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第137話 女神として9 魔王討伐

------------------キュレネ視点です 


 私たちはゴルフェダンジョンに潜り、魔王がいるとされる最下層へとたどり着いた。


 ティアのゴーレム、クルールが道案内をしてくれたおかげで、比較的スムーズにここまで来ることができた。


 やがてティアの調査により、魔王が潜むとされる大広間の手前まで進む。


 皆がその扉の前で息を呑む中、私は先頭に立ち、ゆっくりと扉を開いた。


 ――中にいたのは、身長4メートルを超える巨体。


 大きな角と翼を持ち、深い紫色の肌をした魔物がこちらを待ち構えていた。


 その姿はまさに、伝承で語られている通り。間違いない、これが魔王ヘルフリードだ。


 魔王がこちらを向いた瞬間、空気が凍りつくような緊張が走る。


 そして、魔王ヘルフリードが口を開いた。


「人間が迎えに来たか。てっきり、魔人が来るものと思っていたのだが……。さて、お前たちは我の味方なのか?」


 その問いに、私は一歩前に出て答えた。


「残念だけど、あなたの敵よ」


「ほう。この我を前にして、なかなかに堂々としているな……。だが、その人数ではどうにもなるまい」


 次の瞬間、魔王から強烈な威圧が放たれた。


 その気配だけで、同行していた仲間の半数が動けなくなってしまう。


 ――このままでは足手まといになる。


 私はそう判断し、仲間たちに外で待機するよう指示した。


 こうして、魔王と対峙するのは私とムート、そしてクルールの三人だけとなった。


 クルールはティアに情報を送る任務があるとのことで、姿を隠して静かに様子をうかがっている。



「ほう……たった三人で我と戦うか。大した準備もなしに」


 魔王が鼻で笑うように言う。


 無理もない。かつて帝国がこの魔王に挑んだときは、ドラゴンを味方にし、巨大な罠を張り、多人数で魔法を放つ魔導具まで投入したという記録が残っている。


 ヘルフリードもそれを覚えていて、あの皮肉が口をついて出たのだろう。


 けれど、今回は違う。


 今の私はエレメンタルマスター。そして傍らには、今は人の姿をしているが、プラチナムドラゴン――ムートがいる。かつて魔王を打倒した実績を持つ組み合わせだ。


「いいえ。二人で戦うわ」


 私が静かに答えると、魔王の口元がわずかに歪む。


「……思いあがるなよ」


 その言葉と同時に、魔王ヘルフリードが右手を突き出し、魔法を放つ。


「――ヘルフレイム」


 黒炎系最上位魔法。かつて魔人たちが用いた、すべてを焼き尽くす業火。


 だが。


「アンチマジック」


 私が詠唱すると、魔王の黒炎は跡形もなくかき消された。


「むっ……? なんだ、それは?」


 驚くヘルフリードに、私はすかさず魔法を返す。


「――音速嵐マッハテンペスト


 疾風の刃が空間を引き裂く。


「レジスタントマジック」


 魔王は瞬時に耐魔法結界を展開し、魔法を防ぐ。


 これは、かつてヴァンパイアのヴラディスが使っていたのと同じ魔法だ。


 互いに一手ずつ交わし合いながら、探り合っている――そう、まだ本気ではない。

 これは、静かに始まった死闘の前奏に過ぎない。



「ほう……これは驚いた。以前の人間たちとは、格が違うようだな」


 魔王が口元を歪めて笑い、両手を前に突き出す。


「――ダブルヘルフレイム」


 左右の手から放たれる、2発の黒炎。


 重なるように飛来するその魔法は、まさに圧倒的な破壊の奔流だった。


「アンチマジック!」


 私は詠唱し、魔法を相殺する。しかし――完全には消しきれない。


 威力を削がれたとはいえ、赤黒い炎の一部が残り、迫ってくる。


 私は即座にバックステップでかわす。かすめる熱気が肌を焼いた。


 だが、次の瞬間。


「――ヘルクロウ!」


 魔王が距離を詰め、爪を振りかざして襲いかかってくる。


「くっ……インパクトクラッシュ!」


 不安定な体勢だったが、私はとっさにハルバードを構え、魔王の一撃を受け止める。


