第138話 女神として10 片付けと帰還
-------ティアの視点に戻ります
キュレネたちが、ついに魔王のもとへ到達したようね。
エレメンタルマスターとなったキュレネ。
そして、ドラゴンハートを取り戻したムート。
その実力、じっくり見せてもらうわ。
私は、ゴーレムのクルールと感覚を共有しながら、彼女らの様子を見守る。
……うわ、魔王って思ってたより手強いわ。
「あっ、ムート、危ない!」
「キュレネも……気をつけて!」
ただ見ているだけって、こんなに心臓に悪いのね……。
子どもを見守る親って、きっとこんな気持ちなんだ。
「ふぅ……よかった。なんとか魔王を倒すことができたみたいね……」
少し安心したその時、クルールから緊急の連絡が入る。
「ティア様、まずいです!」
すぐに状況を解析すると――
どうやら、霧散した魔王の魔力が再構成され、新たな魔王が生まれようとしているらしい。
……確かに、それはまずいわ。
私が直接行くしかない。
それまで、みんな……どうか持ちこたえて。
私は急ぎ、皆のもとへ向かう。幸い、距離はそれほど離れていない。
でも――状況は一刻を争う。
……あっ、ダメだ!
「クルール!アレを防いで!」
その瞬間、通信に激しいノイズが走る。
そして、クルールとのリンクが――途切れた。
扉を開けて、中に入る。
……良かった。間に合った。
破損したクルールの姿を目にして、心の中でそっと謝る。
それから、キュレネたちのもとへと歩み寄った。
「今、片付けるから、ちょっと待っててね」
さて、どうしようか。
最後だし――真刀流の奥義、使ってみようかな。
教えてくれたおじいちゃんに感謝の意味も込めて。
そのとき、新魔王がこちらに向かって声を発した。
「なんだ貴様?」
……ご丁寧に話しかけてきたよ。
「ただの女神よ。あなたは、消えなさい」
そう告げて、私は剣を上段に構える。
――真刀流奥義、『真ノ刀』。
うろ覚えだけど、確か「刃の向きと力の流れを完全に一致させ、一瞬にすべてを込めろ」と言ってたっけ。
あのときは意味が分からなかったけれど……今なら、何となくわかる。
私は一気に間合いを詰め、剣を振り下ろした。
新魔王は即座に反応し、後方へ跳ぶ。
……かわされた?
剣はほんのわずかに、新魔王をかすめただけのように見えた。
――だが、次の瞬間。
新魔王の身体は、真っ二つに斬り裂かれていた。
……あれ?
これ、明らかに真刀流の奥義「真ノ刀」じゃないわね。
だって、こんな斬撃飛ばすトンデモ技のわけないもの。
おじいちゃんごめん。私わかってなかった。
うろ覚えで変な技になっちゃったけど――まあ、結果オーライね。
だがその新魔王から、またも黒い靄が立ち昇り始める。
……このまま放っておけば、さっきのようにまた厄介なことになりかねない。
消しておこう。
「ブラックホール」
黒い円が、新魔王の背後に出現する。
新魔王は、立ち上る黒い霧とともに、それに抗う間もなく吸い込まれていった。
「――片付け、終わり」
「……ティアって、魔王すら瞬殺なのね。それに『ただの女神』って、意味わかんないわよ」
キュレネが、呆れ混じりにそう言う。
彼女は見たところ、かなりの重傷のようだった。
「うん、今すぐ治すね」
「エクストラヒール」
もう、自重なんてしない。
思い切り回復魔法をかけて治療する。
今の私は、三管理者分のリソースが使える。
それによって能力も大幅に上がっている。そのためキュレネの傷は、たちまち癒えていった。
「みんな、お疲れ様。この下に、ハイヒューマンの居住区があるから、ゆっくり休んでいって」
私は皆を居住区へと案内する。
ちなみに、クルールは修理のため、ゴーレム整備場へと運んでおいた。
居住区では、飲み物や食事を振る舞う。
そしてキュレネとムートには、これからのことや私が元の世界に戻る件について、詳しく話した。
こうして一緒に過ごせるのも最後になるかもしれない。
そんな思いから、私は皆と一晩を居住区で共に過ごした。
キュレネたちと別れた後、私は再びゴルフェダンジョンで今後の準備に取りかかる。
基本的に、三つのダンジョンにある居住区は、ノバホマロ側には開放しない予定だ。
というのも、居住区内の施設が破壊されると、システム全体が一気にダウンする恐れがあるためだ。
代わりに、各ダンジョンにある情報はキュレネ――エレメンタルマスターに限り、遠隔でアクセスできるよう設定した。
その他の人々には、ヴェルティーソ高等学園内のミニダンジョンに設置した専用端末から使用してもらう形にする。
そうした、細かい調整を重ねているうち三か月の月日が経ち最重要案件の公表日となる。
ウィステリア神国、大神殿のホール。
そこには、各国の国王や支配階層の面々がずらりと顔をそろえていた。
当初の計画――「各国が困ってから助けに行く」という案は、うまくいかなかった。
けれど、インテーネの奪還、新魔王の討伐という大きな実績に加え、私自身の“強さ”を、各地の人脈やゴーレムを通じて広く宣伝してもらったことで、露骨に敵意を向けてくる国はなかった。
皆、素直に大人しく集まってくれたようだ。
ちなみにキュレネは――旧シドニオ帝国の大半を掌握し、新たに『クラーレット帝国』を建国。
そして、記念すべき初代皇帝に即位していた。
……その名前で本当に良かったのかしら。
私はゴッドウィングの魔法で神装を身にまとい、ウィステリア大神殿の“降臨の祭壇”へと転移する。
