第115話 ヴェルティーソ高等学園 ミニダンジョン1
しばらく、私にとっては何事もない平和な日々が続いていた。
……けれど、学園ではなにやら事件だか事故だかが起きて、ちょっとした騒ぎになっている。
この学校の施設には「ミニダンジョン」と呼ばれる場所があって、演習などに利用されているのだけど――
どうやらそのダンジョンで、最近、立て続けに崩落事故が起こっているらしい。
その話を教えてくれたのは、礼儀作法・低級クラスで唯一戦闘系の授業も取っているキアラだった。
そんな時、アコルト学園長から呼び出しを受けた。
「お呼び立てして申し訳ありません。……正体を隠されているようでしたので、こちらから伺うことは遠慮させていただきました」
「正体、ですか? 私を何だと思っていらっしゃるんです?」
「……間違いなく、ハイヒューマンでございましょう」
ああ、ハイヒューマンね。
神様バレしてないなら、まあいいか。
でも、学園長の話し方……完全に目上の人に向けた口調になってる。
彼にとって、ハイヒューマンは“上位存在”ってことなんだろう。
「そうですか。よくわかりましたね。この前一緒にいた二人は知っていますが、それ以外には話していません。内密にお願いします。ただ、精霊教会の上層部には……もう気づかれていると思いますけど」
「かしこまりました。本日お呼びしたのは、ミニダンジョンの件です」
「ああ、崩落事故のことですね?」
「すでにご存知でしたか。このミニダンジョンは、魔素の濃度が高く魔物も棲みついておりますため、演習に使っております。ですが、それだけではありません。ここで発生する魔素や魔力は、学園都市全体を覆う結界の一部にも利用されているのです。ですが最近、その供給が不安定になっておりまして……。さらに、本来は自動で修復されるはずのミニダンジョンの回復が遅れ、ついには崩落が発生してしまいました」
そこで学園長は一度言葉を区切り、息を整える。そして、続けた。
「ミニダンジョンは、元々はハイヒューマンの施設だったと言われています。……そもそも、この学園自体がハイヒューマンから学びを受ける場所として始まったと伝わっております。現に、この学園はハイヒューマンの遺跡群の中に建てられているのです。
――そして、話を戻しますが。ミニダンジョンの最奥には、我々には開けられない“開かずの間”が存在するのです」
……学園の七不思議か!?
と思わずツッコミを入れたくなったけど、ここは我慢した。
「実は……過去に、あの“開かずの間”の中にいる人物に会ったことがあるのです」
ん?
開かずの間に“いる”ってことは、生きている人がいる?
ハイヒューマンの生き残り?……でも、それなら私がこの世界に呼ばれることはなかったはず。
「その方は、中でミニダンジョンの維持をされているようなことをおっしゃっていました」
「それは、いつの話ですか?」
「もう……200年ほど前になります」
学園長は少し悲しげな表情で、視線を落とした。
……何だろう、その人に特別な思い入れでもあるのだろうか。
でも200年前の話なら、そのハイヒューマンはもうこの世にいないだろう。
「かなり昔の話なのですね。では、その“開かずの間”の中で、ミニダンジョンの維持に異常が起きていると?」
「はい、まさにその通りでございます。しかし、これまで何度も調査を試みましたが、中には入れませんでした。ですので……ハイヒューマンであるあなた様にお願いした次第です。
もしご協力いただけるのであれば、私にできる範囲で何かしらお返しをさせていただきます」
……報酬ね。それなら、ちょうどいい。
「それでは――。私はこの学園を出た後、クヴァーロン王国の第三王女のもとで働きたいと考えています。今のところは、同国のオリビア・ウェストウィック様に仲介をお願いしていますが、どうなるか分かりません。もし可能であれば、お力添えいただけませんか?」
「承知しました。クヴァーロン王国にはそれなりに伝手がありますし、オリビア・ウェストウィック嬢とも連携を取りましょう」
「ありがとうございます。それでは、ミニダンジョンの調査に協力させていただきます。……何か、調査方法の案はありますか?」
「できれば、あなた様と私、二人だけで“開かずの間”に入りたいと考えております」
……二人だけ?
この人が何か仕掛けてくるようには見えないけど、一応理由は聞いておこう。
「なぜ二人だけなのですか? 理由を伺っても?」
「……おそらくですが、あの中には、本来なら我々が知ってはならない何かが隠されているものと思います。ですので、最小限の人数で調査を行うのが望ましいかと」
なるほど。ハイヒューマンの情報が出てきた大勢いると時に対処に困るということか。
「わかりました。では、いつ頃調査に向かいますか? 私は授業以外は特に予定がありませんので、学園長のご都合に合わせていただければ」
「それでは……今から、というのはいかがですか? 実は、あなた様との面会のために、この後の予定はすべて空けてあります。次にまとまった時間が取れるのは、一か月以上先になりますので」
「問題ありません」
――というわけで、そのままミニダンジョンへと向かうことになった。
学園長は多少の準備を整えていたようだけど、私はこのままで特に問題ない。
ミニダンジョンは崩落事故の影響で入り口が封鎖されており、警備の人たちが見張っていた。
だが、学園長が一言声をかけると、すぐに通してくれた。
中に入り、学園長の案内で最奥へと進む。
ミニダンジョン自体はそれほど広くなく、30分ほどで行き止まりの場所にたどり着いた。
「この奥に……部屋があるはずなのですが……」
「――ああ、この扉の奥ですね」
「やはり、扉があるのですね。……以前、私がここで倒れていた時、突然この辺りから女性が現れて、助けてくれたのです。
その後、何度もここを訪れて、奥に空間があるところまでは確認できたのですが……入り方が分からず、あの時のお礼も言えないままになってしまって」
目の前には、私にしか見えない閉ざされた扉。
自動で開くタイプではないようで、横にドアホンのような装置がついていた。とりあえずボタンを押してみる――が、反応はない。
……破壊して開けるしかないかな。そう思ったその時、
頭の中の人がハッキングで開けられそうだと言ってきた。
少し触れてみると、セキュリティシステムがほぼダウンしている状態らしく、難なくシステムに侵入できそうだった。
「では、扉を開けますね」
私はサーバー経由でハッキングを行い、扉のロックを解除する。
ゆっくりと重い音を立てて開かれたその向こうには、これまでのダンジョンで見かけた居住区画と似たような造りが広がっていた。
まるで生活感がないのはこれまでのダンジョンと同じ。
しかしここは床や壁、備品の上には薄くない量の埃が積もっており、長年放置されていたことが見て取れた。
設備自体はかろうじて動いているようで、私はハッキングでシステム内の情報を調べつつ、実際に足を運びながら内部の様子を探っていく。
やがて――管理者ルームにたどり着いた。
奥の机に、誰かが座っている。人影だ。
学園長がその姿に気づき、駆け寄った。
「……リザイア様!」
だが、返事はない。微動だにしない。
近づいてみると、それは活動を停止した女性型のゴーレムだった。
学園長は、それがゴーレムであることに気づいていないのか、そっと体に手をかけて揺すぶる。……動かない。
そして、肩を落とし、静かに言った。
「……私が……間に合っていれば……」