 重い衝撃が全身を駆け抜ける。けれど、耐えきった。


 こちらが防ぎきったことに、魔王が一瞬わずかに目を見開く。


 その隙を、私は見逃さなかった。


 ムートに目で合図を送りつつ、再び詠唱。


「――アンチマジック」


 直後、空中から銀光が奔る。


「プラチナムブレス、連射!」


 ムートが高空から連続してブレスを吐く。白銀の閃光が魔王を貫いた。


「グワアアッ!」


 一撃、そして二撃――魔王はたまらず後退する。


 アンチマジックで耐魔法結界を打ち消した直後、ムートのブレスが直撃。


 読みどおりの連携攻撃が、魔王に大きな一撃を与えた。




 しかし、魔王の体に刻まれた傷が、みるみるうちに再生していく。


「貴様ら……許さん」


 怒気を含んだ声とともに、魔王の魔力が一気に膨れ上がる。


 そして、空中にいるムートに向けて魔法を放った。


「――ブラックノヴァ」


 黒い球体が唸りを上げて飛翔する。


 ムートは咄嗟に身をかわす――が、黒球はすれ違いざまに炸裂。


 爆発とともに生まれた凄まじい爆風が、ムートの身体を吹き飛ばす。


「……ムート!」


 彼女は壁に叩きつけられ、そのまま地に落ちた。


 まずい、このままでは追撃される。


 私は魔王の視線を引きつけるため、あえてその前を横切るように走る。


 思惑通り、魔王はムートを追わず、私に照準を移した。


「――ブラックノヴァ」


「アンチマジック・シールド!」


 全身を包むように、アンチマジックの防壁を展開する。


 魔王の強大な魔力が内包される魔法すべてを打ち消すのは得策ではない。


 私は、自分に当たるものだけを防ぐよう、魔法の運用を切り替えた。


 爆裂するブラックノヴァを回避しながら、反撃の機会をうかがう――


 だが、魔王は間を置かずに再び放つ。


「ブラックノヴァ」「ブラックノヴァ」――次々と。


「くっ……!」


 連続で繰り出される魔法。防ぎきれない。


 アンチマジックシールドを貫通し、黒炎がかすめ、体にじわじわとダメージが蓄積していく。


 距離を詰められ、私は徐々に追い詰められていった。




「――ドラゴンパワーストライク!」


 突如、魔王の背後から飛びかかる影。


 ムートは竜化で強化した腕に握った剣で、魔王の左足を鋭く貫いた。


 実は、先ほどの魔法攻撃――ムートはドラゴン特有の魔力障壁で防ぎ致命傷を避けていた。


 そして、壁に叩きつけられたあと起き上がれないふりをし、魔王の油断を誘ったようだ。


 なかなかの策士ね。もっとも、かなりの重傷ではあるようだけど――。


「今だっ!」


 私は、動きの止まった魔王に向けて魔法を放つ。


音速嵐マッハテンペスト!」


 風が切り裂き、魔王の右腕に直撃――血飛沫とともにズタズタに裂けていく。


「グワアァッ!」


 さらに追撃を畳みかける。


音速嵐マッハテンペスト!!」


 だが――


「レジスタントマジック!」


 今度は耐魔法結界で防がれてしまった。


 くっ……マズい


 私は奥歯を噛みしめる。


 ここまで大技を連発し、さらにアンチマジックの消費も重なった。


 MPの残量が心もとない。


 長期戦は不利。このまま押し切らねば――!


 魔王は確かに負傷している。腕も足も不自由なはずだ。


 なら……今しかない!


 私はレイピアへと持ち替える。


 最も得意なパターンで畳みかける!



 ムートに目くばせする。


 ――事前に検討していた対魔王用の連携技、今がその実行の時。


 ムートが一気に魔王の背後へ突撃。


 迎え撃つ魔王の左腕が唸る。


「ヘルクロウ!」


 しかし、それをムートはすでに竜化していた腕で真正面から受け止めた。


「……捕まえた」


 そのままムートが全身を竜化させる。


 純白に輝く巨体、プラチナムドラゴンの姿がダンジョンの空間を圧迫するように広がる。


 魔王を押し倒し、両腕で動きを封じると、首筋へ鋭く噛みついた。


 魔王の動きが一瞬止まる――今しかない!


