第20話 祈年祭と魔物狩り勝負6 大猿2
さっきの2匹よりやや大きい大猿が、倒れた仲間を見て大声をあげる。
「ウォォォォーー!!」
怒り狂っている——完全に殺意がこちらに向いている。
ドンッ!
大猿が地面を蹴り、勢いよく飛びかかってくる。
タックル攻撃——受け止めるのは無理だ。
横へ飛んでかわすと、すぐに向きを変え、今度は腕を振り上げてぶん殴ってくる。
速い。強い。重い——!
避けきれない攻撃は剣で捌くが、防戦一方だ。しかも——。
受けるときに刃を立てているのに、やはり全然切れていない。
パワーもスピードも向こうが上。今のところテクニックでなんとか凌いでいるが、一発でももらえば危険。
しかも、試してみたが——やはり女神モードはもう使えない。
圧倒的ピンチ——!
逃げるのも無理だろう。追いつかれるし、悪路で捕まれば、まともに戦えない。
どうする?
その時——ふと、ある考えが浮かんだ。
『突き』ならどうだ?
斬れなくても、刺すことならできるかもしれない——!
大猿のぶん殴り攻撃をかわし、隙をついて脇腹に突きを放つ!
「ギャーッ!!」
手応えあり。
深くは刺さらなかったが、皮を突き破った——!
少し、光明が見えてきた。
そう思った瞬間——。
大猿がすっと後ろに下がり、木の上へと姿を消した。
……逃げた?
いや——違う。
近くにいる。
——ヒットアンドアウェイ戦法に切り替えたか。
葉が擦れ合う音、枝が揺れる気配——。
それに意識を集中するも、大猿はこちらの様子を伺いながら、わずかに集中が切れた瞬間を狙って正確に攻撃を仕掛けてくる。
(くっ……!これじゃ十分な突きを入れられない……!)
このまま時間が経てば経つほど、不利になる。
——攻撃を仕掛けてきた時、一瞬でも足止めできれば、勝機はある。
攻撃魔法でも使えたらなぁ……。
そう思った——瞬間、閃いた。
そうだ、魔法だ!
——と、その時だった。
大猿が上から襲いかかってくる!
避けると同時に、魔法でありったけの水をぶつけた——!
ドバァッ!!
大量の水が大猿を包み込む。
動きが鈍った——今だ!
喉元めがけて剣を突き立て、一気に貫く——!!
決まった!!
そう思った瞬間——
——ドゴォッ!!!
右から強烈な一撃が飛んできた!
とっさに右腕でガードするも——吹っ飛ばされる。
地面に叩きつけられ、しばらく動けない。
やばい……!
しかし——。
ゆっくりと顔を上げると、大猿もその場に倒れ、動かなくなった——。
「ふー……助かった」
エクストラヒールを自分にかける。
右腕は骨折、腰部は打撲。
しばらく魔法をかけ続けると、なんとか歩ける程度には回復した。
早くこの場を離れよう。もう一匹来たら、今の状態じゃまずい……
そう判断し、倒した大猿の魔石を素早く回収する。
3匹分、確保。
そのまま慎重に森を抜け、焼けたエリアまで戻ってきた。
しかし、空はすでに薄暗くなりはじめている。
もうすぐ日が沈むか……
ここで朝まで休憩するしかない。
夜の森は視界が悪く、魔物との遭遇率も上がる。しかも、まだ腕は完全に治っていない。無理に移動するのは危険だ。
出発前にキュレネからもらった簡易結界セットを使うことにした。
簡易結界セット——。
結界石と、それをつなぐ紐で構成されたアイテム。
囲まれた範囲では魔物に見つかりにくくなる効果がある。
最大で1辺2メートルの四角形と、その上2メートルを結界で覆うことができる。とはいえ、きれいに並べる必要はなく、囲んだ部分さえ効果範囲に入れば問題ない。ただし、移動しながらは使えない。
背もたれになる木を囲んで、4つの結界石を地面に埋めて魔力を流す。
——静寂。
完全に魔物を防げるわけじゃないが、ないよりはマシか。
木にもたれ、座り込む。
再びエクストラヒールをかけ、骨折を治しながら、これからのことを考える。
「……今日のは、結構危なかったなぁ」
女神モードの圧倒的な強さに頼れば、何とかなると思っていた。
でも——1日1回しか使えない。
結局、普段の私が強くならなきゃどうにもならない。
今日の大猿しかり、この前のオーガしかり、Cランクの魔物が相手になると、今の模擬剣じゃ厳しい。
直近ではBランクとされる『オオグモ』とも戦うかもしれない。
そして、今後、もっと強い魔物と遭遇する可能性だってある。
町に戻ったら、ちゃんとした剣を買おう。
それから、魔法。
今日は、水魔法が使えたから何とかなった。でも水を出しただけ。
基本の攻撃魔法くらいは、早めにマスターしなきゃな……
怪我は、エクストラヒールで完治した。
……が、結局怖くて一睡もできずに朝を迎えることになってしまった。
今日は移動日。午前中にはホーラ村へ出発する予定だった。
——急いで戻らなきゃ。
……でも、途中で道に迷ってしまった。
(やばい、もう村の近くまでは来てるはずなんだけど……)
高い木に登れば、村の位置がわかるかもしれない。
そう思って木を登っていると、近くに見覚えのある村人の姿があった。
慌てて口元の布とフードを外し、木を下りて挨拶する。
どうやら、私を探しに来ていたらしい。
村に戻ると、イネスさんが心配そうに待っていた。
「夜になっても帰ってこないから、何かあったんじゃないかって……。村の人たちにも捜索を頼んだのよ」
思った以上に大ごとになっていた。
迷惑をかけちゃった……
申し訳ないので、素直に謝る。
すでに出発の予定時刻は過ぎていた。
イネスさんは、私が無事で元気なことを確認すると、すぐに出発をする。
その馬車馬車の中でイネスさんに怒られ、祈年祭の依頼期間中の狩りは禁止されてしまった……。
ううっ、失敗した……。
その後の訪れた村の儀式は、他の村と同じように問題なく実施でき、祈年祭《光神官代理》の依頼は無事に終了した。