第22話 祈年祭と魔物狩り勝負8 弁償
ギルドマスターがゆっくりと近づいてきて、深く頷く。
「……すべて納得がいった。戻ったら、詳しく説明しよう」
ひとまず何かの確認は終わったらしい。
「その前に、ちょっとその剣を見せてほしい」
「……剣?」
「最初は、質の悪い魔剣のレプリカかと思ったが……まさか、本物か?」
本物? まさか。
だけど、とりあえず何も言わずに剣を渡す。
ギルドマスターはじっと剣を見つめた後、何を思ったのか——
近くにあった木の細い枝へ向けて、試しに振るった。
「バキーン!!」
「あっ!!!」
——剣が折れた。
一瞬、静寂。
「……」
「……」
「……す、すまん!! 本当にすまん!!」
ギルドマスターが青ざめながら、汗を拭い必死に謝る。
「まさか……ここまで腕が鈍っていたとは……!」
——いや、違うでしょ!?
「弁償はさせてもらう! だが、これほどの逸品となると、すぐには用意できんかもしれん……」
これほどの逸品???
どれほどだと思ってるの???
——いやいや、ただの中古の子供用模擬剣なんだけど。
どうせ新しい剣を買う予定だったし、弁償とか別にいいんだけどな……。
「いえ、大した剣ではないので、弁償は——」
「そんなわけにはいかん!!」
ギルドマスターがきっぱりと断言する。
「目の前で金属製の像を両断したのを見せられたからな。 アーティファクト級の魔剣であることは間違いない!!」
「……え?」
——アーティファクト?
「そういえば、一つ心当たりがあるな……」
ちょ、ちょっと待って。
この人、人の話聞く気ないんだけど!?
アーティファクトって……確か、神々が使っていたとされる伝説の武具のことだよね?
私の剣、絶対そんなものじゃないんだけど……!?
でももう、完全に信じきった顔してる。
何も言っても無駄なやつだ、これ……。
「すまん、剣の方は後で持って来る。まずは、応接室に戻って、今回の経緯を説明しよう」
——なんか、とんでもない誤解をしている気がする……。
応接室に戻ると、ギルドマスターが静かに口を開いた。
「嬢ちゃんが倒したっていうヤギの魔物な。あれは——カペルディアボルスっていうAランクのデーモンだ」
「Aランク??」
思わず声が漏れる。
『カペルディアボルス』どこかで聞いたことがある気がする。
「ティア、本当に一人で倒したの?」
キュレネとムートが目を丸くしている。
ギルドマスターはゆっくりと続けた。
「2週間ほど前だったか、ランツ村から解体の依頼が入ってな。カペルディアボルスの死体を処理してほしいって話だった」
「Aランク級の魔物ともなると、普通の道具じゃ解体なんてできない。だからギルドへ運ばれてきたんだ」
「そこでわしも見に行ったんだが……正直、驚いたね」
ギルドマスターの目が鋭くなる。
「たったの一刀で仕留められていた。しかも——他にはまったく損傷がなかった」
「普通、Aランク級の魔物を討伐するとなれば、巨大兵器や大魔法でのトドメが多い。だから死体はぼろぼろになるんだ。だが、あれは切り口以外どこも傷んでいないきれいな死体だった。そんな討伐の仕方は、見たことがない」
「そのとき聞いた話では、第4騎士団が討伐したことになっていた。だが、どう見ても騎士団の剣技じゃない。そこで村長に確認したんだよ」
ギルドマスターは、ティアをじっと見つめる。
「そしたら、村長がこう証言した——『謎の冒険者が、討伐して魔石だけ回収し、死体は村に寄付していった』」
「……」
「そこへ、たまたま村を訪れていた第4騎士団が死体を買い取ったらしい」
「……ってことは……」
「そういうことだ。だが、騎士団としては『自分たちが討伐したことにしたい』。だから、表向きには王国騎士団がカペルディアボルスを倒したことになっている」
……なるほど。
あー、思い出した。
第4騎士団……あのとき教会で治療した騎士団か。
確か「カペルディアボルスに一方的に負けた」って言ってたっけ。
しかも、偉い人が重傷だったし……。
そのまま帰ったら、責任問題になるから小細工したんだ……。
「……そこに嬢ちゃんがあの魔石を持ってきたってわけだ。だから、わしとしては、本当に討伐したかの確証がほしかった」
「村長が言うには——『魔物を倒したという冒険者は覆面をしていて顔は分からなかったが、華奢で背の低い魔剣使いの女性だった』」
「特徴は合致していたが、一つだけ違う点があった」
「……目が赤かった、と」
「だから、どのように倒したかを見せてもらったんだ。——すべて確認が取れた」
ギルドマスターは力強く頷く。
「目の色も、魔物の倒し方も、間違いない。冒険者ギルドとしては、カペルディアボルスの討伐は嬢ちゃんの功績と正式に認める」
「少し待っていてくれ」
そう言い残し、ギルドマスターとソフィアさんは部屋を後にした。
しばしの静寂の後、ムートが興味深げに尋ねる。
「ところで、なぜ討伐した魔物の死体を村に寄付したんだ?」
「え? 道の真ん中で倒したから、邪魔になると思って……」
「どこか捨てられる場所がないか村の人に聞いたら、ほしいって言われたから渡しただけだけど……?」
「ん? なんで捨てるんだ?」
ムートが驚いたように眉をひそめる。
