第17話 祈年祭と魔物狩り勝負3 狩りに出たけど...
翌日。
今日と明日は自由行動だ。
キュレネたちと『魔物狩り勝負』の約束をしているので狩りに行こうと思う。
昨日の祭りの最中、村の人に周辺の狩場について聞いておいた。
初~中級者向けなのは北のヒルデ山、一方で東のグランタ山には「山の主」と呼ばれる強力な魔物がいるため、入らないほうがいいとのことだった。
よし、今日はヒルデ山へ向かおう。
狩りの準備をしていると、イネスさんが声をかけてきた。
「ティアちゃん、元気ねぇ」
?
突然の言葉に、私は首をかしげる。
どうやら私の表情から察したのか、イネスさんが説明してくれた。
「昨日、儀式で大量に魔力を使ったでしょ? それに加えて、お酒もたくさん飲まされてるし……。今日は動けない光神官が多いのよ」
なるほど、それでか。
だから、今日と明日はしっかり休めるようになっているんだな。
「無理しないで、早めに帰ってくるのよ」
その言い方、まるで保護者のようだった。
女神モードを使うつもりなので、なるべく顔を見られないように口元に布を巻き、ローブを羽織ってフードを深く被る。顔の部分だけ見ると、少し忍者のようかもしれない。
この姿で誰かに見られるのは避けたかったので、窓からこっそり抜け出し、誰にも気づかれないよう村の外へ向かった。
この道を進めばヒルデ山だよね——そう思いながら歩いていると、前方から三人の人影がこちらに向かって走ってくる。
よく見ると、先頭にいるのは村長だった。
「魔物だ! あんたも逃げろ!」
そう叫びながら、私の横を駆け抜けようとした瞬間、村長がつまずいて派手に転んでしまった。
後ろを走っていた二人はそのまま通り過ぎたが、村長が倒れたことに気づくと、慌てて引き返してくる。
しかし、村長はすぐには動けそうにない。
村長たちが逃げてきた方を見やると、そこには人型で二足歩行する、ヤギの顔を持つ青い魔物がいた。
大きさは……オーガよりも大きいかもしれない。
そう考えているうちに、気づけば10メートルほどの距離まで接近されていた。
「そいつの目を見るな!」
誰かの声が響く。
見ちゃダメだと言われたせいで、つい反射的に目を見てしまう。
ヤギの目……瞳孔が細長くて、ぞっとするほど不気味だ。
しまった! 言われたせいで、逆に気になって見てしまったじゃないの。
なにやら目が光ったような気がするけど、それだけ……よね?
魔物は構えることもなく、平然とこちらへ歩み寄ってくる。
私は剣の柄に手をかけ、いつでも攻撃できるよう備えた。
「ほう……俺の『パラライズアイ』が効かないとは。面白い。今度は楽しめそうだな」
しゃべるの!?
驚いて一瞬の隙に、魔物の周囲から大きな魔力があふれだした。
大きな魔法が来る。——そんな確信があった。
私はともかく近くの村人たちは危ない。被害が出る前に何とかしなくちゃ。
それなりに強そうだけど、相手は一体だけ。魔法を放たれる前に、瞬殺する!
女神モード、発動。
世界が止まったかのような感覚の中、ヤギの魔物の目の前へと踏み込み、抜刀術を放つ。
真刀流奥義——
「閃き」
刃は左の肋骨下から右肩へと鋭く切り上げる。
その瞬間、ヤギの魔物と目が合った。
……もしかして、今の攻撃、見えていた?
切り上げたままの姿勢で、女神モードが解除される。
「ん? なんだ?」
ヤギの魔物がそう呟き、動こうとした——その刹那。
切り口からずれ落ち、魔物は崩れ落ちた。
——うーん。いきなり女神モードを使うと、相手の強さがさっぱりわからないわね。
とりあえず、魔石を回収しておこう。
……それにしても、この死体どうしよう?
道の真ん中にこんなに大きいものが転がっていたら、邪魔よね……。
村長に聞いてみよう。
「この死体、どこか捨てる場所はありますか?」
……あれ? 返事がない。
動きが止まってる? もしかして、さっきのヤギの魔物になにかされた?
