第119話 ヴェルティーソ高等学園 闘技大会申込2
闘技大会の選考会当日、生徒会棟に集合した私たちは、そのまま騎士団の訓練場へと向かった。
あの牧場事件のときに護衛したフォーリアさんも同行しており、道中で少し話をすることができた。
今回の闘技大会出場者は全部で6名。すでに5名が選手に内定しており、フォーリアさんもそのひとりだという。さらに、ルーカス会長とベアトリーチェ副会長も出場するそうだ。
つまり今日は、最後の1名を選ぶ選考会というわけだ。
選ばれた6名は、選考会のあとに予定されている騎士団との合同訓練にも参加することになっている。
道中、フォーリアさんは親しく話しかけてくれたが、他の出場候補者たちからは明らかに距離を取られていた。
――まったく相手にされていない、という雰囲気。
その空気は訓練場についてからも変わらず、「誰?」「なんでこんな見たことないやつが?」といったヒソヒソ声が耳に入ってくる。
この空気を断ち切るように、副会長のベアトリーチェさんが前に出て説明を始めた。
「顔なじみではないと思いますが、この方は社会人コースに在籍しているAランク冒険者、ティアさんです。本日は実力を確認する目的もあり、この場に参加していただきました」
「Aランクってそんなに強いのか?」
「所詮は冒険者風情だろう……」
案の定、冷ややかな反応が返ってくる。そして――
「では実力を見せてもらってから、選考対象に入れるか判断してください 」
――めんどくさいな。
でもまぁ、一理ある。
訳の分からない奴と一緒に戦いたくないって気持ちは、ちょっとわかる。
そこで、フォーリアさんが提案してくれた。
「では、私と模擬戦をしてみてはどうでしょう?」
けれどすぐに、他の候補者の声が割って入る。
「あなたはそのティアって人と知り合いみたいだし、他の人にしてちょうだい」
と、そこで。
「何か揉めごとか?」
割って入ってきたのは、騎士団に所属しているらしい、若い男性騎士だった。
ベアトリーチェさんが事情を簡潔に説明すると、彼はあっさり言った。
「じゃあ、俺が相手をしてやろう」
――どうしよう。勝っちゃってもいいのかな……?
ちょっと困った顔をしてしまう。
そんな私に向かって、彼は笑いながら言った。
「手加減はしてやるさ。さあ、剣を取れ」
彼の視線の先には、訓練用の木刀が並んでいる。
どうやら、模擬戦はこの木刀を使って行うらしい。
私はその中から手頃な一本を選び、心の中でため息をつく。
――さて、どうするべきか。
ゆっくりと試合位置につこうとしている途中、若い騎士の背後から声が聞こえた。
年配の騎士が、今の対戦相手である若い騎士を呼び止めている。
――あれ?あの人……私の入学時に手合わせした試験官じゃない?
教師かと思っていたけれど、どうやら騎士団の所属だったらしい。
気になって耳を澄ませてみる。
「――あれに手加減はいらん。最初から全力で行け」
「しかし、それではあまりにも……」
「何を勘違いしている。あいつはただ者じゃない。後悔したくなければ本気で行け」
「そこまでの実力ですか?」
「ああ。この私が教えを請いたいほどだ」
――あの時の私の評価そんなに高かったの?。
「わかりました」
そう言って、騎士が戻ってくる。そして真剣な顔でこちらを見据えた。
「さっきの話は取り消す。全力で行かせてもらう。そのつもりで、頼む」
どうやら本当に全力で来るらしい。
――なら、こっちもそれなりに応じないと、失礼ってものよね。
「はい、よろしくお願いします」
試合の審判を務めるのは、先ほどの年配の騎士。
静かな声で告げる。
「――始め」
その瞬間、相手が突っ込んでくる。
「竜激閃!」
膨大な魔力が体から噴き出し、斬撃に重ねられる。
瞬間的に身体の限界を突破するタイプの強化――どうやら、一撃必殺系の大技らしい。
――なるほど。強さでいえばアトマイダンジョンで戦ったディスカバリーの幹部たちと同じくらいかも。
まともに受ければ、普通の木刀なら粉々になるだろう。
私が木刀のエンチャントをして受ければ、相手の木刀だけ砕けそうだ。
でも、そんな決着はないだろう。では避ける?
――避けるのは簡単。でも、ここは“受けて”見せた方が、周囲にもわかりやすい。
私は構えを崩さず、相手の剣を真正面から受ける。
ただし、当たった瞬間、木刀を絶妙な速度で後ろに引き、衝撃を完全に殺し、同時に押し返す。
ズンッ!
木刀と木刀がものすごい勢いでぶつかり合ったはずなのに、音はとても小さい。
一撃必殺の技を返したことにより、相手の騎士が体勢を大きく崩した。
……が、彼はすぐさま次の一手を放ってくる。
今度は、木刀に炎をまとわせ――
「火竜閃!」
――無理な体勢から無理矢理、突撃してきた。
――いや、それはさすがに無理でしょ。
「アンチマジックシールド」
私の体と武器全体に、魔法を無効化する魔法が展開される。
そのまま炎を纏った木刀を、ひと振りで払う。
炎はすぐにかき消え、騎士の攻撃は完全に無力化され無理な突撃の反動で、相手はさらに体勢を崩す。
もう、次の手はない。
私は木刀をくるりと返し、彼の首筋に軽く添える。
「――それまで」
一瞬の静寂ののち、木刀を下げて一礼する。
「ありがとうございました」
試合が終わるや否や、フォーリアさんが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「さすがです、ティア様!」
――フォーリアさんに褒められた一方で、他のメンバーたちは揃って絶句していた。
考えてみれば騎士団員というのは、強さでいえば学園の中でもトップクラスで卒業した者しかなれない。しかも、現場で経験を積んでいる分、学生よりは強いはず。それをあっさり倒したとなればこの反応もうなずける。
そう単純に思っていたのだが...... どうやら、私は一歩も動かないで相手を倒していたらしい。
思い返すと確かに一歩も動いていなかった。やってしまったことはしょうがない。
でも、まあいい。これでさすがに、私の実力に文句を言う人もいなくなるだろう。
その後、行われた選考会。
多少の申し訳なさを感じながらも――全試合、完勝。
圧倒的な力の差を見せつけ、闘技大会の出場枠を手に入れることができた。
選考会が終わった後は、予定通り騎士団との合同訓練。
意外にも、私に手合わせを希望する騎士たちが次々と名乗りを上げてきた。
さっきの試合相手だった騎士も、何度も挑んできた。
どうやら、騎士団の中には“強さ”に純粋に惹かれる者が多いらしく、私に対しても敬意をもって接してくれる。
そのおかげで、この世界の人たちの強さレベルが確認でき有意義な実戦訓練となった。