十二本の柱が囲む円形の祭壇。柱の頂点を結ぶ魔法陣が浮かび上がり、そこから天へ向かって光の柱が立ちのぼっていた。
その光の中心――空から、私はゆっくりと降りていく。地上およそ四メートルの位置でにその場に留まる演出は、以前と同じ。
私の降臨に、各国の王や高位の者たちは、皆、片膝をつき頭を垂れて迎えてくれていた。
「皆さん、顔をお上げください」
そう告げると、一斉に顔が上がり、私を見つめる視線が集まる。
「私は女神ティアマトウ。滅びたこの世界の神々に代わり、別世界からやってきました。ですが――私はまもなく、元の世界へ帰らねばなりません。その前に、この世界の未来を託すために“神の知識”と共に“試練”を与えます」
神殿のホールがざわめきに包まれる。
「試練とは、これからの約150年間で神の知識を学び、この世界を支えている“精霊システム”の崩壊を防ぐことです」
「150年?」「精霊システムって……?」
そんな声があちこちから上がる。
「“精霊システム”とは、神々がこの世界に残した、魔法と環境維持を支える根幹の設備です。このシステムが崩壊すれば、気候は荒れ、魔法は失われ、人類は滅びに向かうでしょう。神々なき今、その維持には――神に等しい技術と理解が必要となるのです」
「そんな……それは無茶だ!」「神の代わりになれというのか!?」
不満と動揺の声が広がるが、私はあえて無視して話を続ける。
「長らく人々は神に守られてきました。しかしその時代は終わりました。これからの未来は――あなた方自身が決めるのです。滅びを受け入れるのか、それとも、知を手にして世界を維持するのか」
次第に、人々は状況の深刻さを理解しはじめ、騒ぎは一層大きくなる。
だが、私は怯まず、淡々と告げる。
「“神の知識”の管理は、エレメンタルマスターのキュレネに託しました。また、その知識を学ぶための場をヴェルティーソ高等学園に整備済みです。詳細はそちらを通じて確認してください」
怒号混じりの声がさらに高まる中、私は一度、ホールを睨みつける。すると、場がピタリと静まる。
「では、私はこれにて。この世界に戻ってくることはありません。人類の未来は、人類自身の手で選び取ってください。それが、最後の“神の言葉”です」
私はそう言い残し、転移装置を起動させる。
全身を光が包み、私は天へと昇っていく。
……とはいえ、ここの転移装置では異世界に行くほどの出力は得られない。
そのため、私はまずクヴァーロン王国・セロプスコにある転移装置へ向かう。
大神殿に行かなかったスピカ第三王女をはじめ、数名の者たちがここに集まってくれていた。
「これまでありがとう」
そう告げて、彼らに別れを告げる。
キュレネたちは大神殿にいるため直接の別れはできなかったが、代わりにゴーレムを通じて、感謝と別れの言葉を伝えておいた。
最初は、帰りたくてしかたがなかったこの世界――
それが、今では離れがたい場所になっていた。
過ごした時間は、たったの二年半ほど。
けれど、元の世界では決して経験できないような出来事に満ちていて、とても充実していた。
でも、もうやるべきことはすべて終えた。
ここから先に行けば、もう戻ることはできない。
私は覚悟を決め、転移装置を起動する。
光に包まれ、空高く昇りながら――私はこの世界を後にした。
* * *
「……うーん」
目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
まさか、全部夢だった……?
一瞬そんな考えがよぎる。
でも――すぐに違うとわかった。
なぜなら、私は向こうの世界で着ていた服をそのまま着ていたのだ。
ブーツまでしっかり履いたまま。
おかげでベッドの中は、砂まみれ。
……勘弁してほしい。
私は慌てて日付を確認した。
異世界召喚された日と同じ。
時間は、わずかに六時間ほど進んでいるだけ。
誰にも、私がいなかったことは気づかれていないだろう。
これで、また元の日常が戻ってくる――
……なーんてね。
私は、ゴルフェダンジョンに保管されていた黒髪少女型の他律型ゴーレムを起動する。
あの世界から私にアクセスできたということは、情報のやり取りが可能ということ。
だから私は、この世界からでも操作できるよう、あらかじめ細工を施しておいた。
あんな騒動に巻き込んでおいて、「はい、さようなら」なんてゆるさない。
だから――このゴーレムを通して、私はあの世界を見守ることに決めたのだ。
このゴーレムは、私の意志で動き、私の五感で世界を感じる。
言うなれば、もうひとりの私――仮想世界における“アバター”。
さて。
この分身、何という名前を名乗ろうかな?
――完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
連載開始から約4カ月、最後までお付き合いいただけて本当にうれしいです。
連載中はPVやブクマ、評価に励まされ、
また、そのおかげでたびたびランキングにも顔を出すことができ更新の力となっていました。
よろしければ、コメントや評価を残していただけるととても嬉しいです。今後の創作の糧にさせていただきます!
一応、続きが書けるような終わり方になっていますが
第二部 ゴーレムを名乗っていいですか?(仮)
ではなく次回作は別作品を準備中です。(だいぶ後になると思いますが......。)
また別の作品でも、楽しんでいただけるよう頑張ります!
本当にありがとうございました!