第128話 ヴェルティーソ高等学園 学園祭 4
学園祭最終日は早めに終了し、その後はパーティの準備に入る。
キュレネ、ムート、そして私の3人は着替えのために一室を借り、使用人ゴーレムに着付けや化粧をしてもらう。
「へぇ、ティアのドレス、なかなか似合ってるわね」
「ありがとう。実はよくわからなかったから、今流行りのベルラインのドレスにしてみたの」
「派手すぎず、でもシルエットが綺麗で、しかも品質の良さがすぐに分かる……これ、高級品ね」
「あれ?中級品をお願いしたはずなんだけど……」
「まあ、そのあたりは明確な基準があるわけじゃないしね」
――本当は、良いドレスを着られてすごく嬉しい。というか、人前でドレスを着るのなんて、人生で初めてだよ。ちょっとドキドキする。
3人で会場へ向かう。
開会のあいさつのあとに魔導具コンテストの結果発表と表彰式があるので、ルイーズたちとも合流する。
パーティは生徒会主催。ルーカス会長のあいさつで幕を開けた。
そしていよいよ魔導具コンテストの発表。
「3位は……」
「準優勝は……」
そして――
「優勝は……チーム『マジックミュージック』の『ピアノドール』です! おめでとうございます!」
大きな拍手が会場を包む。
私が代表として壇上に上がり、優勝トロフィーを受け取る。
またしても拍手喝采――けれど、一部からはこそこそと不満の声も聞こえてきた。
「あんな平民が……」
――嫉妬混じりのセリフだ。
うん、できればああいう人たちには関わりたくないな……。
表彰式が終わり、ダンスが始まろうとしたその時、ルーカス会長が声をかけてきた。
「私と踊ってくれませんか?」
えっ? なぜ私? と思ったところで、小声で一言――
「……聖女様」
むむっ。この人、なぜそれを……。
私の動揺に気づいたのか、ルーカス会長はそのまま説明を始めた。
「闘技大会での実力、そして私のケガを治療してくれたあの魔法――あまりにも見事だったので、すぐに調べさせましたよ。すると、アトマイダンジョンのゴールデンドラゴンを討伐したドラゴンスレイヤーであり、ドライステーロ王国を横断したという『黒の聖女』の噂にたどり着きました。そして、ウィステリア神国大神殿から内々に得た情報によれば、あなたは――本物の聖女だと」
「……っ」
「精霊教会がまだ公表するつもりはないようなので、私からは控えますが……。あなたを軽んじて侮辱している連中――あれは自らの立場を危うくする行為に等しいのです」
「……はい?」
「自覚がないのかもしれませんが、聖女と敵対するというのは、それだけで家から見限られるほどの事態なのです。ましてあなたはドラゴンスレイヤー。あの闘技大会を見た者なら、敵に回したいとは思わないでしょう」
――そうか。聖女でもこれほどの影響があるなら、もし“神様バレ”したら、それ以上になるのか……。
「ふふっ。仮にこの場で私と険悪な関係になったなら、その方の人を見る目なかったということ。……ただ、あなたの考えもわからないでもありません。しかし、あなたと踊れば、余計に反感を買うのではありませんか?」
「そこは、私が“踊る価値のある人物”だと印象づけた上で、周囲にはそれ相応の態度を取るよう促してみせましょう」
「……わかりました。それなら、私も聖女らしく振る舞うことにします」
私は、以前使った“神々しい光”をほんのりと身にまとう。
そして、ブレインエクスパンションシステムのサポートを受けながら、これまで学んだ美しい所作と表情を再現する。
同様に、ダンスも優雅かつ完璧に踊りきってみせた。
「……まさかここまでとは。平民っぽい振る舞いは、わざとだったのですね。完全に騙されていましたよ」
ダンスが終わると、会場中の視線が私たちに集まっていた。
そして、ルーカス会長が説明を始める。
「皆も何となく察したかもしれないが――ここにいるティアは、少し特別な立場の者だ。実のところ、今の私よりも高い立場にあるとさえ言える。軽率な言動は、自らの立場を危うくすると思ってくれ」
第4王子より上……。
確かに、王位を継がないなら、そういう扱いにもなるのかもしれない。
会場はざわついたが、私に向けられていた嫉妬や敵意のような雰囲気は消えていた。
