第135話 女神として7 魔王討伐軍VSシドニオ帝国軍
その頃、私はアトマイダンジョンでゴルフェダンジョンへの再アクセスを試みつつ、ゴーレムを介してキュレネたちとシドニオ帝国の動向を見守っていた。
いよいよ、キュレネ率いる魔王討伐軍が、シドニオ帝国軍との対決に臨もうとしていた。
帝国軍を率いるのは、人間に化けた魔人――パウロニア将軍。
小競り合いの後、パウロニア将軍が両の掌を向かい合わせ、間に赤黒い炎を発生させる。
それは、一撃で千人を葬るほどの魔力を帯びていた。
「ヘルフレイム!」
だが、その魔炎はキュレネの魔法によってかき消される。
「アンチマジック」
「――ああ、これか。ティアがよく使ってたやつだな」
ムートの呟きが聞こえた。
驚愕するパウロニア将軍をよそに、ムートがドラゴンウイングを展開し、空から「プラチナムブレス」を放つ。
それは、ゴールデンドラゴンをも超えるとされるプラチナムドラゴンのブレス攻撃。
通常の兵士では到底太刀打ちできず、帝国軍は一気に瓦解していく。
そこへ反乱軍を率いるベルフローウェル将軍が背後から現れ、シドニオ帝国軍は完全に劣勢に追い込まれた。
パウロニア将軍はすぐに逃走を試みたが、キュレネとムートが進路を遮った。
「また貴様か。この私をなめるな!」
パウロニア将軍が再び両手をかざし、赤黒い炎が掌の間で燃え上がる。
「ヘルフレイム!」
今度はキュレネではなく、離れた位置にいる討伐軍の兵士たちを狙って放った。
キュレネを攻撃するふりをして、仲間を狙うとは――
即座にキュレネが魔法を発動する。
「音速嵐!」
発射直後のヘルフレイムに、音速の嵐を叩き込んだ。
アンチマジックでは着弾に間に合わないと判断しての選択――見事な判断だ。
「おお、これか。ティアが“ウインド”とか言ってよく使ってたやつだな」
またもムートの呑気な声が聞こえてくる。
ヘルフレイムと音速嵐が激突し、周囲に強烈な衝撃が走る。
その爆風に思わず顔を背けたパウロニアの隙を突き、ムートが空からプラチナムブレスを連射。
炎に包まれ、もがく魔人へとムートはさらに肉迫し、渾身の剣を突き立てる。
「パワーストライク!」
本来の力を取り戻したムートの一撃に、魔人はあっけなく沈んだ。
ムートが叫ぶ。
「パウロニア将軍を打ち取った!」
その瞬間、将軍の偽装が解け、紫色の皮膚、角、翼が露わになる。
すかさずキュレネが叫ぶ。
「貴様らを率いていたパウロニア将軍は魔人だ!これ以上の戦いは無意味だ、シドニオ帝国軍は退け!」
もはや戦意を喪失した帝国軍は、散り散りに崩れ去っていった。
魔王討伐軍は、パウロニア将軍率いるシドニオ帝国軍を打ち破り、その勢いのまま帝国の首都セグルンドへと進軍した。
しかし、セグルンドに駐留する帝国軍は、討伐軍の到着と同時に降伏を申し出てくる。
賢明な判断だ。
自分たちの将軍が魔人だったうえに、その魔人をあっさりと葬ったエレメンタルマスターが率いる軍に、無謀にも戦いを挑む愚かさはなかったのだろう。
魔王討伐軍は帝都セグルンドに駐留し、後処理を開始した。その間に、キュレネとムートは、ブリュンヒルデ聖騎士団長らAランクの魔物と戦える実力を持つ十数名の精鋭を選抜し、帝都を離れてゴルフェダンジョンへと向かう。
キュレネたちが帝国軍を退け、精鋭部隊がダンジョンへ移動を開始したころ――
私はアトマイからのアクセスに加え、ソノリオからも遠隔でゴルフェへの接続を同時に試みていた。
最重要案件として両拠点からアクセスを継続した結果、ついにゴルフェのサーバーが反応した。
すぐさま、アトマイとソノリオ双方の管理者権限で「緊急訪問」の通達を出し、強引に訪問許可を得ることに成功する。
キュレネたちがゴルフェダンジョンを目指す中、私はひと足先に転移でゴルフェダンジョンの居住区へ移動した。
……あれ?ゴーレムの出迎えがない。
仕方なく、自力で管理者ルームへ向かう。
――入れない。
そういえば、ここではまだ管理者登録してなかったっけ。
いままでどうしてたかな……そうだ、最初に応接室みたいな場所に案内されたはず。
ああ、これか。こんな感じの部屋だった。
中に入り、見覚えのあるソファに腰を下ろす。
その瞬間、意識がふっと遠のいた。
「管理者専用サーバー(ゴルフェ)への接続完了」
「管理者の登録が完了しました」
声が響き、意識が戻る。
とりあえず、管理者ルームに入る。
部屋の奥にある机に目を向けると、黒髪の少女型ゴーレムが静かに停止していた。
ここも、ヴェルティーソ高等学園にあったミニダンジョンのように、管理者代行ゴーレムの力が尽きた状態なのだろうか……。
私はそっとゴーレムを抱きかかえ、ソファーに横たえる。そして、気になって状態をチェックしてみた。
――正常。
えっ?正常なのに、なぜ動いていないの?
