第133話 女神として5 女神現る
私と王子は王都セロプスコに戻り、すぐに国王に謁見した。
鳩は無事に届いていたようで、すでに城の要人たちが集まっていた。その場で、王子が国王に報告を始める。
「こちらのティア様がディバインナイトを召喚し、アンデッドを殲滅。その後、星を落とし、城ごと高位のアンデッドを消し去りました。インテーネの奪還は完了です」
周囲がざわめく中、国王はしばらく沈黙を保ち、やがて静かに口を開いた。
「そのようなことが、あり得るのか?」
――やっぱり、実際に見なければ信じがたいか。いや、気づいてはいるはずだ。
どうするかと考えていたとき、ふとゴッドウイングの魔法が脳裏に浮かぶ。
ゴッドウイング。
それは疑似的な翼を生やし、神々しい衣装と光の演出を施す魔法。ノバホマロの前で“神”として現れる際に使うものだ。
ここで使うか――。
「ヴィンデミア・クヴァーロン国王。すでに、お気づきなのでは?」
そう言って、私はゴッドウイングの魔法を発動させた。
光が走り、背に翼が現れ、衣装は神々しく変化する。場の空気が一変し、全員が息を呑む中、私は口を開いた。
「我は、女神ティアマトウ」
神の顕現に、国王は即座に玉座を降り、片膝をついて頭を垂れる。要人たちもそれに倣い、ひれ伏した。
私は玉座に腰を下ろす。
すぐにヴィンデミア国王が謝罪の言葉を口にした。
「知らなかったとはいえ、大変な無礼をいたしました」
「構いません。私が正体を隠していたのです。それより、あなたの要望通りインテーネは奪還しました。ただし、しばらくは魔王討伐の拠点として使わせてもらいます」
「ははっ」
そう言って承諾はしたものの、国王の顔には「よく分からない」といった表情が浮かんでいる。
……ああ、封印が破壊されたことをまだ知らないのか。
納得はしていないが、神の言葉だから従っているのだろうか。
「その様子だと、まだ伝わっておりませんでしたか。
先日、シドニオ帝国軍がゴルフェダンジョンの封印を破壊しました。近いうちに魔王との戦いが始まるでしょう」
再び、場がざわめきに包まれる。
「そのような情勢ゆえ、私は早急にエレメンタルマスターの任命を決めました。
これより、その者に協力していただきます。
この件で、今から私はウィステリア神国の大神殿へ向かいます」
「ははっ」
「素直に従ってくださったお礼として、シドニオ帝国と内通している裏切り者の存在をお教えしましょう」
そう言って、私はある人物を指さした。
「そこにいる――プルネーゴ伯爵です。証拠は、こちらに」
私は、ゴーレムにまとめさせた書類の束を差し出した。
プルネーゴ伯爵は、王子が復興を目指していたルモヌーバ領の隣の領主であり、シドニオ帝国から多額の金銭を受け取り、活動していた。
国王は即座に命じる。
「プルネーゴ伯爵を拘束せよ!」
神である私の言葉に逆らう気配もなく、伯爵は大人しく連行された。
「では、これにて失礼します」
私は、修復を終えたばかりの降臨の祭壇――転移装置を使い、直接ウィステリア神国大神殿には向かわず、アトマイダンジョンへと転移する。
そこで大神殿へと向かっているキュレネたちを待つことにする。
その間、私はゴルフェダンジョンの様子を探っていた。
遠隔からでは詳細が分からなかったため、アトマイのシステムから直接アクセスして調査を試みる。
以前は封印の影響で情報が得られなかったが、今はそれも解除されている。果たして、どうなっているか。
……どうやら、ゴルフェのシステム自体は稼働しているものの、最低限のアクセスしか受け付けていない。不具合なのか、それとも意図的に制限されているのか……。
あるいは、ここも管理者が不在で修復できずにいるのかもしれない。
いずれにせよ、今の私にはゴルフェの管理者権限がないため、現地へ直接向かって確認する必要がありそうだ。
