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第129話 女神として1 第三王女の客人

 私は、ヴェルティーソ高等学園のあるドゥティリ共和国から、従者であるゴーレムのムシュマッヘを伴い、クヴァーロン王国へと向かった。


 約束通り、私はスピカ第三王女の客人として迎えられ、彼女が暮らす離宮へと案内された。



 事前に調べていたクヴァーロン王国の王位継承に関する情勢では、現在、国内には三つの勢力がある。


 ひとつは、病床に伏すヴィンデミア国王に代わって政務を取り仕切るモントリブロ宰相の派閥。


 次に、王位継承権第一位であるザヴィア第一王子を支持する勢力。


 そして最近になって台頭しつつあるのが、私を迎えたスピカ第三王女の勢力だった。


 本来であれば、王が倒れた時点でザヴィア王子が王位を継ぐはずだった。


 だが、彼が親シドニオ帝国寄りの姿勢を見せるようになってからは、彼の即位によってクヴァーロンがシドニオの属国になるのではないか、という不安が広まり始めた。


 これを受けて、モントリブロ宰相はザヴィア王子の即位を阻止しようと動き出す。


 もっとも、その背後には宰相自身が実権を握ろうとする意図も見え隠れしており、それを警戒する一部の貴族たちは、王位継承権第二位のスピカ王女を支持し始めていた。


 そんな中で私――聖女であり、「デーモンロードスレーヤー」「ドラゴンスレーヤー」の称号を持つ者がスピカ王女の客人となったことは、王国上層部に知れ渡っていた。


 そのため、私は各陣営から強く警戒されており、転移装置の修理や国王の治療といった提案をしても、返答は先延ばしにされ、何ひとつ進んでいないのが現状だった。


 今後の方針について、改めてスピカ王女と相談することにした。


「王女としては、どのような形でこの騒動を収めたいとお考えですか?」


「父王にお元気になっていただき、争いのない形で継承問題を解決するのが最善だと思っています……」


「なるほど。確かに、現時点で国王が政務に復帰されれば、状況の改善には有効です。……ところで、国王のご病状について、詳しいことはご存じですか?」


「実は……私もモントリブロ宰相に面会を止められていて、最近の様子はわかりません。半年前にお会いしたときは、起き上がることはできませんでしたが、軽く会話を交わせる程度にはお元気でした」


「そうですか……私であれば、治療できる可能性もあります。しかし、王女でさえ面会を拒まれているとなると、すぐに治療するのは難しそうですね」


 モントリブロ宰相は、私が聖女であり、国王の病を癒やせる可能性があることを知っていながら、それでも依頼を寄越してこない。


 これまでの情報から見ても、彼が私を警戒しているのは明らかだった。


 スピカ第三王女が私を配下にせず、あくまで「客人」として扱っていること。

 これが、相手から見れば不審な点の一つとして映っているのだろう。


 それに私が悪意を持って国王に近づいた場合、それを止める手段がないと判断しているのかもしれない。



 ……頭の中の人に聞くと、「実力行使が手っ取り早い」と言われてしまった。

 だが、私はできる限り穏便に済ませたい。


 まずは、モントリブロ宰相が私と国王の面会を拒否できない状況を作る必要がある。


「では、“私が国王を治療するべきだ”という空気を作り出しましょう」


「……どうなさるのですか?」


「まず、私の治癒魔法の力を城内に広めます。たしか、城に隣接した精霊教会がありましたよね? そこにいる重病患者を、私が実際に治して見せます。


 そのうわさを、王に近い重臣や侍従たちの耳に入るよう仕向けましょう。


 やがて、その話が国王ご本人の耳に届き、私が呼ばれる——そうなるのが理想です。


 さらに“宰相は国王が治ると困るらしい”という噂を流せば、なおのこと、私を呼ばざるを得ない状況が生まれます」


「……かしこまりました」



「では、精霊教会を訪問しましょう。初回はご一緒いただけますか? 管轄されている神官の方にご紹介いただけると助かります」


「ええ、わかりました」


 王女の取り計らいで、翌朝十時に王城に隣接する精霊教会を訪問することになった。


 この日、私は聖女に任命された際に誂えた黒地に銀のラインが入った神官服を初めて身にまとう。格式と威厳を感じさせるその服は、私の役割を象徴するものでもあった。


 出迎えてくれたのは、黒に白のラインが入った神官服を着た中年の男性だった。


「ようこそお越しくださいました、スピカ王女。そして、ティア様。初めまして。私はクヴァーロン王城支部を任されておりますチェバローコと申します。どうぞ、まずは応接室へご案内いたします」