 私はすぐさま身体強化と属性エンチャントを最大限まで引き上げる。


「――これで終わりよ!」


 すれ違いざま、一瞬で魔王の腹部へレイピアを突き刺す。


 そしてその刃の先から、全魔力を込めた攻撃魔法を解き放った。


火炎地獄ムスペルスヘイム!!」


 魔王の体内で炸裂する、灼熱の地獄。


 炎が内側から体を蝕み、次第にその巨体を崩していく。


 ムートは人の姿に戻り、私とともに素早く距離を取る。


 魔王は呻き声を上げながらもがくが、内側から燃やされ続け、やがて力を失い、崩れ落ちた。


「……ふー、結構危なかったわ」


 ようやく終わった――緊張が解けた途端、全身が鉛のように重くなる。


 片膝をつき、荒く息を吐く。


 ムートもその場に座り込み、額から汗を垂らしていた。


 やがて、外で待機していた仲間たちが、おそるおそる部屋に入ってくる。


「……倒した、んだよな?」


「まさか、本当に……あの魔王を……」


 信じられないというような表情が次第に確信に変わり、皆の顔に安堵と驚きが混じる。


 だが――その空気を切り裂くように、部屋全体が「ビリッ」と歪むような異音を立てた。


 空気が震え、魔王の亡骸が黒い粒子となってくずれはじめる。


「……これは、何?」


 異変が、始まった――。




 魔王が崩れ落ちたその場所から、黒い煙のようなもやが立ち上っていた。


 それがゆっくりと、だが確実に一か所に収束していく。


「……なんなの、あれ……?」


 黒いもやは空気を震わせるように脈動し始め、やがて黒紫に妖しく輝き出す。そこから信じられないほど濃密な魔力が、急激に膨れ上がっていった。


 ただの残滓ではない。何かが、そこに生まれようとしている――!


 ムートが素早く判断し、すかさずドラゴンブレスを吐きかける。


 だが。


 ブレスは、触れることなくかき消された。まるでそこにある魔力が、干渉を拒んだかのように。


「……嘘でしょ」


 その黒光りの核から、ゆっくりと姿を現す影。


 ――魔王。いや、姿は酷似しているが、明らかにさっきの個体とは違っていた。


 その体格は一回り大きく、色はほとんど黒に近い深紫。角も翼も、より鋭く禍々しく、顔つきには先ほどのような威圧だけでなく、どこか知性と狡猾さを感じさせる精悍さが宿っていた。


 私たちの困惑を見透かすように、その魔物が口を開く。


「ちょうどいい具合に、大量の魔力が満ちていたからな。受肉に使わせてもらった。……これを準備していたのはお前たちか?」


 その口調は冷静で、どこか余裕すら感じさせる。


「受肉……? じゃあ……さっきの魔王とは違うってこと?」


 背筋が冷たくなる。


 ティアが言っていた、“新しい魔王”――あれが、まさか。


 さっきの魔王と気配が違う。倒した魔王の魔力を取り込んだ分、より強大な力を感じる。


 ムートが私の隣で低く唸った。


「……キュレネ。あれは、ヤバい。さっきのとは……比べものにならない」


 さっきの戦いでほぼ力を使い切った私たちに、さらに強大な“敵が立ちはだかろうとしていた。



 どうする……。正直、今の状態で、あれと戦うのは厳しい。


 時間を稼いで、撤退の手段を探すべきか?


 まずは、先ほどの質問に答えて少しでも時間を稼ごう。


「そうね。その魔力を準備したのは、私たちと言ってもいいわね」


「ならば、貴様の魔力もよこせ」


 ……やはり、話が通じる相手ではなかった。


「ブラックノヴァ!」


 いきなり魔法を放ってきた。


 まずい。私はまだしも、他のメンバーが耐えられそうにない――


「アンチマジック!」


 残り少ない魔力のほとんどを注ぎ込み、なるべく仲間に被害が及ばないように調整する。


 だが、その分、私がブラックノヴァの余波をもろに受けてしまい、後方へ吹き飛ばされる。


 ムートがすかさず後ろで受け止めてくれたおかげで、大きなダメージは免れた。


 それでも状況は圧倒的に不利だ。


「俺が竜化して時間を稼ぐ。その間に逃げろ。鱗の防御壁に魔力を集中させれば、しばらくはもつはずだ」


「さすがにそれは……」


 ためらった――その一瞬の迷いが、命取りとなる。


 新たな魔王が、容赦なく次の魔法を放つ。


「ブラックノヴァ!」


 ごめん、ムート……。


 そう心の中で謝ったその時――


 人影が、私の前に立ちはだかる。


「アンチマジック」


 その声が辺りに響き渡る。


 だが、魔法は消し切れず、その人物が直撃を受ける。


 おかげで私たちは無事だった。けれど……誰?


 声の主は、なんと――ゴーレムのクルール。


 破損した顔をこちらに向け、ひと言だけ告げる。


「ティア様が来ますので、ご安心を」


 そして間もなく、扉からティアが姿を現す。


 次の言葉が、場の空気を変えた。


「今、片付けるから。ちょっと待っててね」


まるで突然、友達が家に来たときのような一言に、思わず力が抜けてしまった。

次回 最終話。

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