第16話 祈年祭と魔物狩り勝負2 儀式
今日は儀式の日。
朝から精霊教会の前には多くの人が集まっていた。まず、ヴィレラ神官から村長のアマンドさんを紹介される。白髪に白髭、痩せ型で、少し怖い顔をした60代の男性だ。
午前中は、村長をはじめ村の有力者5人、ヴィレラ神官とその補佐の青神官、そして私とイネスさんの神官4人、合計9人で畑を視察することになった。
農地はかなり広範囲に広がっており、視察には数時間を要する。途中、木造の高い櫓に登り、畑の全景を確認する場面が何度かあった。櫓は全部で4箇所あり、そのたびに全体をしっかり見渡すことが重要だと、イネスさんから念押しされる。
最後の櫓の上で、村長のアマンドさんが真剣な表情で口を開いた。
「最近、収穫量が落ちてきているので、一昨年からこの一帯で農地を広げて補おうとしているのですが、新しい畑は特に作物の出来が悪く、思うように収穫量が上がらないのです。ぜひとも、神官様のお力で何とかしてください」
……お願いされてしまった。
そういうのって神様に頼むものじゃないの? と思ったけど、この神様って「知識や力は授けたから、あとは自分たちでやりなさい」ってスタンスなんだよね。
そもそも、私の力で本当に収穫量が上がるのかもわからない。だけど、ここは無難に――
「できるだけのことはやってみます」
と答えておいた。
精霊教会に戻り、いよいよ儀式が始まる。
礼拝堂は村人で満席だった。
ヴィレラ神官が話し始め、私は祭壇の魔道具にそっと手を触れる。
──光魔法適性確認
──土魔法適性確認
──起動します。
目の前に、淡い光の文字が浮かんだ。
……あれ? 土魔法の適性も必要なの?
そんな話、一言も聞いてないんだけど。
──農地範囲の設定
──農地情報を読み取ります。
しばらくすると──
──読み取りエラー
……うそ、どういうこと!?
壊れてるんじゃないの!?
メッセージは、頭の中に直接響くように表示される。
周囲の人には見えていないようだ。
でも、もう儀式の最中だし、誰かに聞ける雰囲気じゃない……。
もう一度、試してみよう。
魔道具から手を放し、深呼吸してから再び触れる。
──光魔法適性確認
──土魔法適性確認
──起動します。
──農地範囲の設定
──農地情報を読み取ります。
──読み取りエラー
……またか。
まずい。どうすればいいんだ?
じわりと脂汗が滲む。
そういえば、「農地の全景確認が重要だ」 と、しつこく言われていたっけ。
もしかして、私の頭の中から農地情報を読み取るってこと?
魔法絵師の時も「読み取れない」って言われたし、自分からイメージを送る感じで……。
今度は成功したようで、さっき見た農地の景色が加工され、まるで航空写真のように上空からの視点へと変わった。
──作物成長支援範囲:赤枠
畑の輪郭が、正確に範囲指定されている。
なにこれ……? これが魔道具なの?
完全にオーバーテクノロジーじゃない?
私が見た情報を読み取って、範囲を指定して、さらにその範囲の作物を魔法で成長支援するってこと?
なんでそんなことができるの? どうなってるの、この世界……。
驚きのあまり、しばらく固まってしまった。
やばいやばい!
ふと我に返り、改めて目の前の画像に目を向ける。
すると、下の方に──
1.設定完了
2.修正
3.過去情報参照
「過去情報参照」と頭に思い浮かべると、昨年の農地図と指定範囲が隣に表示された。
今回の設定と比較すると、村長が言っていた新しい畑の部分が範囲指定されていない。
でも、画像を見る限り、もう畑は完成しているように見えるのに……。
なんで?
そう思った瞬間、頭の中に返答が届く。
──前回の魔道具操作者の魔力が不足していたため、新しい部分への対応を見送りました。
……うそ、この魔道具、返事をするんだ。
驚きの連続だったが、今回の範囲に異存はない。
「設定完了」 を選択することにした。
すると──
──作物成長支援
──土壌改良
2つの項目について、「実施する」か「しない」かを選択する画面が表示された。
デフォルトでは、どちらも「実施する」に設定されている。
……なにこれ、どういうこと?
そう思った瞬間、新たな説明が加わる。
作物成長支援:作物自身の成長力を高める光魔法の使用
土壌改良:作物の生育に必要な栄養素のバランスを整える土魔法の使用
なるほど。
迷う理由はない。
「両方とも実施」 を選択する。
これで準備完了──そして、画面が切り替わった。
──魔力供給・待機中
そうだ、魔力供給はヴィレラ神官の話が終わってからだったね。
しばらく待っていると、ヴィレラ神官の話が終わった。
「では皆様、お祈りをいたしましょう」
その言葉に、村人たちは手を組み、祈りの姿勢をとる。
「豊作でありますように」
ヴィレラ神官に続き、私も静かに祈りを捧げる。
すると、補佐のイネスさんがこちらを見て、魔力供給の合図を送ってくれた。
私は深く息を吸い、魔道具へと魔力を流し込む。
──まずは光魔法の魔力供給。
祭壇が白く輝いた瞬間、村人たちから歓声が上がる。
「「「おおっ!」」」
熱気が一気に高まり、ざわめきが広がる。
──次に土魔法の魔力供給。
今度は祭壇が金色に輝く。
すると、歓声はさらに大きくなり、ついには狂喜乱舞する者まで現れた。
な、なんだかすごいことになってきた……。
こうして礼拝堂での儀式は無事に終了し、外ではすでに祭りが始まっていた。
賑やかな声と共に、飲み食いの宴が幕を開ける。
話を聞くと、最近はここまで祭壇が強く輝くことはなかったらしい。
ましてや、「豊作間違いなし」 とされる金色の輝きが現れたのは久しぶりとのこと。
さらに、近年は不作が続いていたため、村人たちの喜びもひとしおのようだ。
私も外の祭り会場へ行くと、「光神官さま!」 と感謝の言葉をかけられ、次々とお酒を注がれた。
……ここの人たち、お酒の年齢制限とかないんだ。
人生初のお酒だったが、正直、あまり美味しいとは思えなかった。
それに、体内でアルコールが『状態異常を引き起こす毒』として自動的に無毒化されてしまい、まったく酔うことはなかった。
結果、あまり美味しくない液体を延々と飲み続けることになった。
そんな中、オーバーテクノロジーじみた祭壇のことが気になり、ヴィレラ神官に質問してみた。
すると──
「あれは、精霊教会の本拠地であるウィステリア神国の大神殿に伝わる、神様から授かった知識で作られる魔道具です」
とのこと。
やっぱり、この世界……神様が直接干渉してるのか?
ふと疑問に思い、「神様に会うことってできるんですか?」と聞いてみると、
「基本的には、神様からの連絡があったときのみ。それも、最上位の神官でなければ会うことはできません」
との返答だった。
……うーん、なんだか微妙な神様だな。
そんなこんなで、私にとって初めての村での祈年祭は、無事に幕を閉じた。