 案内されたのは、装飾の施された立派な応接室だった。


「ティア聖女、本日はどのようなご用件で?」


 その呼び方に、私は思わず眉をひそめた。


「……“聖女”という呼称は、まだ公にされていないはずですが」


「申し訳ございません。ですが、ティア様が聖女であることは、もはや公然の秘密でございます。むしろ知らぬ者の方が、不自然かと」


「そうですか……。クヴァーロン王国に来て、ようやく落ち着いてきたところです。治療が必要な方がいれば、診てみようかと思いまして」


「なるほど。治療が必要といえば、真っ先に思い浮かぶのは国王陛下ですが……。ティア様に治療の依頼は、まだ出ていないようですね」


 いきなり核心を突いてきた。だが、顔には探るような気配はない。


「ふふっ、まだ来たばかりですので……」


「お気遣いなく。私は、グレゴリオ大神官より“ティア様が来訪された際には、補佐に回れ”と厳命を受けております。どうか安心してお話しください」


 システムで彼の表情を解析。嘘はついていないと判定された。念のため、ウィステリア神国に派遣しているゴーレムにも確認させる。


 グレゴリオ大神官の命は、確かに出されていたようだ。


「わかりました。信用します。……実は、モントリブロ宰相から国王の治療許可が下りず、まずは実績を作ろうと思い、こちらに伺いました」


「なるほど。そうであれば、モントリブロ宰相の関係者を治療できれば効果的でしょうが……あいにく、当教会にはそのような方はおりません」


「でしたら、他の重鎮や国王の近侍の関係者でも構いません。どなたか該当する方はいらっしゃいますか?」


「そうですね……。最近、国王に仕える近侍・トリブランの息子が重病でこちらに運ばれてきました。彼を治療されてはいかがでしょう?」


 話が早くて助かる。


 もちろん、政治的な思惑で誰を治療するか選ぶのは、心苦しい部分もある。

 けれど、全ての人を救えるわけではない。ここは割り切ることにしよう。



 治療当日。患者の父である近侍のトリブランも駆けつけていた。


 病室に通されると、そこには私と同じくらいの年頃の男の子が横たわっていた。顔は蒼白で、額には脂汗が滲んでいる。


 聞けば、高熱と激しい腹痛に苦しんでいるという。


 私は彼の前に立ち、静かに右手を掲げた。


「——エクストラヒール」


 仲間以外の前で正式な魔法名を使って魔法をかけるのは、これが初めてだった。


 まずは、魔法を通じて彼の体内の状態を探る。浮かび上がった診断結果は


 ——「虫垂炎(破裂)」


 よくある病気だが、この世界の医術では命を落とす危険のある重症だ。

 私は集中し、一定以上の出力を保ったまま魔法をかけ続ける。


 ——一時間後、治療は完了した。


「……もう、大丈夫です」


 私がそう告げると、少年はすっかり顔色を取り戻し、穏やかな寝息を立て始めた。

 トリブランは感極まった様子で、何度も頭を下げてきた。


 それを見届けながら、私は帰り際、彼の耳に届くよう小さく呟いた。


「……私なら、国王も治せるのに」


 モントリブロ宰相が私を警戒している以上、こちらから治療を申し出るのは逆効果。

 だからこそ私は、直接的な説得を避け、自発的に“王の治療を勧める声”が上がるよう仕向けたのだ。


 それから、情報工作を開始する。


 まず、重症患者を回復させたという話を、チェバローコ上級神官ルート、私の従者ムシュマッヘルート、王女付きの侍女ルートの三方向から流してもらう。


 いずれも、信頼筋を通じて王宮内部へと噂が届くように仕立てた。


 加えて、ムシュマッヘには出所が特定されない形で——


「モントリブロ宰相は、国王が治ってしまうと都合が悪いらしい」


 ——という内容の悪い噂も流させる。


 すべては、国王の耳に“自然と”私の名が届くように。

 そして、王自らが私を呼ぶという流れを作るために。


 この一手で、宰相が私を呼ばざるを得ない状況になることを期待して。

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