「冒険者ギルドに持ってくれば、相当な金になるぞ」
「えっ……そうなの!?」
思わずキュレネの顔を見ると、彼女は静かに頷いた。
「うそ……今までほとんど捨ててたよね?」
「今までの魔物は素材として価値がなかったからな。でも——」
「Aランクのデーモンなら、数千万サクルにはなるんじゃないか?」
「……えっ?」
「数千万サクル!?」
思わず声が裏返る。
キュレネがさらに追い打ちをかけるように言った。
「それって、今まで私たちが稼いだ額より多いわよ」
「……え?」
「あなたが欲しがってたミスリルの剣が買えるぐらいの金額よ」
「えええええええ!?!?!?」
衝撃が大きすぎて、しばらく声にならなかった。
そして、落ち込んでいるところにギルドマスターが戻ってきた。受付課長のセシリャさんと受付のソフィアさんも一緒だ。
「まずは剣なんだが、これでどうだろうか?」
差し出されたのは、柄を含めて全長1メートル弱、細身の片刃で、わずかに反りがある——まるで日本刀のような剣だった。
「これは、昔わしがダンジョンで見つけたアーティファクトでな。名は『霊刀オニマル』」
「わしの戦い方には合わなかったが、手放すのも惜しくて保管していたものだ」
「見せてもらってもいいですか?」
そう言って剣を受け取り、ゆっくりと鞘から抜く。
長さも重さもしっくりくる。形状も日本刀に近く、真刀流の剣術と相性がよさそうだ。まるで、私のために用意されたかのような剣——。
「すごくいいです」
「気に入ってもらえたようだが、その剣の真価は魔力を注いだときに発揮される」
言われるままに剣を握り、そっと魔力を込めてみる。
しばらくすると、刀身がうっすらと輝き、「キーン……」とかすかな音が響いた。
「試しに切れ味を確かめてみるか」
ギルドマスターが金属の棒を取り出し、私の前に差し出す。
おそるおそる剣を当てると——スッ……。
力を入れたわけでもないのに、棒はまるでバターのように切れた。
「すごい……これがアーティファクトの力……!」
「おいおい、振らずに切れるのか……!」
ギルドマスターも目を丸くしている。
「どうやらお前さんとは相性がいいようだな。どうだ、弁償はこの剣でいいか?」
「私は構いませんが……こんなすごい剣、本当にいただいていいんですか?」
「ああ、使わずに眠らせておくより、お前のような使い手に使われた方が剣も喜ぶだろう。なんせ、お前はあの『カペルディアボルス』を倒せるほどの腕だ」
「……ありがとうございます。それでは、この剣をいただきます!」
街で新しい剣を買おうと思っていたけれど、もうその必要はなくなった。
これで、一件落着だ。
と思って安心していると、受付のセシリャさんとソフィアさんが「先ほどの討伐報酬の続きを、この場で処理させてほしい」と申し出てきた。
多額の報酬が発生するため、公の場でやり取りをしない方が安全だという配慮らしい。
熟練の名の通ったパーティなら問題ないが、新人のパーティだと「騙せる」と思って近づいてくる連中も多いのだとか。
「ということは、カペルディアボルスを倒したことは公言しない方がいいですね?」
「そうですね。すぐには広めない方が賢明でしょう。ギルド側も情報を伏せておきます。
ある程度時間が経てば、報酬目当てで寄ってくる人も減ると思いますよ」
そう言うと、ソフィアさんは書類を取り出し、改めて告げた。
「では、ティアさん。持ち込み分の報酬をお支払いします」
Aランクの魔物
カペルディアボルス1匹
1000万サクル
Bランクの魔物
王猿3匹
300万サクル
総合計1300万サクルで13000ギルドポイント獲得です」
すごい。これで金銭的には相当余裕ができた。
ギルドポイントは 合計19,399ポイント。あと 10,601ポイント で Bランク に昇格できる。
思った以上にポイントが稼げたな……。
「それから、Aランクのデーモンを討伐したティアさんには、《デーモンスレイヤー》の称号が与えられます。
それを証明するものとして、後日、勲章を授与します。これから冒険者ギルド本部に申請を出しますので、準備が整い次第、お渡ししますね」
こうして、今回の討伐の手続きは終わり、解散となった。
「まさかティアがAランクの魔物を倒してるとはね。しかも一刀で。そこまで強いとは思わなかったわ」
「俺は最初にエルダーコボルドを倒した時に、なんとなく分かってた。だから冒険者に誘ったんだ」
えっ、そうなの?
この二人の前では隠さなくてもよさそうね。でも、注意点は言っておこう。
「私、大きな力を使うとき、制約があるの。だから、いつでも自由に使えるわけじゃないってこと、覚えておいてね」
「ああ、あの目が赤くなるときな。なんとなく気づいてた」
やっぱり、気が付いてたのか……。
なんか、こそこそ練習してたのがバカみたい……。
「そういえば、魔物狩り勝負。ムートの負けね。罰ゲーム、覚えてるわよね?」
「うっ……まさか、あれだけの魔物を狩って負けるとは思わなかった……」
後日——
ムートは どぶさらい をして、その報酬で みんなで焼肉 を食べることになった。
……が。
どぶさらいの報酬では全く足りない量を、ムートが食べまくるのであった。