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第117話 ヴェルティーソ高等学園 ドレス

 さてと。

 クヴァーロン王国――あの転移装置のある場所への就職は、期末試験の結果次第。

 とはいえ、オリビアさんと学園長に頼れば、何とかなるだろう。


 あとは、各国の主要人物との人脈を広げることはしておきたいのだけど――


 庶民感覚の抜けない私としては正直、高位の人は苦手だ。

 今のままでは、高位の人物たちと自然に関われる気がしない。


 茶会とか、パーティとか、上級貴族たちとの雑談なんて、どう考えても苦手な部類だ。

 それに――頭の中の人も、そういう場に合う感性は持っていない。


 ……とはいえ、まずは現状を知ることからだ。どんな人がいるのか、把握くらいはしておこう。

 というわけで、キュレネたちに相談してみた。


「そうね。有力者って言えば、生徒会のメンバーが一番じゃないかしら?」


「生徒会とかかわるには、どうすればいいのかな?」


「何か問題を起こせばいいんじゃないか? ティアなら、最終的に決闘に持ち込めば無罪になるぞ」


 ムートの斜め上な提案である。


「却下で」


「ティアが身分を隠さなければ、あちらから寄ってくると思うわよ」


 キュレネが言う。


「えっ? 身分って、Aランク冒険者ってこと?」


「……何言ってるの? それも隠してたの? あなた、“聖女”でしょ? それに、“ハイヒューマン”」


 ――おお。そっちか。


「うーん、それバラすと、逆に動きにくくなっちゃいそうなんだよね」


「急がないなら、後期に生徒会主催のパーティがあるわ。学園祭の後に開かれるやつ。

 そこでなら、自然に接点を持てると思うわよ」


「なるほど、それはアリかも」



「そういえば、ティア。ドレス持ってないわよね?」


「うん。……でも、ドレスって必要なの?」


「パーティでは必須よ。私とムートの分は実家で用意してもらえるんだけど……ティアの分も、なんとかしないとね。

 でも、今の手持ちじゃ、この学園レベルのパーティ向けのドレスはちょっと厳しいわね……」


 ドレスか。

 きれいなドレス――ちょっと憧れるけど、どうしよう。


 下手にゴーレムに頼んだら、しれっとアーティファクトが組み込まれているものが出てきそうだし……。


「お金がないなら、ドラゴンでも倒して稼げばいいかも。久しぶりに冒険者ギルドに行ってみよう」


「いやいや、そんな都合よくドラゴンなんているわけないでしょ……」


 久々に、三人で冒険者ギルドを訪れる。


 貼り出されている依頼をざっと見渡すが、Aランク以上のものは見当たらない。


 とりあえず受付で聞いてみることにした。


 顔なじみのフューメさんは今日は不在。


 代わりに、年配の受付女性が座っていたので、その窓口に向かう。


「すみません。報酬が高めの依頼って、ありませんか?」


「どのくらいの報酬をご希望ですか?」


「……ドレスが買えるくらいの依頼がいいです」


「ふーっ……」

 ため息をつかれてしまった。


「あなたたち、ヴェルティーソ高等学園の学生さんよね?

 冒険者の報酬でドレス買いたいなんて……無理よ。ドラゴンでも倒さないと」


 続けて、小声でぼやくように言う。

「……最近の子たちの金銭感覚ってどうなってるのかしら」


 聞こえてますけど!


「その、ドラゴンがいるなら倒したいんですけど」


「……はぁ。最近の学生さんって、ほんと無茶言うわね」


 そう言いながらも、女性受付は何かに思い当たったように呟く。


「あっ。本当にドラゴンと戦えるくらいなら、紹介できる依頼が……あるかも」


 急に真剣な表情になる。


「ギルドカード、見せてもらえますか?」


「はい」


 いつものように、ギルドカードを装置に置いて魔力を流す。


 女性受付は、一瞬動きを止めた後、じっくりとカードを見つめ――そして目を見開く。


「……っ! これは……大変失礼いたしました」


 声のトーンが一変する。


「あなた様にふさわしい依頼が、一件ございます。少々お待ちください」


 そう言うと、そそくさと席を立ち、奥の部屋へと消えていった。


 その様子を見ていたムートが、にやにやしながら言う。


「おっ、ティア。……また変な依頼引いたな」


「やめて、言わないで。今、すっごい嫌な予感してるから……!」



 そんな話をしていると、先ほどの女性が戻ってきた。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


 案内されたのは、豪華な応接室。そして、そこにいたのは中高年の男性が二人。


「よく来てくれた。わしがこのギルドマスター、リッカルド。こちらはオキサーリス王国の大臣補佐官、エティエンヌ様だ」


 大臣補佐? 一体、何の用だろう。


「よろしくお願いいたします」


 ギルドマスターは、静かで厳格な口調で言う。


「この依頼は秘匿案件だ。いいな?」


「はい」


 続けて、エティエンヌ補佐官が話し始める。


「依頼は、学園の夏休みに開催される闘技大会に出場し、オキサーリス王国のレスターク王子と、シドニオ帝国のガルサスが試合で当たるのを防いでいただきたい、というものです」


 ……?


