第121話 ヴェルティーソ高等学園 闘技大会1
前期の期末試験も終わり、受講していたすべての授業で無事に単位を取得。いよいよ夏休みに突入した。
キュレネとムートは、それぞれゴルフェ島の実家に帰省したけれど、私はというと、闘技大会への出場が控えている。
この大会は、各国の予選を勝ち抜いた学園同士が競い合う形式になっている。ただし、我がヴェルティーソ高等学園は昨年の成績が8位だったため、予選免除で本選からの出場が決まっている。
とはいえ、ここ数年はずっとベスト8止まり。どうしても、1対1の近接戦闘では、魔法よりも武術系が有利な傾向があるらしい。特に、大規模魔法を得意とする我が学園よりも、武術に力を入れている学園のほうが、闘技大会では好成績を収める傾向が強いそうだ。
今年の開催地は、南の大国・シドニオ帝国の西端に位置する町、ロギティオ。
私たちは、陸路で西の海まで出てから、船で現地へ向かうことになる。
選手のほかにも、従者や護衛、さらに応援者まで同行するため、大所帯での移動になる。
ちなみに私は、女性型ゴーレムのムシュマッヘとクルールを連れて行く。
幸い、私たちは比較的近くからの参加になるが、それでもなかなかの長旅だ。もっと遠くから来る人たちは、さらに苦労するに違いない。
今回、我が学園から出場するメンバーは以下の通り。
第一チーム
大将 :ルーカス会長(3年) ――ドライステーロ王国第4王子
中堅 :ヴィラッジォさん(2年) ――ロンタクルーソ王国公爵令息
先鋒 :ベアトリーチェ副会長(3年)――ドゥティリ共和国宰相令嬢
第二チーム
大将 :私
中堅 :ジュールさん(2年) ――トゥリスカーロ王国侯爵令息
先鋒 :フォーリアさん(3年) ――バンパセーロ王国伯爵令嬢
見ての通り、高い身分の人ばかりだ。もちろん、全員が優れた才能を持ち、十分な訓練を積んでいるけれど、それに加えてアーティファクトの所有や、幼少期からの専門教育といった背景も大きいのだろう。
闘技大会の出場メンバーは、無事にシドニオ帝国のロギティオの町へ到着した。
大会に合わせて町も整備されているようで、新しい建物も多く、全体的にきれいで活気がある。
到着後の数日は、各方面への挨拶回りや、選手ごとの調整期間として過ごすことになった。
私はというと、顔を隠すために用意していたクローズヘルムを被って簡単なトレーニングをこなす。
クローズヘルムは、頭部全体を覆う金属製の兜で、目の部分には小さな開口部があり、口元には通気用の穴が開いている。多少視界は悪くなるが、今の私の実力なら問題はない。
念のため、シドニオ帝国の情勢についても、あらかじめ調査に出していたゴーレムから報告を受ける。
どうも不穏な動きを見せている帝国だが、少なくとも大会期間中、このロギティオの町では大きな動きはなさそうとのことだった。
ただし、軍備の増強や、皇帝に反発する貴族たちによるクーデターの計画など、きな臭い情報も出てきており、近いうちに戦争や内乱が起きる可能性があるらしい。
そうした不安を抱えつつも、無事に開会式が終了。いよいよ明日から本格的な試合が始まる。
出場校は全64校。優勝するには6回の勝利が必要だ。
ベスト8が決まるまでのスケジュールは以下の通り。
• 1回戦:1日8試合、計4日間
• 2回戦:2日間
• 3回戦:1日
• その後、準々決勝・準決勝・決勝がそれぞれ1日ずつ
私が倒すべき相手がいる学園とは、順調に勝ち進めば――
準決勝でシドニオ帝国・フォルトプレヌ学園、
決勝でオキサーリス王国・アルタシオ学園と対戦することになる。
一応、相手の様子を確認するために試合を観戦していたのだが、3回戦まで、どちらの学園も大将が出る前に勝負が決まってしまった。
そのため、フォルトプレヌ学園のガルサスや、アルタシオ学園のレスターク王子の顔こそ確認できたものの、肝心の戦い方までは分からなかった。
ちなみに、私の方も第3回戦まで出番はなしだった。
我らがヴェルティーソ高等学園は、第一・第二チームともに無事ベスト8進出を果たした。
ちなみに、同じ学校のチーム同士が対戦するのは決勝までないようになっている。
そして迎えた準々決勝。
私たち第二チームの相手は、クヴァーロン王国ベアルファント学園。
序盤は我がチームが優勢だったものの、中堅のジュールさんが相手大将のアルタモンテ選手に敗れてしまい――ついに、私の出番が回ってきた。
アルタモンテ選手は女性で、体格はさほど大きくない。
軽量の剣を二本使う、二刀流スタイルのスピード型のようだ。
そこへ、実況の声が響く。
「ヴェルティーソ高等学園第二チーム、大将ティア選手。今回の大会、初登場です!