そう思った瞬間、頭の中に声が響く。
「これは、特殊仕様の他律型ゴーレムです」
「他律型?」
「従来の自律型ゴーレムは、自分の判断で行動しますが、こちらは他者の意識とリンクして動くタイプです」
――なるほど、いわゆる“意識リンク型”。ロボット作品などで見かける、操縦者の意識と同期して動く仕組みだろうか。
なぜこんなものがここに?と疑問は残るが、今はひとまず置いておこう。
それよりも、まずはこのサーバーを調べなければ。
まず目についたのは、ここゴルフェの最後の管理者による日記のような記録だった。
まさか、私が最後の生存者、そして最後の管理者になろうとは……。
うすうす感づいてはいたが、システムの崩壊までの時間は限られている。やはり、まともな対策は打てていないようだ。
そのツケを、私一人に丸投げされたということか。これまで他者との関わりを避けてきたのが、ここにきて裏目に出た。
我々の滅びは、もはや避けられない。だが、地上の人間――ノバホマロまでも見捨てるというのは、さすがに忍びない。
なんとか手はないものか……とはいえ、私はすでに110歳を超えたジジイ。もはや満足に動くこともできない。
そこで、一つの案が思い浮かんだ。自分の脳にあるすべての情報をゴーレムに移し、ゴーレムとして生き続けることはできないだろうか。
技術的には可能なはず。しかしそれは、死の概念を失わせ、世代交代をなくし、社会の停滞を招くという理由で、遥か昔に禁じられた技術だった。
今さらそんな理屈にこだわっている余裕は無いと思うのだが、私にはその制限を解除できなかったため、断念するしかなかった。
代わりに私は、他律型ゴーレムを作らせた。私の意識とリンクしすることで寝たままでも活動ができるようになった。
とはいえ、私の頭脳も限界が近い。やはり、後継者を探すしかない。
すでにこの大陸には適任者はいない。私は宇宙にまで探索の範囲を広げていたが、さらに視野を「異世界」にまで拡げようと思う。
後継者が見つかる可能性は限りなく低い。だが、数百年かければ、あるいは……
この施設のリソースは、後継者の捜索に集中させる。そして、後継者が見つかった際には、ノバホマロに情報を届けられるよう、後継者支援に全力で当たらせよう。
願わくば良き後継者が見つからんことを。
という感じか......。
やはり、私が妙なことに巻き込まれていたのは、このゴルフェのシステムが介入していたせいだったのか……。
それにしても、この老人が動かす他律型ゴーレムを少女の姿にしたのは、一体どういう理由があったのだろうか。
……まあ、いい。今は本題に入ろう。
ここ、ゴルフェから私がこの世界に呼ばれたということは、私の元いた世界につながる情報がここにあるはずだ。
そう思って調べてみると――やはり、あった。
この情報を使えば、私は元の世界に帰れる。
だが、現状で転移を実行するには、ゴルフェ、アトマイ、ソノリオ――この三つの拠点すべてのリソースを集結させ、一度きりの転移を行うしかないということらしい。
一度元の世界に戻ってしまえば、こちらの世界には二度と来られない。
つまり、私が元の世界に戻るということは――この世界との永遠の別れを意味する。
引き継ぎは行うつもりだが、本当にそれで良いのだろうか。
この世界を離れてしまっても、後悔しないだろうか。
そんな不安が、頭をよぎった。
残りあと3話!