだよな」
大した敵が出ないって……ギガスアラーネってBランクなんだけど。それも「大したことない」扱いなの?
まあ、それは置いといて、もっと心配なことがある。
「……私、一人で行動したら無事にベースキャンプに戻れる自信がないんだけど」
「一人で行動するかは置いといて、はぐれたときの合図を決めておいたほうがいいわね」
「合図?」
「例えば、発煙石を使って煙を出せば、場所がすぐに分かるでしょ?」
「ああ、そういうことね」
「迷ってどうしようもなくなったときに、助けが来るかもしれないっていうのは大事よね」
「じゃあ、明日、魔道具屋に買いに行きましょう」
翌日、魔道具屋に向かうと、さまざまな魔道具が並んでいた。
目的の発煙石を探すと……。
「あれ? いっぱい種類がある。なにこれ?」
よく見ると、煙の色・範囲・発煙時間などが違う、さまざまな発煙石が並んでいる。
「どれを買えばいいのか、わかんないよ……」
「そうね……自分の髪の色と同じ色の煙が出る発煙石を5つくらい買っておきましょうか」
「煙の範囲は少し大きめにして、直径2m、1時間煙が出るものにしましょう」
店員さんにお金を払いに行く。
「使い方の説明は必要ですか?」
「はい、お願いします」
「石を割ると煙が出ます。割り方は、岩に投げつける・石で叩く・剣や魔法で割るなど、お好きな方法でどうぞ。
途中で煙を止めたいときは、水に沈めるのが一番簡単です。水がなければ土に埋めてもOKです。
中には魔法で吹き飛ばす方もいらっしゃいますが……」
ということで、私は黒、キュレネは赤、ムートは白の煙を出す発煙石を5つずつ購入する。
一つ1000サクルなので、全部で15000サクル。
パーティのお金はキュレネが一括管理しているので、まとめてキュレネが支払った。
すると、すかさず店員さんが声をかけてきた。
「もしよろしければ、こちらもご覧ください。今おすすめの魔導具、魔方位針です」
見せてもらうと、ピンポン玉くらいの透明な球が二つセットになっていた。
中には、方向を指す針が入っている。
「この球に魔力を流すと、お互いの球の在る方向に針が向きます」
店員さんが片方の球に魔力を流すと、両方の球の針が動きお互いの球の方向を指した。
「魔力を流した玉から出た魔力信号を、もう一方が感知する仕組みです。距離が開くと、その分だけ強い魔力を流す必要がありますが、慣れれば距離の目安もつかめます」
「どれくらい離れていても使えるんですか?」
「魔力の強い方なら、数十キロ範囲でも使えますよ」
「2人でひとつずつ持って、お互いの位置を確認しながら行動するのもいいし、スタート地点に置いて移動距離を測るのにも使えますよ」
なるほど。
ベースキャンプに1つ置けば、迷っても帰れるかもしれない。
「これ、ほしい」
キュレネが値段を聞く。
「いくらですか?」
「25万サクルです」
「……高いわね」
「どうする、ティア?」
25万サクルが高いのか安いのか、正直ピンとこない。
でも、この前いっぱい稼いだから、大丈夫でしょ。
「ほしい」
「わかったわ」
結局、キュレネが何やら交渉して、20万サクルまで値下げしてもらって購入した。
「ねぇ、ちょっと気になったんだけど、ティアって20万サクルがどれくらいの価値か分かってないでしょ?」
……バレてる。
「うん」
「普通、私たちくらいの年の子が町で働いたら、多分3〜4カ月分の給金よ」
「そんなに?」
「そうよ。冒険者として考えても、20万サクル稼ぐのは大変なの。たとえばCランクのオーガなら20匹分。でも、普通の冒険者はパーティで狩りをするでしょ? 4人パーティで1人ひと月20万サクル稼ごうと思ったら、1カ月で80匹倒さなきゃいけないのよ。結構大変でしょ? しかも、普通のCランク冒険者は私たちみたいにBランクの魔物を討伐できないし」
彼女は少し息をつき、じっと私を見つめた。
「ティアって、だまされて高い金額を簡単に取られちゃいそうだから心配になったの」
確かに、私は常識的なことが抜けている。こうやって教えてもらえるのは正直ありがたい。
「うん、参考になった。ありがとう」
そう言って、魔道具屋を後にした。
「せっかくだから、武器屋とか防具屋も見てみたい」
「今の装備以上のものはないと思うぞ」
「でも、私、武器屋も防具屋も見たことがないから、一度見てみたいの」
その言葉に納得したのか、「まあ、それなら仕方ないか」というような表情で付き合ってくれることになった。
まずは武器屋から。
店に入ると、汎用品のナイフや剣が少し並んでいるだけで、あとは見本品として剣、槍、棍棒、斧、弓などがわずかに置かれている程度だった。
「あれ? これだけ?」
そのとき、奥からがっしりした体格の職人らしきおじさんが現れた。
「いらっしゃい。今日はどんなご用件で?」
「どんな武器が売っているのか見たくて来ました」
「ん? うちは基本的に受注生産だから、店頭にはあまり置いてないぞ」
「そうなんですね。武器屋に来るのは初めてなので、何も知らなくて……すみません」
「気にするな。普通は、どんな武器がほしいか要望を聞いて作るんだ。例えば、種類や素材、形、大きさ、重さなんかを決めてな。ただ、ミスリルや魔物素材みたいな特殊なものを使う場合は持ち込みが基本だ。まあ、よく分からんって客なら、こっちで体格や技量に合ったものを用意するぜ」
そう言うと、おじさんは私をじっと見てから言った。
「嬢ちゃん、今持ってる剣を見せてみな」
私は剣を差し出そうとしたが、キュレネに止められた。
「見せるだけにしたほうがいいわ」
そう言われたので、鞘から半分だけ抜いて見せる。
「なっ……!? なんだそれは!! おいおいおいおい、ちょっと待て、とんでもない剣じゃないか、それは!?」
おじさんが明らかに動揺しているのが分かる。キュレネはすかさず頭を下げた。
「すみません。この子、本当に何も知らなくて……。では、失礼します」
「お、おう……」
おじさんが剣を見て混乱している間に、私たちはそそくさと店を出た。
「どう? 理解した? ティアの剣はアーティファクトだから、その辺の武器屋で買えるレベルじゃないのよ。私やムートが持っている剣も同じくアーティファクト。だから、普通の武器屋に行く必要はないの」
まさか、あんな反応をされるとは思わなかった。アーティファクトって、それだけ珍しいものなんだ……。
「もしかして、防具屋でも変な反応される?」
キュレネは少し笑ってから言った。
「ティアの服、貴族用に作られたものだって覚えてる? その生地はルーノバガムっていう魔物の糸で作られているの。鋼鉄よりも強いと言われていて、軽くて動きやすい上に、刺突・斬撃耐性、魔法耐性にも優れる高級品よ。平民向けの防具屋じゃ手に入らないレベルね」
なるほど……そんなにいい装備だったんだ。
そういうわけで、防具屋には行かずに帰宅することにした。