第15話 祈年祭と魔物狩り勝負1 ランツ村
精霊教会からの依頼は、各農村で行われる祈年祭における光神官の代理をすることだった。
祈年祭とは、作物を育て始める際に豊作を祈る祭りであり、各農村の精霊教会では光魔法を用いた儀式が執り行われる。その儀式を担うのが光神官の役割だ。
しかし、以前にも聞いたとおり、現在は光魔法を扱える神官が少ない。そのため、教会は光魔法を使える者を代理として雇い、派遣している。ただし、表向きには『教会本部から派遣された光神官』ということになっている。
今回の依頼は、施療院での光魔法による治療が評価されたことでクラーレットの奇跡の全員に対して指名依頼が来たのだった。
実際のところ私は施療院で光魔法を使っていない。それにもかかわらず私も指名を受けたのは、光魔法の適性があることが判明しており、その魔力が高いと見なされたかららしい。
光神官代理の依頼では、一人につき四か所の農村を訪問することになっている。つまり、三人で合計十二か所の農村を回ることになる。滞在期間は一か所につき四日程度を予定している。
儀式の進行については、補佐の神官が一人同行するため、基本的にはその指示に従えば問題ない。
さらに、滞在中には休息日が設けられており、自由に行動することも許可されている。狩りに出ることも可能であり、その点については精霊教会にも確認済みだ。
ただし、その際は「神官ではなく冒険者として振る舞うこと」が求められる。また、神官業務に支障をきたすような行動は禁止されている。
報酬は一人当たり三十万サクル。さらに、食事や宿泊はすべて教会側が手配するため、追加の費用はかからない。半月程度で三人合わせて九十万サクルの報酬となるうえ、ほとんど出費がないという点から、かなりの好条件だというのがキュレネたちの感想だった。
キュレネは一通りの説明を聞いた後、疑問点を尋ねた。
「この依頼中に狩った魔物は、パーティ全体としてカウントされますか?」
指名依頼担当のエステバンは少し考えた後、答えた。
「まあ、今回は3人パーティに依頼しておいて、3人が別々の場所に行くというイレギュラーなケースですからね。パーティ単位でも個人単位でも、どちらでカウントしても構いませんよ」
どうやらキュレネは、ギルドポイントの獲得に差がつかないかを気にしていたようだ。彼女は公平に分配されるよう、パーティ単位でのカウントを依頼した。
「なあ、せっかく3人バラバラの場所に行くんだから、この依頼中にどれだけ魔物を狩れるか勝負しようぜ!」
えー、ムート何言っちゃってんの?
「そうね。その方が張り合いがあって、多くの魔物を狩れそうでいいわね」
えー、キュレネも賛成なの?
「わかった」
どちらかというと、そんな勝負やりたくないんだけど……。でも、一人なら女神モードを試せるチャンスでもあるし、ちょうどいいかも。
「じゃあ、獲得したギルドポイントが一番多かった人が勝ちね」
「負けたやつは罰ゲームとして、どぶさらいの依頼を受けて、その報酬で焼肉をおごるってことで」
「いいわ」
「はー……」
気のない返事をしつつ、一応OKする。
そういえば、掲示板にいつもどぶさらいの依頼が貼ってあるわね。人気がないから残っているのかしら?
「ん? ちょっと待って。私、いつもついて行ってるだけだから、どこに魔物がいるかなんてわからないよ」
「あー、大丈夫だ。村人に聞けば、近くの山や森を教えてくれるから」
「いやいやいや! 山や森って言われても、そのどこに魔物がいるかまではわかんないよ。魔物を探すときって、痕跡を見つけながら追ってたでしょ? 例えば、食べ残しとか足跡とかさ」
「あー、フィールドサインな。そういうのを辿って狩るのは、慣れが必要だから素人には難しいぞ。でも、そんなの見つけなくても、強い魔物は餌が来たと思って向こうから出てくるから、それを返り討ちにすればいいんだよ」
「えー、それ本当?」
「まあ、そうね。でも、ちゃんと村の人に聞いて、強すぎる魔物がいる場所は避けた方がいいわね」
そんな適当でいいのかなぁ……。
今日は、祈年祭に向けた準備のため、町の精霊教会にある神殿を訪れている。支給されたのは紫の神官服。着替えを終えると、補佐役の神官が紹介された。
私の補佐を務めるのは、青の神官服を着たイネスさん。見た感じ、30代後半くらいの女性だ。本来なら、紫の神官服を着た私の方が形式上は上の立場なのだけど――実際には、この人の指示に従うことになっている。なんちゃって神官だから仕方ない。
今回の祈年祭で私が担当するのは、ランツ村、パイース村、ホーラ村、ナチオネ村の4つ。移動には、精霊教会のマークがついた馬車を使うらしい。
実は、私にとって初めての馬車移動。どんなものかと少しワクワクしていたのだが――出発してすぐに、その期待は吹き飛んだ。
とにかく乗り心地が悪い。
まあ、道が悪いから仕方ないんだけど……これで数時間はさすがにつらい。身体強化のおかげでまだ何とか耐えられているけど、普通の人ならキツイんじゃないだろうか。
……と思っていたら、隣にいるイネスさんはというと、まるで気にした様子もなく、元気にしゃべり続けている。
どうなってるの、この人!?
ランツ村に到着すると、そのまま馬車で精霊教会の敷地内へ入る。
迎えてくれたのは、ランツ村精霊教会の責任者であるヴィレラ神官。紫の神官服をまとった、50歳くらいの男性だ。軽く挨拶を交わした後、私は宿泊部屋へ案内された。
用意されていたのは、そこそこ綺麗な一人部屋。待遇も良さそうで、ひとまず安心する。
一息ついたところで呼ばれ、明日の祈年祭についての説明を受けることになった。
まずは、精霊教会の前に集合し、村長や村の有力者たちとともに畑を一回りする。途中で櫓に登り、畑全体の様子をしっかりと目に焼き付けるのが重要らしい。その後、精霊教会へ戻り、礼拝堂で儀式を行うことになる。
礼拝堂の入り口から見て、一番奥には祭壇と呼ばれる魔導具があり、私の役目はその魔導具の操作だ。配置としては、祭壇の左側に座り、そこから操作を行う。つまり、礼拝堂の一般参加者たちから見れば、私の右側が見える形になる。
――ピアノの演奏会みたいな配置に近いかもしれない。
魔導具の操作は、祭壇にある半球状の水晶のような部分に触れるだけ。あとは自然にわかるようになっているらしい。
ヴィレラ神官の話が終わるまでに魔導具の操作を済ませ、あとは魔力供給を待つ状態にしておく。そして、話が終わったタイミングで魔導具へ魔力を供給する流れだ。供給の合図はイネスさんが出してくれるらしい。
魔力の消費については、自分の魔力が足りなくなりそうなら早めに中断していいとのこと。目安としては、魔力の2割を残すくらい。ただ、これは優しさからの配慮ではなく――
『途中で倒れられると儀式に支障が出るし、他の村も回るから、ここで魔力切れを起こされたら困る』」
という、割と現実的な理由だった。
正直、魔力の残量とかの感覚がないから、よくわからない。でも、たぶん大丈夫。今までいくら魔法を使っても、特に問題はなかったし。
最後に、注意事項として『儀式中は常に背筋を伸ばし、堂々とした姿勢でいること』と念押しされた。