「はい?、どういうことでしょう?」


「実は、どちらも優勝候補でして。順当にいけば決勝でぶつかる可能性が高いのですが……問題はガルサスです。彼は相手を容赦なく叩きのめすタイプで、これまでにも何人も再起不能にしてきました。私は、試合中に王子を殺しかねないと考えています。しかし王子ご本人は強敵との戦いを楽しみにしておられ、出場を止めることはできませんでした。そこで、あなたに試合に出てもらい、どちらかを倒して決勝で王子とガルサスが当たらないようにしたいのです」


「なるほど。で、私がその二人と当たる前に、彼らが対戦してしまう可能性は?」


「ありません。去年の成績を考慮し、決勝まで当たらないよう配慮されています」


「では、もし私が王子に勝ってしまっても問題ないのですか?」


「もちろんです。八百長になっては王子も納得されないでしょう。とはいえ、二人に勝てるかどうかが問題ですが……」


 ここで、ギルドマスターが口を挟む。


「どうかな? 自信はあるか?」


 ……まあ、たぶん大丈夫なんだけど、相手のこと知らないし。


「まだ相手の実力がわからないので、何とも言えません」


 すると、ムートが当然のように言ってきた。


「大丈夫に決まってるだろ。オマエに勝てるやつなんて、この世にいない」


「……それほどお強いのですか? それほどの方なら、噂になっていそうなものですが......。

ん? 黒髪の少女……もしや噂の“黒の聖女様”? ということは、まさかあのゴールデンドラゴンを倒した3人組……確か、“クラーレット”とか……?」


「ハハハ、そう、その“クラーレットの奇跡”ってやつだ。やっぱり噂は耳に入ってたか」


「ええ。隣国を差し置いて、我が国の冒険者クランが討伐したということで、城内でも大騒ぎでした。ただ、その3人が見つからず、実在を疑う声も出て混乱したほどです。まさかこの学園の学生だったとは……」


「どうでしょう? 依頼先としては、申し分ないと思われませんか?」


「はい。ドラゴンスレイヤー様にお頼みできるなら、これ以上の相手は考えられません」


「では、闘技大会は3人一組の団体戦だが、3人とも出場ということでいいか?」


 ここでキュレネが口を開いた。

「すみません。私とムートは夏休みに実家へ帰省する予定なので出場できません。ただ、闘技大会は3人による勝ち抜き戦形式なので、ティアが1人いれば十分です」


「そうか。それならティア1人への依頼としよう。報酬は……ドレスでよかったかな?」


 勝手に話が進んでいく。


「私、あまり目立ちたくないのですが……」


「では、仮面をつけて出場してはどうかな? 防具の着用は禁止されていないので」


 ……身バレはしないかもしれないけど、逆に目立ちそうな気もする。


「はあ……それで、もし私が関わらなくても、あの二人が対戦せずに終わった場合でも、ドレスはいただけるのでしょうか?」


「うーん……その結果では、さすがにドレスを渡すわけには……」


「でしたら、確実にドレスがもらえる別の依頼を探したいのですが……」


「……わかった。その場合は、この学園基準での“最低ランクのドレス”でどうだ? もちろん、直接二人の対決を阻止した場合は“上級ドレス”にしよう」


 いやいや、平民の私が上級ドレスなんて着たら目立ちすぎる。


「中級のドレスでお願いします」


「ははは、欲がないな。こちらとしては助かるよ」


「では、決まりだな」


「ティア、確か闘技大会の出場申込の締め切りが近かったはずよ。掲示板に案内が出ていたから、すぐに手続きしないとダメよ」


「わかった。すみません、最後に一つだけ疑問があるのですが」


「なんだ?」


「なぜ、オキサーリス王国の大臣補佐官様が、ここの冒険者ギルドで依頼をしているのでしょうか?」


「ハハハハ、確かに不思議だよな。実はな、私はここのギルドマスター、リッカルドと旧知の仲でね。ヴェルティーソ高等学園に用があるときは、たまにここに寄らせてもらっているのだよ。それで心配事を話していたら……こんな奇跡的な展開になったというわけだ」


「いや、それだけじゃない。今日はたまたま受付嬢が休みで、この話を聞いていた私の妻が代わりに受付をしていた。そうした偶然も重なっているんだ」


 ――そのとき、頭の中の人物が反応する。

『ゴルフェダンジョンのシステムが、何らかの介入をしている可能性があります』


「どういうこと?」


『あなた様の望む結果になるよう、状況を微かに調整している気配があります。とはいえ、あくまで可能性を数パーセント高めている程度ですが……』


「……つまり、ドレスが欲しいと思ったから、こうなったってこと?」


『はい。それだけではないかもしれませんが……』


「じゃあ、今まで妙に運が良かったのも、サポートされていたからなのかしら?」


 そんなことを頭の中で話しながら、私は依頼の受注手続きを終え、冒険者ギルドをあとにした。

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