さて――
キュレネたちに同行しているゴーレム、クルールからの報告によれば、彼女たちは精霊教会が用意した高速艇で、ゴルフェ島から海路でウィステリア神国へと入ったという。
この前と同様に、ペガサスの迎えも手配されているようで、もう間もなく大神殿に到着するはずだ。
インテーネで手に入れたムートのドラゴンハートは、キュレネのエレメンタルマスター任命と合わせて返却することにしよう。
私は大神殿へ追加のメッセージを送る。
「エレメンタルマスターの任命は明後日、10時10分。場所は降臨の祭壇。
キュレネと共に、ムートもその場に同席させよ」
よし。あとは時を待つだけだ。
――それにしても、いまさら「実は神様でした」と明かすのだから、どんな顔をすればいいのやら……困ったものだ。
そして――エレメンタルマスター任命当日、10時10分。
キュレネたちが降臨の祭壇前の神殿ホールで待機しているのを確認し、私はゴッドウイングの魔法を発動。
神の姿となって、アトマイダンジョンから転移する。
祭壇には十二本の柱を外周とした魔法陣が浮かび上がり、そこから天空へと光の柱が伸びる。
その中心――光の柱の中を、私は空からゆっくりと降りていく。
……うん、今回は柱は倒れない。
この時点では、私の姿はまだぼんやりとしか見えていないはずだ。
地上約四メートルの高さで、静かに停止する。
やがて光が薄れ、翼を持ち、光り輝く神の姿となった私の全貌が現れる。
しかし、キュレネたちを含め、誰もが片膝をついて頭を垂れているため、まだ私の顔を見てはいない。
そして、私は口を開く。
「――皆の者、顔を上げてください」
その声に応じ、彼らがゆっくりと顔を上げる。
キュレネとムートは私を見上げるが、思ったほどの反応はない。
一方、グレゴリオ――今や大神官長となった彼は、目を大きく見開き、明らかな驚愕の表情を浮かべていた。
「キュレネ、これまで本当に世話になりました。
あなたの活躍、すぐそばで見てきました。日々の振る舞い、そしてその力――どれをとっても、エレメンタルマスターにふさわしいと判断します」
私はそう告げると、儀式の魔法を放った。
キュレネの身体が光に包まれ、そのまま「ブレインエクスパンションシステム-ライト」のインストールが始まる。
彼女は目を閉じ、ゆっくりと意識を手放す。
――そして約一分後、包んでいた光が薄れ、キュレネが静かに目を開いた。
「これで、あらゆる能力が拡張されました。詳細は、自身の内に問いかけてください。そして、その力を使いこなせるよう精進するのです」
「……はい。ありがとうございます」
次に、私はムートへと視線を移す。
「ムート、あなたにも多くの助力をいただきました。そして、あなたが失った“ドラゴンハート”を見つけてきました。今、それを返還します」
私は持ってきたドラゴンハートを空中に浮かせながらムートへ渡す。それが胸元に吸収されムートにエネルギーが満ち溢れる。
「その力があれば、エレメンタルマスターにも匹敵する力を発揮できるはずです。あなたもまた、それを制御できるよう努めてください」
「はい、ありがとうございます」
――よし、これで儀式は完了だ。
「……グレゴリオ大神官長」
私がそう呼ぶと、彼の表情が一瞬ぱっと明るくなる。
――まさか、何か授かれると思ったのか。いや、残念ながらそうはいかない。
「あなたにも多くの支援をいただきましたが、報酬はすでに“先払い”しています。命を救い、さらには大神官長の地位まで得たのですから、それ以上は望まぬよう」
がっくりと肩を落とす大神官長を横目に、私は続ける。
「代わりに、ひとつ頼みがあります。これからこの三人――私、キュレネ、ムートだけで話がしたい。静かな部屋を用意してもらえますか?」
「……かしこまりました」