「ありがとうございました。なんだか、私に対する空気が柔らかくなった気がします」
「どういたしまして。本当は、我が国にお招きしたかったのですが……クヴァーロン王国に先を越されてしまいました。まさか、あの国に出し抜かれるとは、思いませんでしたよ。ですが――もし、あちらが合わなければ、どうか我が国へ。心より歓迎いたします」
「ふふっ。機会があれば、そのときはぜひ」
そう言って、私たちは別れた。
キュレネやルイーズたちが集まっているところへ向かうと、早速ルイーズが話しかけてきた。
「ちょっとティア、今のダンスなに!? 全然“初級”ってレベルじゃないじゃない。それに、ティアってそんな偉い人だったの? 冒険者じゃなかったの?」
「冒険者なのは本当よ。ただ、ちょっと普通じゃない冒険者ってだけ」
「普通じゃないって話は前から聞いていたけど......あのルーカス会長より立場が上って、どういうことなのよ?」
「うーん……ほんとに上かどうかは怪しいけど。闘技大会のときに彼のケガを治したことがあって。それで気を遣ってくれたのかも」
そこに、キュレネが口を挟む。
「そんな単純な話じゃないでしょ。あの人、第四王子で王位継承順位は高くないけど――もしあなたと結婚したら、王位も狙えるって考えてるはずよ。気をつけなさい」
「うぅっ……貴族社会って、やっぱり怖い……」
「そういうセリフを言ってる時点で、どう見ても“高位の人”には見えないのよ、ティア」
「だって、心は庶民なんだもん。だからこれまで通り、普通に接してほしいの」
「……わかったわ」
そんなやり取りを経て、パーティはそこそこ平和(?)に幕を閉じたのだった。
その後の私は、学校でも薄く神々しい光を纏いながら、上位者らしい振る舞いを心がけて過ごしていた。 良からぬ思惑で近づいてくる人には、“女帝のにらみ”で牽制して、距離を取らせる。
……本当はもっと気楽に、庶民っぽく過ごしたかったんだけど、仕方ない。
やがてほとんどの学生が私の立場や素性を把握し、そうした情報も自然と浸透していった。
その頃には周囲との関係も落ち着き、穏やかな学園生活を送れるようになっていた。
そして――その学園生活にも、ついに終わりが訪れる。
後期の期末試験ではもちろん好成績を収め、卒業を迎えた。
社会人コースの私は、一般の学生たちの卒業式に混ざる形で修了式を受けることになる。
ルイーズ、クロエ、キアラたちはまだ在学中で、
ルーカス会長やベアトリーチェ副会長と同じ時期に私が学校を離れるのは、少し不思議な気持ちだった。
仲良くなった友達や、お世話になった人たちに挨拶をして、学園を後にする。
その後、冒険者ギルドにて――ついに念願の「A+ランク」に昇格!
だが、それは同時に、キュレネとムートとの別れを意味していた。
長い間ずっと一緒に行動してきた二人と、ここでひとまずお別れ。
キュレネたちは故郷・ゴルフェ島に戻り、貴族家の再興へ。
私はクヴァーロン王国へと向かい、転移装置の修復と、第三王女の国を救うという願いを果たしながら、時を待つことになる。
別れ際、キュレネがふと話しかけてきた。
「ねえティア、エレメンタルマスターって、どう思う?」
「どういう意味?」
「魔王を倒すのは、やっぱりエレメンタルマスターだと思うの。
今の時点で、エレメンタルマスターに最も近いのは――どう考えてもあなた。
悔しいけど、私じゃ今のティアには到底かなわないもの」
「残念だけど……ハイヒューマンの私は、エレメンタルマスターにはなれないのよ。
それに、適性っていうのは単なる強さじゃなくて、その力を“どう使うか”の方が大事。
その意味では、私はあなたの方がふさわしいと思ってる」
「ティアはなれないのか……」
「だから、キュレネがその力を身につけて。
魔王討伐の時は、私も協力するから」
「……わかった」
「あと、ゴルフェ島にはゴーレムのクルールを護衛に連れてって。
私と連絡が取れるし、魔人とも渡り合える強さがあるから安心していいわ」
「……そんなに強かったの? ありがとう」
そう遠くない未来にまた会えるだろう――
だからこれは、とりあえずの別れ。
1年間住んだ屋敷は、購入時の約3倍――15億サクルで売却。
それを3人で分け合い、それぞれの新たな旅路へと旅立っていった。