なお、ティア選手については事務局でもまったく情報が得られておらず、謎の選手とされています。
情報提供を求めます。……どうやら、“クローズヘルム”いや、“鉄仮面”をかぶっての登場のようです!」
……鉄仮面って呼び方、やめてほしいんだけど。
「さて、ベアルファント学園の大将、アルタモンテ選手。
“双剣のアルタモンテ”として名高く、今大会の有力選手の一人ですが……
このティア選手、どのように挑むのでしょうか?」
――さて、どうしようか。
相手の力量が読めない以上、受けからのカウンターが無難だろう。
「――始め!」
開始の合図とともに、アルタモンテ選手が双剣で高速の連撃を仕掛けてくる。
それを、私は――一本の剣だけで、すべて受け流す。
「あーっ!アルタモンテ選手の先制ラッシュ、
鉄仮面――ティア選手、これをなんと剣一本で軽々と受けているーッ!」
……だからその呼び方、やめてってば。
攻撃に転じようとしたその瞬間、アルタモンテ選手はすかさず距離をとった。
――なるほど、なかなかいい勘をしている。
そして――アルタモンテ選手が私に声をかけてきた。
「まさか、無名の中にこれほどの実力者がいたなんて……。
あの攻撃を、あれほどの余裕で防がれるとは、思いもしませんでしたわ。
……本当は、まだ隠しておきたかったのですけど――仕方ありませんね」
そう言うと彼女は、静かに構えの姿勢を取った。
左手の剣は切っ先をこちらに向け、右手の剣は高く振り上げる――まさに、二刀流らしい、隙のない構え。
……うん、やっぱり二刀流はかっこいい
と思ったのも束の間。
私の背後に、魔力の気配が二つ――
これは……風の刃の魔法。
私は気づかれないように、こっそりとアンチマジックシールドを展開する。
「四刃乱舞」
四方から、一斉に襲いかかる風の刃と斬撃。
「これはアルタモンテ選手の必殺技か!?」
場内がどよめく中、私は――
あくまで“受けるために必要な”最低限の速度で剣を振るう。
とはいえ、相手の技は相当なもので、普通ではない速度が要求された。
背後の風の刃は、アンチマジックシールドがあれば問題ない……けれど、念のため、避ける動作を取りつつ、目の前の本命の双剣へ意識を集中させる。
タイミングを見計らい――
カンッカンッ!
二本の剣を、ほぼ同時に、対象方向へ強く弾く。
その瞬間、アルタモンテ選手の体勢が崩れた。両手を開いた形になり、一瞬、動きが止まる。
そこに――私は一歩踏み込み、剣の切っ先を彼女の首元に軽く当てた。
「……参りました」
「――そこまで!」
「鉄仮面ティア選手、勝利です!
私には何が起こったのか正直わかりませんでしたが……
ティア選手、ほぼ立ち位置を変えずに アルタモンテ選手を撃破!
これは……間違いなく、本大会のダークホースと言えるでしょう!」
私は控室に戻った。
「お疲れ様」 迎えてくれたのは、チームメンバーのフォーリアさんとジュールさんだ。
「改めてティア様の強さを思い知りました」 フォーリアさんがそう声をかけてくれた。
このあとは、ヴェルティーソ高等学園第一チームの試合。私たちは皆で応援したが、残念ながら敗退してしまった。
試合後、ルーカス会長が手の甲を骨折していることに気づく。骨が少し歪んだままくっつきそうだったので声をかけた。
「ルーカス会長、手の具合、違和感などはありませんか?」
「ん? どうした急に。まあ、ないとは言わんが……ケガしてるからな、よくわからん」
「私の見立てでは、少し骨の位置がずれているように見えます。よろしければ、治しましょうか?」
「君がか?」
「ええ、私、光神官でもありますので」
「ほう……では、頼む」
「ヒール」
そう言いながら、いつものようにエクストラヒールをかけ、正常な形に戻しておいた。
「……確かに、嫌な感じが消えてる。ありがとう」
その後、ルーカス会長がぽつりとつぶやいた。
「黒の聖女……」
その二つ名。ドライステーロ王国で噂になっていたものだ。ルーカス会長はあの国の王子か......。
……ここは聞かなかったことにしよう。
私はそそくさと、その場を離れた。