第132話 女神として4 インテーネ奪還
インテーネ奪還のため、すぐに準備をし、我々は王城の中庭に集合した。
とりあえず集まったのは、王女を含めて20名ほど。
私は彼らを率いて、馬を乗り継ぎながら南へ急行する。
途中、ルモヌーバで一泊した。そこでザヴィア王子、その側近のネブロ、そして護衛数名が合流してきた。
忙しいはずなのに……。私の「監視」のほうが、優先度が高いということか......。
次の日、私たちはインテーネの町を見下ろす高台に到着した。
私は一歩前へ出て、集まった一行に向き直る。
「この先は、私一人で行きます。
皆さまは、ここから見ていてください」
ザヴィア王子が眉をひそめた。
「本当に一人で行くのか?」
「はい。これから大魔法を使います。
巻き込まれると危険ですので、ここで待機を」
「……わかった」
私は高台を駆け降りた。風が頬を切る。
インテーネの町へ向かい、城壁の手前で足を止める。
一呼吸。
ここで、この魔法を使えば、もう後戻りはできない。
唱えなくてもいい呪文をそれっぽく唱える。
高台にいる者たちにも、よく聞こえるように音を飛ばす。
「神の地より来たれ、千の兵──ゴーレム兵団」
その瞬間——
私の周囲に光が走り、無数の魔法陣が出現する。
ドォン……! ドォン……!
重厚な音を響かせ、千体の騎士型ゴーレムが出現した。
この世界で「ディバインナイト」と呼ばれる存在。
常識では到底実現不可能な、千体召喚。
それは、兵力にして百万人に匹敵する力。
高台から、どよめきが起こる。
「な、なんだあれは……?」
「ディバインナイトが……無数に……?」
「こんなことが……現実に……?」
「ありえない、夢だろ……?」
皆が呆然と立ち尽くす中——
スピカ王女だけが、静かに呟いた。
「……ついに。
ティア様が、本当の力を解放されたのですね」
その声には、畏れと、憧れが入り混じっていた。
私はゴーレム兵団を、インテーネの四つの門すべてから一斉に侵入させた。
最初の目的は単純。――アンデッドの掃討――
戦況は、一方的だった。
アンデッドたちはゴーレムに反応できずたった一時間もしないうちに、一万体のアンデッドが蹂躙され、町の外れの一角に死体の山となって積み上げられた。
もはや、誰が誰だったかも判別できないだろうな……。だが、後で丁重に弔おう。
そして次は、城の包囲に移った。
ディバインナイトたちは正確に配置され、町の中心にそびえる城をぐるりと囲む。
結界を展開。目的は、敵の攻撃から守るためではなく、私の攻撃から町を守るため。
しばらくして、城の中から異様な気配が現れる。
ご丁寧にも、高位のアンデッドが姿を現した。
ボロボロに崩れた礼装。髪は抜け落ち、眼窩には黒い炎。
その面影に、かすかに「かつての第一王女」の気配があった。
アンデッドは魔法を放ってくるが、全て結界に阻まれる。
無意味だとわかっていても、彼女は攻撃の手を止めない。あるいは、もう自我もないのかもしれない。
これを、見ている高台の人達にさらに私の力を見せつけておこう。
私は右手を高く掲げた。
唱える必要のない呪文を、あえて大仰に口にする。
「来たれ、天の裁き──メテオストライク」
空に輝きが見えた。
それが煌めきをなびかせながら落下してくる。
ドォォォォォォンッ!!!
地が揺れ、空気が振動し、轟音と共に爆炎と砂煙が吹き上がった。
砂煙がようやく収まった時——そこに城はなかった。
跡地には、焦げた大地と、蒸気のように立ちのぼる光だけが残されていた。
ディバインナイトの結界により、爆風や破片の被害は抑えられた。
……が、それでも周囲の建物のいくつかが、揺れで崩れてしまった。
そして、瓦礫の中心——そこに淡く輝く、透明な高エネルギー体が浮かんでいた。
「これは……!」
私はすぐにゴーレムを使って回収させた。
見覚えのある形状。
——これは、ドラゴンハート。
しかも、この魔力——ムートのものだ。
奪われたと言われていたドラゴンハートがアンデッドを維持するために使われていたとは……。
一方、高台に意識を集中すると、微かに声が届いてきた。
──ザヴィア王子とスピカ王女が、ひそやかに語り合っている。
「……なんだ、これは……スピカ、あの者はいったい何者だ」
ザヴィア王子の声には、動揺が混じっていた。
「この光景をご覧になって、まだ分かりませんか? お兄様」
スピカの声は静かだが、どこか鋭い。
「いや、しかし……なぜ、お前に従う。あれほどの力を持つ者が......、お前は何をするつもりだ……」
「従ってなどおりません。ただ、私の願いに応えてくださっただけです」
「願い……だと?」
「はい。父上はご病気で臥せ、お兄様はシドニオ帝国に……。私は、この国がどうなってしまうのか不安で……。あのお方に『この国を救ってほしい』と願ったのです」
「そんな……それだけで、これほどの力を……。もしかして……あの、降臨の祭壇が崩れた時……?」
「ええ。あの時です」
「……信じられん……。そんなことで、あの力を......。……お前の言葉なら、あれは何でも聞くのか?」
「いいえ。決して。あのお方は、私の言葉で動いているわけではありません。すべてご自身で調べ、見極めておられます」
スピカは一呼吸おいて、はっきりと言った。
「お兄様が、シドニオ帝国に近づいた理由も、お見通しでしたよ。……もし、あのお方の信頼を失えば──今度は、私たちがあの“城”のように滅ぶことになるでしょう」
ザヴィアは、言葉を失った。
その沈黙が、全てを物語っていた。
私は、騎士型ゴーレムにメテオストライクで灰燼に帰した城の再建と、町の復興を命じた。
そして静かに高台へ戻る。
その瞬間、場にいた全員が片膝をつき、頭を深く垂れた。
誰も言葉を発さない。
もはや私が“何者”であるか、言葉にする必要もないのだろう。
静寂を破るように、私は口を開いた。
「顔を上げてください。これより私は王へ報告に戻り、その後ウィステリア神国大神殿へ向かいます。
ここの復興は、スピカ王女に一任します。私の配下、ムシュマッヘとウシュムガルを召喚しておきますので、町の整備にお役立てください。
また、トゥリスカーロ王国のゴルフェ島から、避難民がこの地に到着する予定です。受け入れの準備もお願いします」
「……かしこまりました」
スピカ王女が、真っ直ぐに私を見て答える。
彼女の目に、恐れはなかった。ただ静かな、そして揺るがぬ敬意があった。
私は続けて、ザヴィア王子に声をかける。
「ザヴィア王子、私と共に王都へ戻り、王への報告をお願いいたします」
「かしこまりました。ただしその前に、伝令用の鳩に第一報を託します」
そう言うと、王子は数羽の伝書鳩を飛ばした。
私はムシュマッヘとウシュムガルを召喚する。さらに、以前用いた馬型ゴーレムも呼び出す。
この方が、王都までの道のりを速く、快適に進めるだろう。
王子と私は並んで馬型ゴーレムに跨がり、すぐさま王都セロプスコへと駆け出した。
誤字報告ありがとうございました。