もう一度、尋ねる。
「この死体、どこに捨てればいいですか?」
「あ、ああ……」
どうやら、村長は目の前で起こった出来事に気が動転していたらしい。
しばらくして正気を取り戻し、ようやく返事をくれた。
「この魔物の素材は、いらないのですか?」
素材? いつも倒した魔物はそのまま捨ててたよね……。
「いりません」
「では、もらってもよろしいのですか?」
「かまいません」
そう答えた途端、周りにいた人たちが「村長だけもらうのはずるい!」と言い出した。
え、そんなことで争わないで……。
変な揉め事にならないようにしておこう。
「村に寄付しますので、皆さんで分けてください」
「ありがとうございます! 助けていただいただけでなく、これまでいただけるとは……。ぜひ、お礼をさせてください。村までお越しください!」
——うわ、面倒なことを言い出したよ。
と思ったその時、村の方から大声が響き、男の人が全力で駆けてくる。
「村長、大変だ! 重傷を負った騎士様たちが村にやって来た!」
「なに? ……ちょうど今、教会に光神官様が来ている。教会で治療を受けてもらえ!」
——その“光神官”って、私のことよね。
どうやら、教会に戻った方がよさそう。
「それから、こいつを解体するために、数名手伝いを寄こしてくれ!」
村長が騒ぎに気を取られている隙に、私はその場をさりげなく離れ、こっそり教会へ戻った。
誰にも気づかれないよう窓から自分の部屋に戻り、すぐに神官服へ着替える。ちょうどそのタイミングで、イネスさんが呼びに来た。
「良かった。まだ出発してなかったのね。今、重傷者が運び込まれたの。ティアちゃん回復魔法をお願い」
私が急いで重傷者が運び込まれた部屋へ向かうと、すでに三人の騎士が寝かされ、神官や騎士団員らが懸命に手当をしていた。
寝かされていた一人が、弱々しい声で訴えた。
「アーティ様を……助けてくれ……」
重傷者の世話をしていた騎士団員の一人が、私を案内する。
アーティ様と呼ばれていたのは、三人の中でも最も重傷を負っている人物だった。
若く見えるが、“様”付きで呼ばれていることから、身分の高い人なのだろう。
状態を確認すると、頭や腹から大量の血を流し、意識はなく、顔は青白い。
特に腹部はひどく抉られ、周囲は黒く変色し、腫れ上がっていた。
普通なら目を背けたくなるような傷。
でもこの世界に来てから、不思議とこういう状況にも耐性がある。
効果を試す機会もないままだったけれど、果たしてこんな重傷を癒せるほどの力があるのだろうか——
不安を抱えながらも、私はそっと手をかざす。
「ヒール」
普通のヒールを装いエクストラヒール魔法を発動させる。
手のひらから、柔らかな光が溢れ出した——。
魔法をかけると、患者の状態が手に取るようにわかった。
——麻痺(魔法由来)、毒、骨折(頭・背骨・肋骨)、内臓破裂、血液不足……
……これ、本当に助かるの?
まず、魔法由来の麻痺を解除。次いで解毒も成功。
あとは怪我が治るまで、ひたすら魔法をかけ続けるしかない。
というのも、この世界の回復魔法は“瞬時に傷を癒す”ものではなく、魔法をかけている間だけ回復速度を数倍から数十倍に引き上げる、という仕組みだからだ。
魔法をかけながら、案内してくれた騎士団員——アプロさんというらしい——から事情を聞く。
話の概要はこうだ。
最近、広範囲で牙狼の被害が広がっており、王国は討伐のために第4騎士団を派遣。
騎士団は、群れを率いるリーダーを追い、村近くのグランタ山とヒルデ山の間に入った。
そこで遭遇してしまったのが、“山の主”と呼ばれる魔物——カペルディアボルス。
「最近、犬コロが俺の庭で暴れまくってるようだから、追い払おうと思って出てきたんだが……お前たちも目障りだ、ついでに退治してやる」
そう言われて、いきなり戦闘になったらしい。
しかし、カペルディアボルスに対する対策をしていなかった騎士団は、一方的にやられ、撤退を余儀なくされた——ということだった。